8.女子力負けた
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一ヶ月この部屋使え、とダニエル先生に案内された部屋は2階にあってテーブルと対の椅子、本棚、ベッドとチェストのある、外観と同じくこじんまりとした内装だった。本棚やチェストには既にわたしの荷物が整理されて入っていて、机の上には『金貨分働け』というお師匠様のメッセージ……ということは、この荷物はお師匠様が運び入れたということ。
あの伝言、何故アルに頼んだっ! 課題提出させるならその資料も持ってきてよっ!
相変わらずなお師匠様の理解不能な意地の悪さに頭を抱えるわたしを他所に、フィーちゃんとドラコちゃんははしゃぎだして部屋を駆け回る。
「静かにね」
しーっ、と口に指添えて注意してみたけど下は確かアルの部屋……なら、うるさくてもいっか。放っておこう。
わたしは制服から普段着に着替え、髪についていたリボンを外してまじまじと見る。
「かわいー」
朝はちらっとしか見れなかったけれど、先生がこんなリボンを着けれくれたのは初めてのことだったからすっごく嬉しい。このリボンを大事にしようと持ってきた荷物の一つ、『弄るんじゃないよボックス』にしまった。
翌朝、階下に降りて台所兼食堂となる部屋に行ってみると。
「お前、夜中までナニ騒いでんだよ」
テーブルに片肘ついて充血した目のアルに睨まれた。
ドラコちゃんとフィーちゃんが遅くまで遊んでたからなぁ。階下のアルは寝れなかったのかも。あはは。
「一応注意はしたんですけどね。はしゃいじゃって」
まあ、注意したのは一回だけだけど、ちゃんと注意はしたよ。
「今日からは静かになると思うので、安心してください」
多分。今晩はアイリス様の話で盛り上がるとは思うんだけどね。
ジト目で納得していない顔のアルを横目にテーブルを見ると既に朝食が準備されていた。
昨晩も思ったけど誰が作ったこの料理。豪華。超豪華でしかも美味しいんだよ。もしかしたらダニエル先生に料理を作ってくれる女性がいるのかも。
「ダニエル先生。これは誰が……」
「俺が作った」
くそうやるな! 髭親父のクセに女子力高いっ! ううぅ……なんか、負けた気分……
「なー。やっぱソイツ今日くんのか?」
わたしの苦悩を察することなくダニエル先生がわたしの頭にいるフィーちゃんを差す。
「行きます。昨日からアイリス様に会いたくてうずうずしているフィーちゃんを拒否するのなら、可哀想なフィーちゃんは今日もジェイキンスの所に行ってもらいますっ!」
「やめろぉーーっ! 第七騎士団第一部隊全員からの命令だっ! そいつを絶対に学園に連れていけぇ!」
フィーちゃんを差して素早く私の発言に反応して喚いたのはアルだった。
よほど昨日、ヘルマン様の相手をするのが面倒だったんだね。
「もー。ヘルマン様ならきっと奥様に慰められて元気いっぱいになってますよぅ」
ヘルマン様の奥様は小柄で、可愛いほわほわした方だ。第7騎士団の“癒し”と呼ばれている女性。でもわたしは知っている。身長差が50センチはあって小さいほわほわした奥様が、あのヘルマン様を尻に敷いていることを。もしやあの奥様は腹黒かっ? と思ったこともあるけれど、奥様は自然体だしヘルマン様が奥様に惚れ込んでいるの丸わかりだったのであれはあれで無敵な奥様だなと思ったっけ。
「で、アイツはどうしてんだ?」
「あいつ?」
「あいつだよ、小竜」
「ああ、ドラコちゃん。寝てますよ。尻尾振って」
振ってるのか、とダニエル先生が苦々しく呟いた。尻尾を振っているということは魔力に反応しているということ。
「俺の魔力に反応してんのか?」
「違います。先生の魔力は昨日解除しなくていいと納得済みなので、別の魔力みたいです。どうも、それが美味しいらしくて」
「小竜が魔力食ってんのかっ?」
「みたいです。寝ながらウマウマって言ってます」
初めて聞くな、とダニエル先生。
私も初めて。ドラコちゃんが魔力を弾く、解除するというのは何度もみたけれど魔力を食べる姿は初めて見た。大体、ドラコちゃんの食事は『お肉』と『光』と『暗闇』の三つ。口からお肉を食べて、陽にあたって遊び、暗闇で寝る、がドラコちゃんの至福な時間でお食事なのだ。
お肉食べてもあまり『ウマウマ』は言わないから、その魔力が本当に美味しいんだとは思うのだけど、一体どんな味なのだろうと気になってもみたり。
「おっと、俺先に出るぞ。お前の道具も持ってこなきゃいけねぇし、今日一日忙しいからな」
立ち上がりながら据わった目でわたしをみないで、アル。男なら約束事は無言で実行しろ。
ドア傍でアルが上着を羽織ると、その上着のポケットからお金が落ちた。
「アル。お金落ちたましたよ……って、あれ?」
落ちた硬貨を手にしてじっと見る。
「アル。これ、おかしいです」
手の中でコロコロ転がす。
この大陸のお金は銅銀金と基本素材が分かれていて、それに他成分と魔力が加わる。それぞれの配分規定は偽造防止のため公にはなっていないけれど。
「素材の成分配分が規定と違います」
「すげぇな。わかるんだ」
魔力はないから魔力成分はわからないけど、鉱物は私の専門で素材成分が規定と違うというのはわかるので頷いた。
アルはわたしの手から硬貨を摘み取ると
「これのことは秘密にしといてくれ」
慣れた仕草でウインクする。色気全開だ。
うん。そうやって色気で女性を落とすんだね。
「わたしに色は使わなくてもいいです。お仕事関係なんでしょう。ちゃんと秘密は守りますよ」
守秘義務。どの仕事にも共通する倫理だ。
「それに、わたしに仕事の内容が漏れたとヘルマン様が知ったら今日も大変な一日になりかねませんものね」
真面目なヘルマン様のことだ。昨日とは違った意味で一騒動になるに違いない。
ほわほわ奥様もいじけたヘルマン様を二日連続で相手をするのはさすがに面倒だろう。
「良くわかってんな。じゃあ、お先にっ」
アルが軽快に道へかけ出ていくのを窓から見送る。
「なあ。お前、髪に昨日のリボンは着けないのか?」
「今日は着けません。あれは先生に着けてもらう物ですから」
ダニエル先生がわたしの髪を見ていた。
リボンは先生に着けてもらいたいので、今日は着けません。
「じゃあ俺が髪弄ってもいいか?」
「いいです……け、ど」
って大きな指で器用に編み込みを……女子力高過ぎーっ!
しかもわたしが結うよりも細かく可愛く編み込んでるっ
髭親父のくーせーにー……女子力負けた。うぁぁ。
「フィーちゃん。いこっか」
髭熊に負けたーと意気消沈しながら登校するわたし。そんなわたしをフィーちゃんは鳴き声で慰めてくれていた。
ありがとう、フィーちゃん!
「わたし達、親友だねっ」
「おはよう」
深みのあるイイ声であいさつをされた。この声はもちろんフィーちゃんじゃなくて……
「おはようございます。メラーク様」
今日も良い男ですねっ。でも。
「リリア様が睨んでますのでさようならっ」
ささっと離れる。メラーク様より後方30メートルほどの位置にリリア様がいるのですよ。目釣り上げてこっちを見ているのですよ。怖い怖い。
「そのインコ、教室に連れていくのか?」
「はい。この子、いま治療中で。ダニエル先生には許可貰ってます」
「それ、暴れないのか?」
「大丈夫です」
「インコに名前つけたのか」
「ふ、フィーちゃんってつけました」
わたしがせかせか歩き、背後からのんびり歩くメラーク様の会話。何故離れてくれぬっ! 距離3メートル維持しながらの会話って……っ
「あのっ! 何かわたしに御用なんでしょうか?」
さすがに息が乱れてきたので、振り返ってすまし顔のメラーク様に聞いてみる。
「いや、別に? 君に似ている知り合いが最近相手にしてくれなくてね。寂しいから似てる君に相手してほしいなって」
それはぜひともご本人の所に行ってくださぁーい!
「わたしはリリア様に睨まれたくないですぅ」
「まあ。可愛い」
「え?」
わたしの泣き声に鈴のなるような声が乱入。この声は
「アイリス様っ」
「ごきげんよう、ロザリンド様。その子、可愛いですわね」
にこにこと笑顔のアイリス様。その子、というのはわたしの肩にいるフィーちゃんのことよね。
「おはようございます。この子怪我していて、いま治療中なんです」
「あら、可哀想に」
フィーちゃんを連れ歩く設定を言えば、アイリス様はその綺麗な形の眉を歪めた。そしてフィーちゃんに細くて綺麗な指を伸ばす。
「あ、アイリス様っ」
フィデー鳥は凶暴なので危ないです!
慌てて離れようとしたけれど、フィーちゃんの方がアイリス様にすり寄って行ってしまった。
「まあ。大人しい子なのね」
指に留まったフィーちゃんに綺麗な微笑みを向けるアイリス様。
凄い。騎士様たちを神殿送りにしたあのフィーちゃんが大人しくしている。アイリス様と戯れているフィーちゃんも幸せそうで楽しそう。ドラコちゃんといっしょにお勧めした甲斐があったわ。
「ねえ、ロザリンド様。今日一日この子を連れているの?」
「はい。ダニエル先生に許可貰いました」
フィーちゃんがアイリス様を堪能してわたしの肩に戻ってくる。
「それならば、またわたくしと遊ばせてくださいね」
ふわりと綺麗に微笑まれました。そのようなお願い、フィーちゃんの方が遊ぶ遊ぶと嬉しそうにしているので、絶対叶うと思います。
お読みいただきありがとうございました。