意表
床や壁の所々が融け、床は水浸し。崩れ落ちた氷のシャンデリアが、未だにキラキラと小さな明かりを反射し続け、儚く輝いている。
彼女はしばらくそれを見つめていたが、はっとして両親を探す。
あいつ親まで攻撃してたらマジに殺すぞ…
大丈夫でした。大丈夫どころか牢の檻も何もなっていない。駆け寄るレイ。
魔力と腕力で檻(格子)をこじ開けようとするが、体の横から衝撃。吹き飛ばされる。蹴りを食らったようだ。
氷の壁に衝突。レイは考える。これじゃダメだ。あいつ役割果たせてないし。
攻撃したはいいが、それで融けて天井の氷の飾りが落下し、彼を下敷きに。気絶している。
なんて間抜けなの!
サザンの攻撃など全く意に介さず巨大なネジ形の氷を彼女に向け数十と飛ばしてくるオッサンに、それらを踏み台にしながら急速に近付くレイ。
踏み蹴った直後氷のネジが水に変化、彼女の足にまとわりつき、身動きを利かなくさせるが、力ずくで引っこ抜いて、能力でなく元々宙を飛べるので、攻撃をかわしながら速度は落ちたがすぐにオッサンの目の前へ到達。
ふたり睨み合う。この星のこの種族(水妖族)は強くなればなるほど強い能力が身に付く。彼らは目が合った相手を凍らせる能力を持っており、今のところこの2人だけが使える。千年以上の歴史がある水妖族だが、歴史上ここまで強くなった者は数えるほど。
目を合わすのは命のやり取り開始の合図。気を抜くともってかれる。双方本気になり、邪魔されない限りどちらかの命が尽きるまで能力駆使の見えざる見える実力的拮抗が起こってゆく。
目は合わせたまま、大小様々な水の攻撃が無数に2人の周りで、発現し、体に触れる直前で弾け飛んだり、発現する前に魔力どうし打ち消されて何も起こらなかったりで、無数の大きな水玉が2人の周辺で凍ったり尖ったり旋回したりしながら最終的にどんどん水滴はばらばらに、小さく小さく分解されてゆく。
相手を凍らせ、自分は凍らされないよう眼への意識も絶やさず、水妖族ならではの命のやり取りである、体が水なため、それを操られ殺されないようにもかなりの魔力を割いている。
あたりに小さな風があらぬ方向からあらぬ方向へ起こり、この場所の温度は一気に沸点に達しては氷点下に下がり、視界が白に転じたかと思えばまた利くようになったり、目まぐるしく環境が変わる。
しかしここは彼の城、城の水には彼の魔力が蓄積されており、城に入るまでとは彼女の操りの利き程度はかなり鈍っている。それでも拮抗は崩れないが、戦配はオッサン(名はミドルェ。)に傾く。彼女の瞳に僅かほどの疲労が見て取れた瞬間、むろんオッサンも水妖族なので背に生えたトンボのような羽根を羽ばたかせ、レイの後ろに回り込んでいた。目が外れた瞬間が勝敗の喫すとき。
飛んだ!?巨体という先入観に、今までの戦いにはなかった行動に驚き、疲労を見せたことに後悔が滲んだが、そのときには既に彼の岩のような拳を背中から食らい、壁へ突っ込んでいた。いくらか骨が砕け激しい痛みが襲う。回転する氷のネジがレイめがけて何十と突っ込んでいく。レイは一瞬意識を手放した。ミドルェは壁の氷を融かし、気絶して急激に魔力が弱まった彼女を厚く水で包み、口を塞ぐ。そして水の刃を作って彼女の両の脇腹に、同時、深さも平等にゆっくりと刺してゆく。
「っっ…………!!!?」
意識を強制的に引き戻され、激痛に叫ぼうにも口を塞がれ息もできず、痛みで魔術どころではない。
しかし防衛本能が防衛のためだけの魔力を発揮し、水の刃は引き抜かれ、回復魔法が働く。が、オッサンは、より強靭な水の刃をその水の中に幾つも形成すると、よく見えない上、意識も朦朧として守備も何もないレイの全身を、その幾つもの刃で刺し貫く。
宙に浮かぶ少し大きめの水球には、(その殆んどが血が薄められた色に染まっている、ただなかに、)まったく動かない、真っ白な少女。
サザンは状況をやっと把握し、目の前が転倒していく気がした。自分は何だと問い直して、しかし彼女の救出に向き直った。すぐに彼女を包む、真ん丸い水の塊に飛び、中から彼女を引っ張りだす。
*
オッサンの笑い声が響くと、俺の目の前で彼女の胸や腹から水の剣が何本も突き出、血が溢れ流れる。俺は急いで水から完全に引っ張り出すと、彼女を抱え、一瞬彼を激しく睨んでから、一旦オッサンから離れた場所へ。オッサンはにたにた笑っていた。
「こほっ…」
彼女が喘ぐ。生きていた!
「…悪かった…。何も言うな」
言いながら魔力を全力で送り続ける。
「けほ…あや、ま…のはこ ち…あた、しのもん、、いけほ、を、しつヶて…」
よくわからないので何も言わず、何も言うなと目で訴えながら回復させ続ける。ここの星の者たちが魔力を回復力に変えられるかは疑問だが何もしないよりかは。
ゆっくりだが、傷が退いていくのがわかる。良かった。
「はぁ…っつ!…。うん…もう十分よ、ありがと。」
俺は、一にも二にも謝罪だった。
「一応あたしが立場下って設定なんだからあなたがそんなんじゃさ…。いいのよ。あたしたち誰かと組むことに慣れてないだけ。作戦立てて、ふたりで一気に攻めよ」
オッサンはまた王座を立て直し、床とひっつけ(耐震?加工)、どっかと座しており、膝の上にはレイの両親の檻を載せ、かわいがるようになでている。レイによるとあの檻は強力に彼の魔力が込められていて、水製とはいえまったく操れないのだと。
とりあえずそういう条件下で作戦を立てた。たぶん稚拙だけど。
オッサンの前に出る。
「おぉおぉ、世話焼きに勤しむお二人さん。この檻の中の二人の前にまず自分で自分の世話くらいできなきゃなァ!」
俺たちがバラバラに動いたせいで傷負って不利になって、それをまた俺たちが治し穴埋めしてるのだから、世話ないな、と皮肉っているらしい。
「さ〜あ、無闇になにかしようものならこの二人も巻き添えだぞ?」
檻をつつくオッサン。
無視。作戦実行。
俺が真正面から攻める。
「作戦会議する時間もあげたのに!アホなのか!」
余裕か。
水の様々な攻撃をかわしつつレイにも魔術で助けてもらいながらどんどん近付き、オッサンが攻撃に腰を入れ始める直前、レイの魔術と協力しての、温度差利用した幻が(たぶんできてて、)オッサンにはしばし見えているハズ、レイに体に張ってもらった水で俺は高速でオッサンの頭の後ろへ引っ張られる。
*
止まった?!何の作戦だこりゃ。
…しまった!幻か!!
*
サザンがオッサンの後頭部にデカい炎の拳をぶつけると、爆竹のように激しく連続に音を立て、オッサンは意識半分ふっとばされ前につんのめる。
レイがすかさず飛んで来て両親の檻を掴んで離れる。いったん置いてオッサンを倒すのを優先。
「ぐぬぅ!!っクソが!!」
オッサン踏ん張った瞬間、レイが目の前に。目が合う。今度は彼女は彼の身体内部に焦点を当て、体破壊だけに魔力を使う。
「おもしれェ!!」
オッサンも乗る。空気が張り裂けそうな魔力の拮抗。威圧感だけが張り詰める。
双方の体から、口から、血がばしゃばしゃと弾ける。が、やはり睨み合いは終わらない。と!不意にレイが
「ごめんなさい!」
と目をきつく閉じた。目を閉じると この二人の場合、目のお陰で半分以上抑えられていた相手の魔力を解き放つことになり、彼女が負けを悟り、諦めたことを意味するわけだが、ごめんなさい?オッサンは眉をひそめた。が、気にせず一気に畳み掛けるが、目の前にサザンが現れ、強力なフラッシュが焚かれる。オッサンはしばしの失明を負い、「ぐおおお!」と目を抑えよろめく。
そこへ地面に降り立ち、、そこらじゅうからありったけの水を即席でかき集め、でかでかとした丸い水の球体を作り上げるレイ。
オッサンがほぼ直立に戻り、目から手をはずした瞬間。
レイはバレーボールのサーブのように、助走をつけ、腕を振る。
彼女の上空10mほどに浮かぶ、直径23mほどの水球が、オッサンの腹や胸板や鼻先に ばっしゃあぁああ!!!!と衝突!!
彼自身の魔力で頑丈なはずの城の壁を、何枚もぶち破りながら、部屋から部屋へとバコバコぶっ飛ばされるオッサン。
そこへあっという間に追い付き、倒れている彼の顔の横に着地するレイ。
脳だけ無理矢理水で血液を巡らせ、意識を回復させる。
「…く…そ…まだ終わ…りじゃね」
どぐしャッ!!!
レイの水の、オッサンの大きさに合わせた拳が、彼の頬に、思いっ切り炸裂した。
また部屋の隅までふっ飛ぶ彼。
「ふん…!姑息なやつにここまでしたくはなかったけど。これは月日の恨みよ…!!」
彼の着衣を探し、檻の鍵らしきものを見つけると、もう彼には見向きもしなかった。
元の部屋に戻り、サザンも見守るなか、檻が開かれる。
二人とも放心状態のような顔、窶れた体、サザンが見てもとても生きている者とは思えなかった。 繋がれたチューブを気をつけて外し、全力で回復魔法を掛ける二人。
ふたり、ほぼ同時に目を開ける。と同時に、みるみる魔力が戻っていくのがわかる。顔色ややつれた体まで戻ってくる。
「パパ!!ママ!!」
二人に抱きつくレイ。
「そうかお前来てくれたんだな」
「さすが我が娘ね。やるわね。」
サザンが、何か違和感を感じた、次の瞬間。
レイの全身から一斉に血が吹き出、口からも大量の血をごほっと吐くと、両親の肩の内で、はたりと気絶した。
二人は、そんなレイを見、嘲笑の表情を浮かべたが、それも束の間、完全に興味を失くしたように冷めた顔を上げる。
そうして、初見のレイのような、口も開けなくなる殺気が、2人の視線と共に、俺に向けられた。




