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3.団長様と

評価、ブックマークしてくださった方、ありがとうございました。





 水の国スィーデルノ 王都にある騎士団屯所。

 街中にあるだけあって、シンプルで飾り気がない建物。もちろん建物内には女っ気もない。ヘルマン様に案内されて歩くわたしを見て、騎士様達がアルに『迷子か?』と尋ねている。

 失礼な! 迷子になるほど子供じゃないのに!

 でも、ジェイキンスと楽しくここまで来た恩があるから、心優しいわたしは騎士様たちに噛み付くのはやめておいてあげる。

 ちなみにわたしはジェイキンスとより仲良くなれたので、ご機嫌でスキップしてるのだっ。

 けど、案内された先の一室で、偉そうに座って待っていた『見目麗しい第七騎士団長アンドレイ・グリエ様』を目にして一気に機嫌が下降してしまった。

 口は開きっぱなしになって、体温は1℃くらい下がったね。


「ようやく来ましたね」


 扉開けて、さっそくこの冷血男の顔を見ることになるとは。

 この顔を見るのは、せめてお茶飲んで一息吐いてからにしてほしかったなぁ。


「その顔は、外が暑かったから冷たいミルクでも所望ですか?」

「わたしは子供じゃないです!」


 もー、何かとすぐにわたしを子ども扱いするんだから!

 見た目は子供(認めたくないけど!)かもしれないけど、もう16歳なのに。ちゃんと資格取って就職して仕事もしてるの、知ってるくせにっ。

 お忙しい団長様なくせに、この間依頼してきた『お化け退治』の見届け人にも自らなったくせにっ!


「そうですか。些細なことで声を荒げたり、むやみに睨むのは、子供だと思いますけどね」


 鼻で笑ったな、クソ団長。

 世間では『類稀なる美形の騎士団長様』ってキャーキャー騒がれてるけど、わたしにはそんな魅力どこにも感じないからね。だからクソ団長って呼んでやる。先生に口が悪いと怒られるし、世の女性を敵に回したくないから心の中でだけにしとくけどね!

 とにかくこの団長様からヘルマン様経由で来ていた依頼って、碌なことがない。


 『城下で野鳥の集団が糞を落として困っている』

 『山から熊と猪が下りてきて、畑が荒らされている。モグラもいるようだ』

 『小竜の卵が孵って、泣き叫んで騒音が凄い』

 『廃墟の館のお化け退治をよろしく』


 どの依頼も、薬術師の仕事である『治療』ではなかった。

 魔道師様だって、神官様だっているのに、なんでわたしに動物相手のそんな依頼が来るの? おまけにお化け退治って薬全く関係ないよねっ、と思いながらも、報酬いいから全部受けたけどね。無血で解決して喜ばれたけどね!


「とりあえずお茶を準備させましたから、それを頂きながら話をしましょう」


 団長様がパンッと手を叩けば、ささっ! と新人騎士様たちによってお茶がセットされた。

 うわっ、手馴れてる!

 新人騎士様ってこんなことまでするの? なんか、騎士様のイメージが…


天上の国リーナイト から取り寄せた茶葉です。気に入るといいのですが」


 天上の国(リーナイト、と聞いてわたしの機嫌は急上昇!

 この大陸は水の国スィーデルノ砂漠の国サディールス草原の国ウォルテラ火の国オーリアル天上の国リーナイトによって構成されていて、天上の国リーナイトにいらっしゃる神皇シンノウ様により大陸全体に結界が張られている。だから、他大陸の人間がこの大陸に入ることは不可能に近い。ここ、水の国スィーデルノ は隣国の砂漠の国サディールス)との交易がメインとなっているけど、他の国の物もそれなりに入ってきている。各国の特有の薬草もあるしね。ただ、神皇様のいる天上の国リーナイト の物は貴重なのよ。あそこ、なかなか交易しない国だから。


「さっさとお茶を頂きましょう、団長様!」


 浮足立ってティーセットの前に着席すれば、扉前ではわたしを見ながらヘルマン様とアルが苦笑していた。


「子供、だな」

「子供、ですねぇ」


 うるさい。二人してしみじみ言ってるんじゃない。

 天上の国リーナイト の物なんて、庶民には出会えるもんじゃないの! ここを逃したら一生出会えないの!

 カップの中には半透明の綺麗なピンク色の液体。漂う甘い香り。

 うわー、早く味わいたい!

 皆の視線や言動など気にせず、ドキドキしながらお茶を一口含む。

 うまーっ!

 香りも、甘い味も、苦みも、後味も。もう最高!

 うん。このままお茶飲んで幸せ気分のまま帰ろうかな?


「お茶を飲んで満足しないでくださいね。話を聞く心づもりは無くさないでくださいよ」


 ちぇっ。

 さすが団長様。わたしの気持ちを読んで釘刺してきた。思わずため息を一つ。


「わかっています。ヘルマン様から薬術師であるわたしに正式な依頼、と聞きましたけど」


 片頬を膨らませて話のきっかけを作れば、斜め後方で『やっぱ子供だな』って囁きが聞こえた。

 うるさい、アル。思わずアルの傷口にウィダ草塗り込みたくなったじゃない。ウィダ草は神経に作用する薬草で、少量でも2~3日は足が痺れるのだ。量を増やせば痺れは上部に広がり、致死量越えると呼吸器に作用して死んじゃうけど、そこはほら、わたし薬術師様だからオマカセ!

 『あいつ、今くだらねぇこと考えてますよ』ってヘルマン様に耳打ちしているアルを見て、アルが飲むお茶にこっそり下剤でも入れてやりたい気持ちになる。薬術師の倫理違反になるから、実際にはやらないけどね。本当よ。


「何か思惑があるようですが、私の話を始めても?」

「あ、はい。とりあえず聞くだけはします」


 そうしないとお師匠様に半殺しにされます。

 そして、この人相手に生半可な返事はできないので、ぐっと気を張る。団長様は意地が悪いから、すーぐ言質を取るの。

 話次第では断る、って逃げ道はきちんと作っておかないとね。


「あなたに、王立学園に通っていただきたいのです」

「無理です」


 即答。

 無理でしょ、ムリ。

 王立学園って言えば、王族や爵位持ちの子息子女が必ず通う学園。一般人も通えなくはないけど、かなりの魔力持ちで爵位印付の推薦書があるか、高額の入学費用が払える家柄でないと、入学は困難。学園の比率は、王族貴族8割一般人2割と噂に聞く。

 いくらわたしがご立派な薬術師でも、診療所の経営で手一杯の現状だから、王立学園に通うだけのお金は準備できません!


「通う、と言っても正式な入学ではなく、体験で構いません」

「体験、ですか?」

「そうです。あなたは学校なるものに通ったことがないでしょう?」


 まあ、そうですね。先生とお師匠様という素晴らしい講師がいたので、学校に通わなくても困らなかったし困ってないし。


「名目上は『高名な薬術師ロザリンド・アナフガル嬢が初めて学校生活を体験する』というものです」

「えっと、お金は発生しませんか?」

「しません。したとしても、必要経費でこちらが払います」


 うぬ。学校、かぁ。興味はあるんだよね。同世代が幾人も同じ空間にいるんでしょ?

 講義とか、どんな感じなんだろう?


「あ、でもわたし貴族様のマナーとか、常識とかわかりませんけど?」

「その辺は向こうが気にしないでしょう。あなたが『平民』というのは周知の事実ですし、なにより見た目がほら、子供ですから。さすがに向こうも可哀想で、強くは出ないでしょう」


 団長様は素敵な笑顔で言い切りましたよ。

 ええ、わたしは平民ですよ。それがなにか?

 どうせ見た目子供ですよ! それがなにかっ!?


「そんなに可愛く睨まないでください。それから、学園の教員一人をあなたの護衛に付けますから、ご安心を」

「見た目子供のわたしに教師一人の護衛で、何を安心しろと?」

「そんなに小さ…小柄なのに半端ない体力があって、崖に登ることさえ怯まない度胸もあって、野山で凶暴な野獣に出会っても薬草の匂いで手なづけるという小技まで持っているあなたに、護衛は一人で十分でしょう。むしろそれ以上だと目立ちそうです」


 幼いころから薬草取りに日々走り廻ってたから、勝手に付いちゃった体力と度胸。うん。確かにあると思う。

 オプションで体得しちゃった野獣の手なづけは、とっても便利なんだよ。道に迷ったら鳥たちに道案内頼めたし、疲れた時は熊に乗って山を下りてたし。その鳥たちと熊とは薬草なしでも仲良くもなったし!

 あ、団長様。小さいって言いかけて言い直したの、ちゃんと気づいてるからね? いつまでも覚えておくからね?

 あれ? そういえばさっき団長様は『名目上は』って言った?


「あの、団長様。名目上って…」

「気づいたようですね。名目上は先ほど言った通りです。ただ、本当の目的は…」


 団長様の深刻な表情に、ゴクリ、とわたしは唾を飲み込んだ。


「サプスフォード公爵家令嬢、アイリス様と友達になってもらいたいのです」

「はぁ?」


 団長様が一瞬『惜しい』という顔をした。

 おっと、危ない。呆けた声が「はあ」でよかった。「はぃ?」だったら是の言質だよ。危険危険。

 それにしても、公爵令嬢様と友達に?


「それだけ、ですか?」

「それだけです」


 サプスフォード公爵といえば、水の国スィーデルノ先代国王の義兄弟だったかな?

 前妃の長子だったけど、水の国スィーデルノの王になる条件『銀髪に赤い瞳』ではなかったから、後妃の長子だった先代様が王の跡を継いだはず。

 でも王家に近い人、よね?


「公爵令嬢様と仲良くなれる気がしませんが。そもそもどうやって友達になれと?」

「向こうから勝手に接触してきますよ」

「はぁ?」


 意味わかんない。


「まあ、いろいろ事情があって、向こうからあなたに接触してくることは確実です。その後のことはあなたに任せます。詳しいことは説明したくないのですよ。もし何かの拍子に貴女が我々と関わりがあることが知れた時、あなたが詳細を知っていたら危険ですからね」

「そういうもんですか?」

「そういうものです」


 涼しい顔できっぱり言われてもなぁ。どうせ話す気ないくせに。


「今までの依頼よりは、遥かに興味深いと思いますけどね」


 ええ、確かに興味深いですけどね!


「報酬は20金貨。必要経費は別途。ちなみに、君の養父母たちからの承諾のサインは戴いていますから」

「はぁああああああああーーーーっ!???」


 団長様が手にしている一枚の紙には間違いなく先生とお師匠様の字でサインがされている。

 内容は『今回の依頼の件、本人が拒否しても引き受けさせます』…

 何してんの? 先生!

 何やっちゃってんの!? お師匠様!


「このくらい根回しは当然でしょう」


 涼やかな微笑みが、憎たらしい!


「それから、学園に通うには制服が必要でしてね。さっそく作らせたのですが…」

「なんですか」


 言葉を止めるな。気になるじゃない。


「仕立屋に、このサイズは本当にハイクラスの方ですか? と何度も聞かれましたよ。君のサイズは、どうやらミドルクラス入学者とほぼ同じらしいですねぇ」


 ぷっ、と吹きだす音と、ははは、と笑う声が後ろから聞こえた。


「もーっ! 私は子供じゃないです!」








お読みいただきありがとうございました。

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