1.プロローグ
次話から一人称になります。
水の国 王宮内にある、騎士団所有の建物の一室。
小さなテーブルに対峙して、二人の人物が座っている。
一人は黒茶色の短髪で同色の瞳の大柄な人物。もう一人は輝く銀色の長髪を一つで結び、涼やかな印象を与えている青い瞳を持つ、白肌の美貌の男。だが、よく見れば彼の瞳は涼やかを超えて、氷に近い眼差しだ。
その氷の瞳が相手を見据える。
「ビンセンス殿下の命が狙われているとの報告を受けました」
滑らかな声で第七騎士団長アンドレイ・グリエは第二騎士団長ファブリス・デュドバンにそう告げた。
二人は同じ騎士団長。ファブリスは現在35歳で、第二騎士団長となり5年が経つ。対するアンドレイは23歳、昨年第七騎士団長となったエリートだ。
そのアンドレイの言葉にファブリスは驚いた。第二騎士団の役割は国王、王妃を始めとする王族の護衛が中心であるのだが、第一王子ビンセンス殿下暗殺の気配を微塵も感じていなかったからである。
「それは本当か?」
「ほぼ、間違いないですね。サプスフォード公が怪しい動きをしています」
「そう、か。お前が言うならばそうなのだろう」
ファブリスは神妙に頷いた。従来第七騎士団は表向きは王都の治安安定を、裏では諜報活動を行っているのだが、この目の前にいるアンドレイに代替わりした後、『水の国は大陸最高の諜報機関』と謳われていることを知っているためだ。団長となり1年しか経っていないのに、だ。
「殿下達の我らの護衛は完璧のはずだ。しかし、相手が王宮内への影響も大きいサプスフォード公爵家となると、穴が出る可能性は否定できないな。しかし、なぜ今…」
「第二王子ヴィーセル殿下とサプスフォード公爵家令嬢アイリス様の婚約の儀は近いようですね。婚約の儀の後、ビンセンス殿下をすぐにでも排除する策動をしていると思われます」
予想していた通りの返答に、ファブリスは溜息を零す。
第一王子ビンセンスの学院卒業まであと6か月。第二王子ヴィーセルとサプスフォード公爵家令嬢アイリスの婚約の儀まではあと2ヶ月というところだ。
水の国においては、離縁は禁忌とされている。婚約の儀を終えれば婚姻したも同様の扱いとなり、何があろうとも縁が切れることはない。
「次期国王となる条件を満たしているのは、ビンセンス殿下とヴィーセル殿下だけだからな。サプスフォード公爵としては、政治に積極的に関わっているビンセンス殿下よりも、騎士道に力を入れているヴィーセル殿下の方が取り込みやすいと判断したのだろう。ならば、早急に公爵家に探りを入れなければ…」
「公爵は疑り深く、侵入するにもサプスフォード公爵家専属魔道師が目を光らせています。我々も一ヶ月ほど試みていますが、侵入できていません。公爵家での内偵はすぐには無理でしょう」
「では、どうする? 案はあるのか?」
「学園の中に潜り込ませます」
「学園?」
思いもよらぬ内偵場所に、ファブリスは思わず復唱してしまった。
「ビンセンス殿下もヴィーセル殿下もアイリス様も、王立学園のハイクラスに通っています。そこに一人、こちらの人間を送りましょう」
「殿下はともかく、情報を得るのにアイリス様に近づくことは無理なのでは? 公爵が簡単には近づけまい」
サプスフォード公爵の娘に対する溺愛ぶりは、彼女が生まれた時から貴族間では有名な話だ。ヴィーセルとの婚約もアイリスが望むからと、半ばゴリ押しで公爵が話を付けたようなものだ。
その証拠に、アンドレイの所には『ヴィーセル殿下は他に想い人がいる様で、勝手に婚約を取り付けたアイリス様との仲は最悪。それでも、アイリス様はどんなに邪険にされてもヴィーセル殿下を慕っている』という報告が何度もされている。同時に『学園内外でアイリス様に近づく人物は、魔道士候補の侍者に排除されている』他いくつかの内偵報告も。
「確かに魔力の高い魔道士候補生が一人、アイリス様の侍者で常に張り付いています。それでも近づける人間が一人、心当たりがあります」
アンドレイの紅い唇が弧を描いた。
「小さな可愛い『動物使い』です」
「ああ、お前お気に入りの、あの子供か」
ファブリスは可哀想に、と言わんばかりの表情をし、深い溜息を漏らした。
お読みいただきありがとうございました。