4.魔力測定室で
ブックマークありがとうございます。
生温いファンタジーですが、温かく見守っていただけると嬉しいです。
今日は依頼を受けて初めて学園に行く日。
準備してもらった濃緑の制服を着て、朝食の席に座る。
「髪の毛、弄っていいかな?」
先生がわたしの髪を梳きながら尋ねてきた。
学園には髪型指定はないから、いつも結い上げている髪はいじらないで、今日はおろしてそのままにしていたのだけど。
「いいですよ」
返事をするやいなや、先生は器用に手際よくサイドを編み込んで後ろで一括りにして、鮮やかな朱色の花の付いたリボンで飾ってくれた。
「うん。可愛いね。ほら、サキ見て」
わたしを見てにこにこと笑う先生。
ちら、と横目でわたしを見て小さく頷くお師匠様。
「ありがとうございます」
先生とお師匠様のお墨付きを戴いたのだから、ちゃんと可愛くなっているのだと思う。
心から嬉しい。頬が緩む。
「無理はしなくていいからね」
「そう思うなら、なんであの書類にサインしたんですか」
緩んだ頬が一瞬にして引き締まった。
先生が心配そうに一言を添えてくれたけど、そもそもは先生とお師匠様が団長様の書類にサインしたことが発端でしょう。
「君に学校ってものを味わってほしかったんだ」
しんみりと話し出す先生。
「君は僕たちや患者さんとか、年上の方とばかり接してきただろう? 同じ年頃の子に囲まれたことがない。ずっと申し訳なく思っていたんだ」
「先生…」
そんなことを思ってくれていたなんて。
「頑張って将来有望な、金持ちの旦那候補を捕まえてこい」
「お師匠様…っ」
そんなことを思っていたなんてっ!
「うわー、さすがひろーい。でかーい」
団長様が準備してくれた迎えの馬車から降りて、正門前で立ち尽くすわたし。
薬草園の何倍広いんだろう、この王立学園は。
敷地も建物も、でっかいぞー。
「いいなー。この広さの薬草園があれば、いろいろと作りたい放題だなぁ」
「ねぇ、ちょっとあれ…」
その声に我に返って周囲を見れば、ブツブツ独り言を言っているわたしを、明らかに良家の子息子女ですよって方々が遠巻きに見ていた。
うわー、ドン引きされてる! 恥ずかしー。
とりあえず、この場を離れよう。うん、そうしよう!
『えいやっ』と心の中で気合を入れて正門を一歩進む。
進んだはいいけれど、その先に困ってしまった。団長様は『まずは王立学園の魔力測定室にいくように』って言ってたけど、わたし魔力なんて微塵もないんだけどなぁ。
とりあえず校舎に向かうか。
あれ。校舎が左右にあるけど、どっちに行けばいいんだい?
誰かに聞こうにも、正門前での奇行がいけなかったのか、貴族の皆様はわたしが近寄った分だけ離れられてしまう。
ということで、どっちに行くかわからずウロウロとするわたし。
「魔力、測定室…」
やー、困った。どうしよう。
きょろきょろしてみても、案内板が出ているわけでもない。
迷子になった時の奥の手を使う? でも、『動物を操るのは目立つからなるべく避けるように』って団長様から言われてたっけ。
「君、迷子?」
「え?」
背後からかけられた声にビビる。
振り返って見上げれば、透明感ある青い瞳と光に反射するアッシュブラウンの髪の背が高いイケメンさん。アルとは違い、堅実そうな、イケメンさん。学園の制服のタイの色はわたしと同じ紅花色だ。
えっ!? 同じ歳?? この成長具合…きっといいモノ食ってるんだ。羨ましいなっ!
「君みたいな小さな子がウロウロしているから、皆どうしたらいいのかわからなくて困っている。ミドルクラスは向こうだけど」
「い、いえ、ハイクラスの体験入学です」
「体験? ハイクラス? え、薬術師の? 君、同じ歳?」
最初は驚き、続いて半信半疑でわたしを見て。でも彼はわたしの制服を見て一応納得したようだ。
ミドルクラスは紺の制服、私が着ているのは濃緑の制服だから。
「はい。それで魔力測定室に行くようにって言われてて…」
「ああ、ダニエル先生のところか。なら俺が案内する。ついてこい」
イケメンさんに連れられて、右側の校舎に向かって歩く。なるほど、右側が正解だったか。
気を使っているのか、歩く速度はわたしに合わせてくれているようだ。
でも。
イケメンさんの一歩がわたしの二歩っていうのは気のせいよね?
イケメンさんが格好良くタンと歩いているのに対して、わたしがテペテペッて歩いているのは気のせいよね?
―――きのせ、い…
「気のせいじゃないっ!」
これが貴族か! 庶民との優雅さの違いがあり過ぎるっ!
わたしここにいて大丈夫? めちゃくちゃ浮くんじゃない?
「…大丈夫か?」
一人悶絶するわたしを心配してくれるイケメンさん。
なんて優しいんだろう。アルだったら絶対大笑いしているところだ。
「はい。大丈夫です頑張ります」
ふん、と鼻息荒くガッツポーズを取る。
頑張るしかない。金貨20枚だし! お師匠様のお仕置き嫌だしっ!
「うーん。君とどこかで会ったかな? いや、そんなことはない、か?」
イケメンさんがわたしを見てブツブツと呟く。
おお、それはアルが良く言っているナンパの定番のセリフですねっ! なら定番の否定の言葉を言っておきますか。
「今日初めて会いましたよ」
「まあ、君もそう言うならそうなんだろうね」
「あ、ゆっくり歩いてくださって助かります」
「ん? ああ、このスピードは癖だよ。知り合いがこのスピードで歩くもんでね」
このスピードで歩く知り合い?
小首を傾げたら、ああ、とイケメンさんが手を叩いた。
「アイツに似てるのか。そうか、なるほど」
勝手に納得された。
アイツって誰?
と思いながら歩いてたら魔力測定室と書かれた扉前に到着。
「失礼します」
イケメンさんがその扉を開ければ、中にいたのは髭面のおっさ…ゲフッ…おじ様。
「へぇ。君がロザリンド・アナフガルか」
ジロジロと舐めるようにわたしを見る髭面のおっちゃ…ゲフン…先生。
団長様がわたしのために護衛とした人は、この目の前にいる髭面のおや…ゲフンゲフン…先生のようだ。
「君のことは『くれぐれもよろしく』と頼まれているぞ。アレは俺の出来すぎな後輩でねぇ」
先生が『アレ』って言ったのは団長様のことだと思うけど、でき過ぎた『後輩』って先生お年いくつですか。見た目30代ですよね? どこの後輩ですか。聞いていいのかいけないものか。
「ところで、君、本当に16歳?」
「ですっ!」
訝しく私を見るので、胸を張って言い切る。
ちゃんとハイクラスの制服着てるでしょ。
濃緑の膝下まであるドレス風制服。素材はよくわからないけど、光沢があって着心地が良いから高級な品だと思う。それから素足を見せないように黒タイツ着用して革靴。胸にある大きなリボンは一年用の紅花色を付けている。
なんせ完璧主義の団長様が自ら調達したんですからね! ほら、完璧。
ただね、全てサイズがピッタシなのが何故なのかが気になるけど。もの凄く気になるけど!
「ちっこいのはいけませんか珍しいですか絶滅稀少種ですか?」
「いや、君のようなちっせぇ子をもう一人知ってるから珍しくはねぇな。魔道科の首席なんだが、なあ、メラーク?」
髭オヤ…ゴッホン、髭先生がイケメンさんに問いかけると、イケメンさんは頷いた。イケメンさんの名前はメラーク様、と。チェックチェック。
それにしても。会ったことないけど、その首席さんになんとなく親近感!
会ってみたいな。魔道科の首席ってなると相当凄い人で、将来有望なんでしょ。
で、ちっこいんでしょ。
「並んだらお豆ペアみたいでさぞかし可愛いと思うんだが、アイツは魔力量が半端無くて魔力測定日とレポート提出の日しか登校しねぇんだわ。昨日来ちまってるしな。うん、残念だな。いや本当に残念」
残念残念、と何度も言わなくていいです。なんでそこまでわたしとその人とお豆ペアにしたいんですか、髭オヤジ。
「じゃ、俺はこれで」
イケメンさん、メラーク様が先生に礼をした。
「あの、ありがとうございました。助かりました!」
立ち去る背中にわたしが慌ててお礼を述べると、メラーク様はクスリと笑って、
「また後で会うと思うけど。困ったことがあったら言ってくれ」
魔力測定室を出て行った。
残されたわたし達。
「おっと、まだ名前言ってなかったな。俺はダニエル・アロカだ」
「ロザリンド・アナフガルです。しばらくの間、よろしくお願いします」
挨拶をかわし、首を巡らせて周囲を見る。
魔力測定室っていうから、魔力測定の機械とか小道具とか色々あるのかと思ってたけど、ダニエル先生専用の机と対のイス、生徒用と思われるイス一脚とソファとローテーブルしかない。
広いのにこれしかないって…
「この部屋、気になるか? 余計なものは置けねぇんだわ。魔力が暴走したとき危ねぇからな」
「魔力暴走、ですか?」
「部屋中に魔法陣張ってるんだが、さっき言った首席は測定不可判定でな。入学と同時に魔法陣も増強してみたが、それでも測定不可なんだよなー」
はぁああ…
魔力測定不可ってなんとも羨ましい。首席さんは王宮魔道師確定、将来安定だね。
「っつーことで、この部屋は主席以外の魔法は効かない。だから盗聴される危険はない。人が来れば俺にはすぐわかるってんで、ここは密談場所に最適なんだな。気になることがあったら、報告はここでのみしろ。後は自由にして良いってアンドレイは言ってたぞ」
「はーい」
「それと、お前の寝泊りする学生寮へは授業が終わったら案内する。俺が寮監だから安心しろ」
「えー? あ、はーい」
わたしの不安を含んだ返事に、ダニエル先生はくつくつと笑った。
「この部屋の責任者である俺は、それなりに魔力があるから安心しろ。こう見えても元王宮魔道師だ」
なるほど、団長様が後輩って言ったのは、王宮所属の後輩でしたか!
お読みいただきありがとうございました。