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2.アナフガル診療所にて

色々と詰め込み過ぎたかなと反省しつつ、投稿。後日改稿するかもです。

今回の話から主人公の一人称で話を進めます。





 水の恩恵を多分に受ける水の国スィーデルノ 王都の静かな一角にあるアナフガル診療所。

 その治療室で、わたし、ロザリンド・アナフガルは、目の前にいる男を睨んでいた。

 別に彼と睨めっこ勝負をしているわけではない。

 目の前にいる男の名前はアルジャック・ロメイ。わたしが勤めるアナフガル診療所の顔なじみで、昨年王立学園卒業後水の国スィーデルノ 王宮騎士団に入団し、最低2年と言われる騎士見習い期間を9か月という短さで終え、現在第七騎士団に所属している男だ。

 傍からすると、彼はエリート。超エリート。

 しかもそのエリートはわたしを遥かに越えた長身、肌は小麦色で手足は長く、引き締まったその体に無駄な筋肉はない。顔は整っていて、少し長目の茶色の髪は綺麗な首とアーモンド形の瞳を見え隠れさせて、色気をそそっている。

 わたしと3つしか違わないのに、あまりにも異なる体躯。

 そうだね、確かにね。アルはエリートでイイ男だ、とは思う。思うよ。でもさぁ…

 わたしは睨むのを、どうしてもやめることができないのだ。


「ねえロザリー。君は薬術師だよね」


 睨みを利かしている真っ最中なわたしを、アナフガル診療所の主であり医術師であり、養父でもあるマサト・アナフガルが困った顔で見ていた。周囲を見れば困った顔をしてるのは、先生だけではなくて患者さんも同じだった。 

 そうでした。わたしも先生と同じく勤務中なのでした。

 先生や患者さんの困った顔を払拭すべく、明るい声でわたしは答える。


「そうですよ、先生。昨年最年少で国家薬術師の登録をした天才少女と呼ばれているのは、このわたしですよ」

「うん、そうだよね。それならいい加減、その患者さんの治療をしてもらおうかな。かれこれ睨み始めてから、10分は経っているよ」


 そう言われて。わたしは先生が言う『その患者=アル』を横目で見て。


「ヤリチンに付ける薬はありません!」

「うら若き乙女がそんな単語を使ってはいけません!」


 きっぱり治療拒否したら、先生に拒否したことではなく「ヤリチン」発言で怒られてしまった。

 そして、治療室にいる患者さん全員に笑われてしまった。

 わたしの躾担当は先生なのだ。

 わたしが喋るようになってから16歳になった今でも、先生は言葉遣いに関しては少しばかり口うるさい。そして叱るときは必ず、敬語になる。

 う~ん、反省。普段は『女好き』って言っていたのに、今日に限っていつも心の中で叫んでた『ヤリチン』って言っちゃった。


 さて。

 齢は15にして国家薬術師に合格、登録された天才少女ロザリンドとはわたしのこと。

 なーんて言ってるけど。

 実のところは天才ってわけじゃない。

 だって、物心が付く前から昔話の代わりに人体の解剖学と生理学の説明を先生が、子守唄がわりに薬草と鉱物の名前と特徴及び薬学の説明をお師匠様が行っていたから、知らないうちに知識が身に付いていたんだもの。

 おまけに薬草や鉱物の名前を覚える年齢になれば、診療所の不足した材料を採りに薬草園や野山へ行くのはわたしの役目になった。取ってくる物を間違えたら、お師匠様のきっつい『オシオキ』が待っていたから、日々ドキドキしていたけどね。そのおかげで、薬草と鉱物の見極めはバッチリになったけどね。

 そんなわけで、わたしは人体の解剖学・生理学と薬草・鉱物と薬学の知識は早々に身につけていたし、治療や薬剤の調合環境もばっちり揃っていたから、薬術師試験に落ちるなんてあり得なかった。

 『落ちたらオシオキ』ってお師匠様が言っていたしで、死んでも落ちるわけにもいかなかったけど。

 生きているって実感できて日々嬉しい限りよ!

 そうそう、薬術師とは薬に特出しているとともに医術も身に付け、治療を行うことのできる国家資格を持つ者のこと。毎年50名の合格者しか出ない、狭き門の職業なのだ。

 そうやって考えると、やっぱりわたしって天才かも。

 それから、先生の職業である医術師は薬術師と同じく国家資格で治療に関わるけれど、規定の薬学を取得し医術も持ち、人体に切開縫合、いわゆる手術を施せる者のこと。こちらは合格者が毎年20名しか出ない狭き門の職種なので、先生は間違いなく天才!

 ちなみに先生が穏和なのは声だけでなく、全体の雰囲気も同様なのだ。いつも穏やかな雰囲気を纏っているから、傍にいて居心地がいいの。わたしの憩いの場!


「僕たちはそんな単語を、君に教えたことはないし、使ったこともありません。女の子がそんな言葉を使ってはいけません!」


 そんな先生にそうキツメな口調で言われてしまうと、ポジティブシンキングなわたしも、さすがに気落ちしてしまう。


「はーい、先生…」


 しゅん、として肩を落とす。


「なあなぁ、ロザリー。ごねないで治療してくれよ。俺とお前の仲じゃないか」


 落ち込むわたしを前にして、何事もないように両手を擦り合わせて拝むアル。

 くそう、ムカつく。叱られた原因はあんた関連なのに!

 患者さんであるアルの右腕には、血の滲んだ布地がきつく結ばれていた。

 本当は、騎士様の治療ができるなんて、一介の薬術師には名誉ものなんだよね。

 でもね、わたしは彼が『騎士』として働く姿を見たことは、一度もない。正装姿も見たことがない。騎士だ、と言われても信用できない、というのが本音。

 ただ、彼は頻回に普段着でこの診療所に現れて、何故かわたしを指名して治療を受けている。

 そして、アルの噂は診療所ここにいても何故か良く耳にする。


『某令嬢の部屋からこっそり出てくる姿を見た』

『某未亡人の部屋に裸でいた』

『某貿易商のお嬢様の部屋へ夜中に忍び込んでいた』


 アルの噂はとにかく女がらみ。

 だからわたしの中ではアルはエリートというよりも、ただのタラシ。みるからにタラシ。タラシ以外の何者でもない。


「アルとあたしの仲なんて、微塵もありませんからね。大体、ファルツィー子爵家のお嬢様に夜這いしかけて、護衛に傷負わされて。で、なんでわたしが指名されて、治療しなきゃいけないんですか」

「お、なんでロザリーが俺の下半身事情知ってんだよ。さてはお前、俺に…」

「ジョルディさんに聞きました! 散歩してたら、子爵邸の門を飛び越えて、アルが出てきたって。朝イチで治療に来て、もの凄く楽しそうに話してましたよ。『噂話は気ままな老後の楽しみだ』とか言って」


 ジョルディさんの口マネで伝える。アルが顔を顰めたから、きっとわたしのマネは似ていて、ジョルディさんが言っているのを想像したのだろう。

 ジョルディさんはアルの祖父で、元王宮騎士団元帥様。本当は『ジョルディ様』と呼ぶべきなんだろうけど、本人から『ジョルディさんと呼ばないと、ここに来ないよ?(=診療所にお金を落とさないよ?)』と笑顔の脅しを受けたので、仕方なく『ジョルディさん』と呼んでいる。


 一般の診療所の経営は大変なのよ! 収入は切実な問題なのよ!


 とまあ、こういった事情なので、騎士様たちには尊敬する元元帥様を『ジョルディさん』と呼んでいるのを、ぜひとも許してもらいたい。ちなみにその孫のアルからは『俺のことをアルって呼ばないと、ここに治療に来ないぜ?』と、さすが血縁! と感心する脅しを受けたのだけど、こちらは悩むことなくさっさと『アル』と呼んじゃった。

 ジョルディさんはアルが入団した年に騎士団を退役した。『某国の暗殺集団を壊滅させた』『砂漠の国サディールス における謀反の鎮静に一役買った』『大陸の結界を張る神皇シンノウ 様の勅令を水の国スィーデルノ 国民で直に受けた唯一の人物』と巷で言われるほど、ジョルディさんの功績は素晴らしい。退役についても、国王に引き留められていたようだけど、ジョルディさんは自分の意志を貫いて、今は気ままな隠居生活(本人談)を送っている。以前からこの診療所の馴染みさんではあったジョルディさんは退役後、長年の戦いでの古傷が痛むといいながら、この診療所に朝の散歩ついでに、ほぼ毎日やって来ているのだった。

 毎日お金を落としてくれて、本当にありがとう! 長生きしてね、ジョルディさん!!

 いや、本当に助かってます。


「くっそ、ジジイは朝早いな…ってか早すぎだろ? 俺が門を抜けたの午前3時頃だぞっ!」

「アルがジジイって呼んでたと、ジョルディさんに告げ口しときます」


 ウキウキして言うわたしの言葉に、一瞬にしてアルの顔から血色が無くなった。


「ロザリー…」


 わたしの名を呼ぶ声は微かに震えていた。

 あれ? 怖がってる?


「仮にもアルは騎士団員なのに、なに怯えてるんですか?」

「あのなあ、祖父さんをジジイって呼んだことがバレたら、決闘もんなんだぞ! 祖父さんはただもンじゃないんだよ! あの伝説の騎士団の元帥様だぞ? 強さは俺とは桁違いなんだよ!」


 蒼褪めた顔のままアルが叫ぶ。

 決闘が嫌なら、ジジイって呼ばなきゃ良いのにねぇ?

 ジョルディさんは普段物事に囚われない、つかまえどころのない人物。

 でも、『伝説の』と言われるだけあって、騎士道や戦闘に関しては、彼の上を行くものはないらしい。アルも未だ彼との剣術で勝ちを得たことはないとぼやいているのを、以前耳にしたことがあったっけ。


「ねぇ、騎士団付の魔道治療院か神殿に行ったらどうでしょう? 優先で丁寧に治療してもらえるんでしょう?」


 水の国スィーデルノ では騎士の病気、または騎士が負傷した場合、騎士団付の神殿に行くと神官の祈りにより生命力が患者に与えられ、寿命以外は完治することができる。

 また、魔道治療院では魔道師が『魔法呪文』とか『魔具」とか『魔法陣』を用いて患者本人の治癒力を極限に高めて治療をしてくれる。切開や縫合することがなく、痛みを伴わずに治療することができるのだ。ただし、神殿と違って患者自身の治癒能力が低いと完治しないこともある。

 ちなみに診療所は医術師または薬術師が薬を用いて、本人の治癒力を促すことが中心となる。つまり、治らないこともあるし、治療に時間もかかるのだ。

 神殿と魔道治療院があれば、寿命以外の病気や怪我は治すことができる。でも、国家資格が必要なほど診療所は必要とされている。何故かと言えば―――


「どっちも治療費、高いじゃないか」


 そう。その一言。

 神殿も魔道治療院も費用が高額で、平民がおいそれと利用できる額ではないのだ。騎士付きといえども、治療費は半額と安くはなるが、高額であることには変わりない。


「あそこに毎週末通ってたら、俺の給料なくなるだろうが!」

「知りません! とにかく、ヤリチンに付ける薬はないって言ってるんです!」

「ロザリー! またそんな言葉を使って! 何度言えばわかるんですかっ!」


 先生にまた叱られてしまった。

 学習しないなぁ、わたし…。反省反省。


「どうでもいいからロザリー、さっさと治療しろ。―――うるさい」


 わたしたちの終わることのない会話に、養母、サキュリア・アナフガルが冷たい視線を送りながら冷たく言い放った。養母サキュリア先生マサト の奥さんであり、わたしの養母であり、薬術師であり、わたしの師匠でもある女性だ。

 黒髪に二重吊り目の美人ではあるけれど、先生よりも長身で口調が男言葉であるため、近寄りがたい雰囲気を醸し出している。でもでも薬術師としての腕は超一流で、神殿や魔道治療院からも一目置かれている存在。尊敬するお師匠様なのだ!

 お師匠様は、薬剤調合するのに垂れてくる髪が邪魔と、髪を結い上げている。わたしも同じ理由で、肩下まであるコルク色の髪をピンできっちり結い上げているから、大きめのローズグレイ色の瞳はそのせいで吊り上がり気味。

 そうなると似た風貌になるから、診療所ではわたしとお師匠様は親子? と、よく尋ねられる。

 血は一滴も混ざってないから、その都度否定してるけどね。

 そのお師匠様は『お師匠様』だから、上下関係に厳しい。

 だからお師匠様に『うるさい』と言われてしまうと、知らずに身震いしてしまう。

 お師匠様の指示に直ちに従わないと、問答無用の鉄拳おしおきが披露されることは、この十年で身に染みて理解しているから。

 あの鉄拳、すっごい痛いんだよ!


「はい、お師匠様」


 素直にそう言って、顔は不承不承を隠そうとも思わないけど、アルの腕にまかれた布地を外し、消毒をする。


「―――って!」


 アルが小声で呻いた。

 消毒が沁みるんだろうな。そういう消毒薬を選んだし。

 アルの顰め面を上目でちらりと見、抗菌効果と組織再生促進の効果のある薬草、それぞれペースト状になっているものを傷口に塗布した。


「騎士様ならこのくらい我慢して下さい。子供の憧れの騎士様なんだから、幻滅さ、せ、な、い、で!」


 言いながら白布を当てた後、包帯を巻く。力の限り。


「…っ、おま…いてぇよ! おい、俺の指先が紫だぞ、血ィ止めんじゃない…」

「包帯は僕が巻くよ」


 ね、と穏和な声がし、わたしの手が先生の大きな手に包まれた。

 医術師として、わたしの行為を見るに見かねたんですね。先生、お手を煩わせてごめんなさい。

 こんな優しい先生と無表情なお師匠様は、あまりにも正反対な性格なので、『夫婦であることが不思議』と周囲から良く言われる。だけど、わたしは二人の阿吽の呼吸で治療する姿を幾度となく見ているので、逆に理想の夫婦と言えばアナフガル夫妻しか思いつかない。

 1歳に満たないうちに孤児となったわたしがアナフガル夫妻の手に渡った時、先生26歳、お師匠様27歳(推定。教えてくれないんだもの)だった。実子がいなかったので、二人に充分可愛がってもらった自覚はある。躾は厳しかったし、オシオキも痛かったけど、わたしを自立させるために必要なことだったと、今では理解しているし、感謝もしている。

 心の中で『ありがとう』と二人にお礼を述べたところで、先生が包帯を巻き終えたのを確認。


「お師匠様、終わりました!」


 仕上げたのは先生だけど、治療終了を元気よくお師匠様に告げた。わたしの声に、お師匠様は別段興味を持つでもなく


「そうか」


 とだけ言い、アルを見ることはなく薬草の選別作業を続けていた。わたしも並んでその作業に加わる。


「俺、患者なのに…」


 アルは肩を落とし、先生はそんなアルの肩を優しく叩く。


「まあ、そんなに気落ちしないで。君がロザリーに優しくしてもらいたい気持ちは、わかるけどね。それよりも、お迎えだよ」


 先生が顔を窓に向けた。

 外に気を向ければ、診療所の外で馬が嘶いていた。この鳴き声はよく知っている。


「あ、ジェイキンスだ!」


 わたしは素早く白衣を脱いで外に出る。

 大きくて綺麗で大好きな白馬。

 扉を開ければ、思った通り目の前には白馬の足。


「ジェイキンス!」


 名を呼べば、毛並みの綺麗な白馬は首を下してわたしの頬に顔を当ててくれる。これはわたしとジェイキンスのいつもの挨拶。

 ジェイキンスはプライドが高いらしく乗り馴らすのにも人を選び、乗れるようになるまでに相当時間がかかったらしい。でも、わたしとは一目会った時から、親しい友人のように馴れ合っていた。

 大好き、ジェイキンス!


「俺よりもジェイキンスが先かよ、お嬢ちゃん」


 馬上から声がかかる。

 顔を上げなくても、その声の主が誰なのかがわかった。ジェイキンスが乗せる人間は二人しかおらず、わたしを『お嬢ちゃん』と呼ぶのは、そのうちの片方しかいない。


「おはようございます。ヘルマン様」


 ヘルマン様はアルが所属する第七騎士団第一部隊隊長様。団長様が冷血な優男であるのに対し、ヘルマン様は長身で肩幅が広く、性格も顔もワイルドな人物だ。強面だけれど、人情厚い隊長様。


「こう見えても、俺は女子供の憧れの騎士様なんだが」


 ほら、と騎士服を自慢そうに見せなくても、ちゃんと見えてます。

 甲冑は着けていないけれど、ヘルマン様は第七騎士団色の紺藍の騎士服を凛々しく着こなしていた。

 うん、格好いいですよ。でも。


「わたしはヘルマン様より、ジェイキンスとの方が仲良いので」

「俺はジェイキンス以下か」

「ヘルマン隊長。ロザリーには色恋はまだ早いんだってことですよ」


 のんびりと診療所の扉を潜ってアルがぼそりと言う。


「仕事ですか?」


 そうアルが問えば、ヘルマン様の表情はあいまいさを表していた。


「まあ、仕事っちゃあ仕事なんだが。迎えに来たのはお前じゃなくって、お嬢ちゃんなんだよ」

「え?わたしにお迎え?」


 目を丸くして自分を指してみせる。

 今までヘルマン様からいくつかの依頼はされてきたけれど、いつも診療所(ここ)で話をしていたのに。

 わざわざ屯所に行くってことは…もしや騎士になれってこと?


「わたし、騎士にはなれませんけど」


 騎士資格を得るには王立学園を卒業するか、爵位印のある推薦書を持って王宮に赴くしかない。

 わたしは勉学に関しては、先生やお師匠様を講師に自力で行ってきたので、今まで学校なるものには通ったことはない。まして推薦書なんてあるわけもない。

 そもそも入団資格には規定の身長体重があって、その身体条件をわたしは満たしていない。わたしは背が低いので、着ている白衣は足首まで届くくらい(いずれ大きくなるから、裾あげなんてしない!)で、調合の際に邪魔くさいので袖口は常に二重折り。という姿なので、どう見ても実年齢より3~4歳は下に見られ、この診療所に初診で来た人は必ず


『こんなに小さいのに良く頑張っているね』


 と言う。わたしがそんなことはないと歳を言えば、嘘だろうと信じてもらえないこともしばしば。

 そんなわたしに入団試験の資格なんてあるはずがない。


「そうじゃなくて、第七騎士団から薬術師であるお嬢ちゃんへの、正式な仕事の依頼だよ。詳しいことは団長から聞いてほしいんで、騎士団屯所に来てほしいんだ」


 それを聞いて思わずうーん、と唸りながら渋面になる。

 今日はこの間使い尽くした薬を作るつもりで、作業場に薬草を散らかしてきている。しかも今日中にその薬草を使わないと、効能が変わってしまう。

 それに、第七騎士団長様直々に話をって…。

 あの人苦手なのよね。冷たい目をしながら、わたしをからかう。しかもいっつもわたしを子ども扱いするし!


「申し訳ないですがわたし、今日しなければいけない仕事があるんです。今日中に薬草の…」

「行って来い。正式な依頼なら報酬も良いだろう」


 理由をつけて断ろうとすれば、いつの間にか隣にいたお師匠様から、素っ気なく『GOサイン』が出てしまった。

 ええ、確かに報酬は良さそうだし、あわよくば上乗せさせたいところですけどね。

 でも、冷徹で美丈夫で子ども扱いする団長様が苦手だから、行きたくないんですけど。とにかく行きたくないんですけど!


「今日作る薬は、サキがもう手を付けてるから、行っておいで」


 わたしのそんな気持ちにお構いなしでダメ押ししないで、先生!

 それにそんな風に微笑まないで。そんな笑顔向けられたら、「うん」と頷くしかないじゃない!

 くそう、恐るべきこの夫婦の連係プレー!

 心内で毒づく。


「…ジェイキンスに乗せてもらっても良いのなら」


 仕方なく行きます、と続く言葉を喉で食い止める。

 ここから屯所まで歩いて一時間くらいかかる。そのくらい歩くのはわたしにはどうってことないけれど、ジェイキンスとの交流くらいのご褒美がないと、行く気も起きない!

 ヘルマン様はそんなわたしの葛藤も気にせず、


「よし、おいで」


 大きな手をわたしに向けて伸ばした。

 今日はズボンとショートブーツという服装でよかった。スカートだったら戸惑う所だ。

 ヘルマン様の手を借りてわたしがジェイキンスの背に乗ると、ジェイキンスは嬉しそうに嘶いた。まるで『ようこそ』と言ったかのようだった。


 今日は晴天、風も緩やか。

 とりあえず、屯所までの道のりは最高なものになりそうだ。









お読みいただき、ありがとうございました。

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