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その18

 それから数日間、父の下痢は止まらないままだった。


 日に日にこけていく頬。

 手足も骨と皮ばかりになり、経過がよければ三週間とみていた入院はおそらくひと月、あるいはそれ以上かかりそうだと医師は言った。



「ゆっこ、おまえいつまでこっちにいられるんだ」


 ある朝、病室に入るなり母に問い詰められた。


 もうこれ以上、曖昧にしてはおけない。

 ごくりと唾をのむ。


「仕事、やめたから」


「え?」


 母がきょとんとしてこちらを見る。


「だから、もう会社やめた。しばらくこっちで、父さんの看病するよ」


 そばで私たちの会話を聞いていた父の目元が、うっすらと赤らんだように見えた。

 胸の奥がちりちりと痛む。


「なんだ、じゃあもう、うちに帰ってくるんだな」


「だって……そのほうが、いいんでしょ?」


 すると、帰り支度の手を止めた母はみるみるうちに勝ち誇った顔になった。


「ほーれ、やっぱり母ちゃんが言った通りだろ。

 結局は戻ってくるんだから、最初から東京なんて行かなくてもよかったんだ。

 女はな、どんなにしたって、男とは違うんだから」


 どうしてこの人は、いつだってわたしをこんな気持ちにさせるのだろう。

 泣きたくなんかないのに、勝手に涙がにじんできてしまう。





 高二の夏、畳の上に正座して大学に行かせてほしいと切りだしたとき、父は挑むようにわたしを真っ直ぐ見据えた。


「父ちゃんの歯な、何本もダメになってるんだ。もう固いものなんか全然食えねえ。

 でも、おまえらが一人前になるまではと思って治さないで我慢してるんだよ。

 ゆっこ、おまえは……そういうことも全部ちゃんとわかったうえで、どうしても大学に行きたいっていうのか?」


 普段は無口な父が、ひとつひとつ確かめるように重々しい声で問いかける。


「……行きたいっ」


「本当に勉強したいんだな」


 父の視線が一段と強くなる。

 あまりの恐ろしさに身がすくみ、追い詰められるように返事をした。


「はいっ」


「……よし、わかった。ゆっこがそこまで言うなら、お金はどうにかしてやる」


 そう言い切った父の、赤銅色に焼けた顔に深く刻まれたシワ。




 もう後戻りはできない、そう覚悟して新しい世界に踏み出したはずだった。そこになら、こんな自分でも生きていける道があると信じて。


 けれども、そうまでして行った場所で、わたしは一体何をしていたのだろう。



 もし本当のことを知ったなら、父はわたしのこともあんな目で見るのだろうか。

 薄暗い食卓で祖父をにらんでいたのと同じ、憎しみと軽蔑のこもったあの視線で。


 その光景を想像するたびに、何もかもが暗い闇の中に吸い込まれそうなめまいに襲われ、叫び出しそうになるのだった。

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