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30/48

その30

 突き刺さるような夏の日差しが徐々にその勢いを失い始めたころ、とうとう父の退院が決まった。


 これからは父も母もずっと家にいるとなれば、今までのようにこっそり一人分多く食事を作ることも、それを持ち出すことも、そもそも家を抜けだすことも難しくなるだろう。


 沈んだ気持ちで病棟のトイレに向かうと、患者の尿量をチェックしている千尋に出くわした。彼女はわたしの顔を見るなり軽く眉を上げて、手に持ったファイルに数字を書き込みながら言った。


「お父さん、もうすぐ退院だね」


「あ、うん」


「明日家族にも退院後の注意とかあるから、よろしく。井原センセイ、このまま実家にいるの?」


「当分はそのつもりだけど……」


 まだ話が続くのかと思い個室に行くのをためらっていると、ファイルから顔を上げた千尋は不意にわたしをにらみつけた。

 びくっと身をすくめる。


「ね、センセイってさ、北川君と付き合ってんの?」


「え? い、いや、付き合ってるわけじゃ……」


 唐突な問いかけに戸惑うわたしを、彼女はさらに強い視線で射すくめる。


「へえ、付き合ってもいないのに、毎日車で出かけるんだ」


「え? あ……いや、それは、あの、ただ夕飯を……」


 動揺して、思うようにことばが出てこない。

 あんなに気をつけていたのに、一体どこで、誰に見られていたのだろう。

 そんなわたしの気持ちを見透かすかのように、千尋はうっすらと笑いながら言った。


「どうしてばれたの? って顔してるね。心配しなくても大丈夫、気づいてるのたぶんわたしだけだから」


 わたしのほっとした顔を見て、千尋はあきれたように言った。


「そんなに隠したいならね、もっとうまくやんなさいよ。いつも、病院のすぐ裏に車停めるでしょ。すぐ上の病室から丸見えだから」


「いや、だから、そういうんじゃ……」


 千尋はおどおどするわたしをもう一度にらみつけると、口の端を意地悪そうに歪めた。


「国道沿いのファミレスでも行った?」


「え?」


「で、小さいころの話とか聞いちゃったのかな」

 そう言って千尋は、意味ありげにふふん、と笑った。


 頭の中が真っ白になった。


「ああ、別に付き合ってるんじゃないんだもんね、関係ないか」


 わざとらしい口調でそれだけ言うと、千尋はキュッキュッとリズミカルにナースサンダルを鳴らしながら去って行った。


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