7.わたしとフィーちゃんとドラコちゃん
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わたしが魔力測定室の片隅で、青いインコに見える超小型形態のフィーちゃんと透明化ドラコちゃんと仲良く遊んでいると、黒マントを纏った魔道科の生徒が幾人か来てダニエル先生が対応していた。髭熊がちゃんと先生している姿を遠くから見せてもらった。給金貰ってるだけあってちゃんと働いてるんだな。給料泥棒はよくないもんね。
「待たせたな。寮に行くぞー」
ようやくお仕事を終えたダニエル先生の声でドラコちゃんは透明化のまま、フィーちゃんは超小型形態のままで仲良くダニエル先生について行った。道中、わたしの肩でピーチー鳴いてるフィーちゃん。
「―――ソイツ、大人しそうだな」
「フィーちゃんを舐めちゃいけませんよ。こう見えてわたしに出会うまでに第二騎士団員と第六騎士団員三名ずつ、第七騎士団員一名を神殿と魔道治療院送りにしてて、わたしも仲良くなるまでに三日かかりました」
「つまり、お前は無傷だったわけだ」
その言い方が何となく“動物使い”の名を上げてる気がするのは気のせいだろうか。
「フィーちゃんは好きな匂いがありましてね? わたしが人工的にそれを作りましてね? それで……」
薬草調合したんだよを一生懸命説明しておく。何度も言うけど、わたし薬術師です。
わたしの話をハイハイと適当に頷きながら聞くダニエル先生。
ちゃんと聞いてほしいなぁ。
と思ったとき、先生が足を止めた。
「ここだよ」
目線の先を見ればこじんまりした二階建ての一軒家。
「学園の近くで助かりますが、普通のお家みたいですね」
「普通のお家だからな。今は俺の家だし俺しか住んでねぇし」
「ぅええぇっ!?」
変な声出ちゃったよ。
一ヶ月ここで生活するのよ。なのにわたしとダニエル先生しかいないの?
「寮ってのは元々金のない一般入学者用だからな。大抵入学の保証に押印した貴族家が面倒みてるから、寮の利用者は十年に一人いるかどうかってくらいだ。寮監の家に住むのが定例だな」
「ううう……襲われたらどうしよう……」
「俺に幼少趣味ねぇって。大体お前には最強のトモダチいるだろうに」
恐ぇのはこっちだと文句を言いながらダニエル先生が玄関の扉を開けた。
その瞬間。
「おっかえりーっ!」
聞き慣れた声が聞こえてきて。
そういえば、家の灯り点っているなと今さら気づいたりして。
「フィーちゃん!」
フィーちゃんに不審人物への攻撃お願いしちゃった。
「ぃてっ! イテェって! ロザリー、止めさせろ!」
フィーちゃんにつつかれ、ドラコちゃんにタックルされまくっているアルが室内を駆け巡りながらわたしに情けない顔を向ける。
声の主がアルだとわかったので、これ幸いとダンスとマナーの恨みの倍返しをしたのだ。あはは。
でもま、もうそろそろいっか。
「フィーちゃん、ドラコちゃん。ありがと」
声をかければ二人、いやいや二匹ともわたしに寄り添ってきた。
「おー、すげぇな。さすが動物使い」
「薬術師です!」
動物使いで定着しないようにダニエル先生への訂正はちゃんとしなくちゃ。
「どうしてここにアルがいるんですか?」
「繋ぎだ、繋ぎ。お前のこと隊長や団長に報告しなきゃいけないし。それから苦情と伝言」
「苦情はあれでしょ。へルマン様からでしょ」
「隊長だけじゃねえって。そこの青いのがジェイキンスと遊びまくって隊長が半泣きで一日使いもんにならんかった。生真面目なあの人慰めんの、ホント大変なんだぞ」
予想通り、やっぱりそうなったか。
ジェイキンスはフィーちゃんとの遊びを優先して、ヘルマン様をその背に乗せなかったんだろう。
「でもそれはわたしのせいじゃないですし」
ね、とフィーちゃんと目を合わせる。
そういうのはジェイキンスに言って欲しいよね。フィーちゃんは本能に忠実なだけだし。
フィーちゃん寄りのわたしの返事にむすりとした顔でアルが言葉を続けた。
「あと、サキ先生からで『課題忘れるな』って伝言」
「お師匠様から? 課題?」
「学校行っても提出期限は変えない、だそうだ」
「提出期限……え、うそ、期日延ばしてくれないの?」
確か締め切りは一か月後で団長様からの依頼の期限とほぼ一緒。
やだ困った。資料全部診療所なのに。必要な情報が多すぎて、頭の中に全部は入ってないよ。
『コルネリ草とウィダ草の配分とその効能について』
がテーマ。実験は色々と済ませたから後は書く作業だけど、あの資料がないとなぁ。
ちらりとアルを見る。
「アル、明日もここに来ます?」
「っつーかここに住むぞ。ロザリーのことは毎日報告しなきゃいけねぇから。俺、じーさん繋がりでダニエルさんと親しいって設定でな。日ごろの行い悪くて家追い出されてここの世話になるって―――」
「そんな設定どうでもいいので、明日課題に必要なわたしの資料全部持ってきてください!」
「は?」
「大丈夫、たかが500枚程度の紙と、先生とお師匠様秘蔵の書30冊位ですから!」
アルが顔を顰めた。
「面倒くさいからやだ」
「じゃあ、明日ファルツィー家のリリア様に夜這いの犯人を伝えますねっ」
わかりました、と大きく頷いてわたしが言えば。
「待て、ロザリー。持ってくる。全部明日持ってくるから!」
アルがわたしの腕を掴んだ。
おし。これで課題の期限は大丈夫。
「なー、明日もソレ学園にくるのか?」
イスにふんぞり返りながら座ってくつろぐダニエル先生がドラコちゃんを差す。ドラコちゃんを見ればダニエル先生に視線を固定して尻尾をピクピクさせていた。
「ありゃ。ダニエル先生、魔力凄いんですね」
「だから俺ぁ元王宮魔道師だって言っただろーが」
信じてなかったのかよとダニエル先生が唇を尖らせる。そんな仕草みせても全然可愛くありませんからね。
ちなみにドラコちゃんは特定量の魔力を感じるとそれを強制解除するために鳴こうとする。尻尾をピクピクさせる動作はその一歩手前って証拠。
ダニエル先生にしたら、ドラコちゃんが近くにいるのはいろいろと大変なんだとは思う。
「ドラコちゃん鳴かなくても大丈夫だよ。先生、明日はドラコちゃん休みです」
「そっか」
わたしの返答であからさまにホッとした顔見せないでほしいです。ドラコちゃん拗ねて機嫌悪くなるじゃない。
「でもフィーちゃんが行きます」
「ぁああ?」
魔力測定室での三者会議で決まったのだ。どうもドラコちゃんがアイリス様を気に入ったらしくて、フィーちゃんに絶賛おススメしていたの。わたしもおススメしたの。で、明日はわたしにフィーちゃんがついてくることに決まったのだ。ドラコちゃんは明日は一日寝てるって言ってたな。
「フィデー鳥なんて連れ歩いたらマズいだろ」
「フィーちゃん、超小型形態は見ての通りインコだから大丈夫です」
ほら見てくださいと指に乗ったフィーちゃんをダニエル先生に近づければ、ダニエル先生は顔を逸らした。さっきの脅しが効いているのかな。
「いや、学園で鳥連れ歩く時点でマズいだろ」
「怪我した小鳥を助けたわたしが連れ歩くのはよくあることです」
「あー、まぁ動物使いだからな」
「薬術師です」
「でもな」
ダニエル先生は渋りまくったけれど、ドラコちゃんの一睨みで結局許可してくれた。
ありがとうございまーす。
「ところでロザリー、今日の報告」
「ここで報告していいんですか?」
三人で机を囲んでお茶を飲んでいる最中にアルに聞かれて、ダニエル先生に質問するわたし。
確か報告は魔力測定室でのみ、って言ってたよね?
「あー、ちょっと待て。小竜がこの家に来てる魔力に反応してるみてぇだ。さっきから魔法を解除してるぞ」
「え?」
ダニエル先生に言われてドラコちゃんを見れば、窓の外に向かって小さく唸っていた。
「なんで?」
「釣れた、ってことかな」
「だろうな。向けられている魔法は"盗聴"だ。お前の会話を知りたいらしい」
ダニエル先生が魔法を読み取ってわたしに教えてくれた。
えー。会話は困るな。フィーちゃんが教えてくれる秘密の薬草の場所知られたら困るもの。
「家の魔法陣強化しとくわ。ソイツがいて助かったな」
言いながらダニエル先生がドラコちゃんを撫でようとしたら威嚇された。相変わらず人嫌いだね、ドラコちゃん。
ちぇ、と少し寂しそうな顔でダニエル先生が机に陣を描いて何やら呪文を唱え。
「おー、いいぞ」
了解が出たので、わたしはアルに報告する。
「アイリス様はお美しいだけではなくて優しい方でした。平民のわたしにお声を掛けてくださったんですよ。しかもダンスの授業でわたし一緒に踊りました。団長様と踊ったダンスが三倍速だったことを教えてくださいました。団長様は意地悪です! 鬼です! 悪魔です! 今さらですけど言わせてもらいましたっ! それから貴族様のマナーはわたしには身に付かないと思われます。地獄のような時間だったので団長様に代わって先ほどアルに復讐をしましたっ!」
息継ぎなしのわたしの報告に対してアルは呆れ顔で呟いた。
「要は団長の文句を言いたいんだな」
お読みいただき、ありがとうございました。