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オッサン



 「ついてきて。」


 彼女はそう言うと、宙を飛び、島を抜け、海を渡り始めた。


 俺がついて来れると確認すると、速度を上げる。しばらく飛ぶと、別の島に辿り着いた。


 この島の景観だが(この島は夜の明るさに値するが、彼の目も適応力で暗闇に対応している)、「雪景色」「氷の世界」とでも言うのだろうか。


「この島の主ってどんなヤツだと思う?」


「主がいるのか?これが自然景観じゃないなら…相当強いだろ。あんたが作ったんじゃ?」


「大層な発言ありがと。この島の主はあの目の前の山脈の一番高い山の頂上に作った城に住んでるわ。あいつは変わり者でね、自分が最強になりたい欲求が強いというか、最強とわからなきゃ不安なのね。だからこんな島まで全部氷で創ったりして」


「やっぱ作りものか。この星で最強はあんたじゃねーの?」


「そうよ?自慢じゃないけど。この島は唯一 主のあいつが倒せなかったあたしを、ある手段で力を封じ込めるためだけに創ったものなの。」


 改めてこいつのデタラメさを思い知った気がする。


「主が敵なんだな?」


「そ。」


「ぶっ倒しにいくのか?」


「あたしがね。あなたは先にあたしの父さんと母さんのとこへ行ってくれる?」


「人質に?!」


「…うん」


「…親憎い俺がこんなにムカつくんだ、守ってるからほんとそいつボコボコにしてやってくれ。頼む」


「言われなくても。あなたは父さんと母さんを守ってくれさえすればいいわ。」


 なるほど。これはいくら強い彼女でも一人で突入するにはリスクがでかい。

 引き連れるに値する強さの仲間はいなかったのか、いても連れていけなかったか、そもそも俺に似た境遇ならば仲間がいるかもどうだか。ひどい臆測のようだが、強すぎる者は独りになってしまう可能性が大いにある。センユは例外中の例外だった。

 訊きにくいとは思ったが、一応。


「友達や仲間はいなかったのか?」


「………」


 まずかった。また殺気が漂う。


「すまん…」


「…謝られたら余計惨めよ。…もういい。覚悟できた?もうあたしたちがここにいることあっちは気付いてるよ?」


「ああ…。今踏んでる雪にも御用心てか」


「それでいいのよ。一気に飛ぶわよ」


「おう」



 ―山頂の氷城―


「来たぞ?…ま、お前らがいる限りどうにもならんだろうが…。」


 彼は後ろの檻のなかで、生きているのかも疑わしいほど身動(みじろ)ぎひとつしない、2人の妖精に語り掛けた。が、2人からは何も返ってこない。


「今回は仲間がいるな。お手並み拝見だ。」


 彼は念を込める。



 ―城まであと3km―



「来るわよ」


「ああ…」


 魔力ならわかる。周りを警戒しながら飛ぶ。(といっても彼女が俺の能力は覚られない方がいいと、体に水の膜を張ってもらい、それを彼女が操り、俺を飛ばしてるので、俺は飛ばされてるだけだが…)


 吹き付ける吹雪が空で ゆわんと曲げられ、くゅるるるる…と集まり、小さな円盤形の竜巻になる。それが鎌鼬(かまいたち)のように俺らに吹き飛んでくる。かわしたらまたひと巻き、また一巻きといった具合に。俺も体を捻るくらいなら彼女の魔力とは関係なく融通の利くところで、かわすのは簡単だった。


 2分後。ごごごごごご…という地響きが鳴り始め、空気まで揺れているような感覚がする。と、目の前の山の、山頂を見ると、山の裏側から、海の大量の水が、山の裏側を駆けのぼってきてそのまま天に揚がっていくかのように、大波となって、雲を呑み込みながら、空を埋め尽くしていくではないか!

 俺たちから見える空の4分の1が波で見えなくなると、空から、慣性力の無くなった大量の水が、山のこちら側めがけ、最初はゆっくり、水のこすれ合う音を、遥か遠い頭上から、スゾゾゾゾ…サザザザザザ……と立てながら、だんだん、オドドドドド…といった音に変えながら、凄い速さと迫力になって落ちてくる。


「どーすんだよコレ」


「へーきよ。そのままで」


 とりあえず自分でガードするつもりもしておく。


 うおお!苦手なもんが大量に降ってくる!大丈夫かよオイ!


 杞憂(いらぬ心配)だった。俺たちの真上からずぱっと水が割れ、俺たちの周りに円筒形の空間ができると、水は俺たちを素通りしていき、数十m下の方で再び合流し合って落ちてゆく。


 そのまま彼女が上へ上へ水を切り拓いていくので、俺も飛翔を続け、どんどん山頂に近付く。


 が、今度は囲んでいた水が全て凍った。瞬時に。

 魔力が拮抗する場合、単に発揮しているとき強い方が、操る物体を自由にできる度合いも高くなる。彼女の魔力は半端じゃなかった。相手がどれほどの力を使っているのかは知らないが、凍った水を瞬時に融かしながら、速度を微塵も落とさず、相変わらず快適な飛行ロードを敷いてくれている。


 山頂の氷の城まで来た。

 主も諦めたのか最後はまた水に戻り、山の岩肌を滝のように流れ落ち切った水はでかいでかい溝を穿ち、山の麓に沿って右も左も見える限りの場所までその巨溝が続いている。が、その溝も含め島の大部分がこの津波に埋め尽くされ、いまだに振り返れば8kmほど先で、木々を飲み込みながら地の高低に添って波が進行しているのが見える。

 おぞましい…と思いながら問う。


「住人は?」


「いたらあたしが食い止めてる。さっき言った通り、主の目的のための島よ。住人はそいつとあたしの両親だけ」


 主がどんどん面倒いヤツに思えてくる。



「そういやまだ名前聞いてなかったな、俺はサザンだ」


「あたしはレイ。『サザン』ね。言えてる?」


「上手ぇな発音。『レイ』な。」


「わかるわ十分。」


 俺たちにとってお互い外国語名になるが、能力で相手の言語も少し理解しているので、片言にもなるがすぐに言える。




 目の前には氷のタイルにこれまた無駄にでかい氷の観音開きの扉。これが正面玄関になるようだ。

 魔力で開けるのかと思いきや彼女は威嚇のためか、その内開きの扉の二枚ともに重なる部分に左の手のひらをぺたとつけると、ぽんと前に突き出した。一枚5tくらいありそうな観音扉が両開きに限界のところまで一気に開き、反動で30度ほど戻る。

 目の先20mほどの場所に、一人の水の騎士が立っていた。そのまんま水でできた、という意味。

 全身白い鎧姿。白い刀を携えている。


「これは挑戦ね。ナメられたもんだわ」


「どういう意味だ?」


「素手で倒して入って来いってことよ。魔力使えば一瞬で片付くのをわざわざ用意したのよ。あたしが昔のまんまか見たいだけ」


「しかし水にいくら攻撃しても戻るんじゃ?倒せるのか?」


「簡単よ。遠くに放り投げればいいの。戻って来れないくらいにね」


 逆に思い付かねぇそんなの。


 騎士が走ってくる。いつの間にか彼女は消え、騎士の後ろに回り込んでいた。騎士の胴をわっしと掴むと、何をする隙も与えぬまま、…見えなかった…。

 遥か向こうの壁に彼女が居、壁に手をついている。そして騎士の居た場所から俺の隣を横切り 門(開いた扉)を抜けるように、氷のタイルの一直線上から湯気が立ちのぼり、後ろの津波の上では何かが強烈な水飛沫(みずしぶき)を上げながら、波の上を水切りしているように吹き飛んでいくのだけ見えた。


「こんな変に痛快な倒し方、初めて見た」


「子供みたいに言うのね。この星ではよくあることよ」


 マジかい。まだ子供です一応。(10才になっております今更ながら。)


 力もこんだけあって、魔力も凄いのに、なぜか主のいる部屋までは階段を使う彼女。俺もなんとなく従って行く。

 いちいちデカい、色んな部屋や廊下や螺旋階段やを通り過ぎる。

 しばらく行くと、ひときわデカい再びの観音扉に出合う。

 迷いなく彼女はばん!と押し開く。



 中にオッサンがいた。かなりデカい。(身長は24mくらい)腹もデカい。ヒゲモジャ。でもそれが全て白髪なため、嫌悪感やけばけばしさは感じない。体型はふくよか。だが筋もありそう。最強になりたい願望なんて若い奴かと思ってたら60くらいに見えるよ、ジイサン手前だよ。

 王座みたいな氷の座椅子に、これまた王みたいな服装、偉そうな態度で、頬杖をつきながら、座椅子に深々と体をもたせかけ、虫ケラでも見るような目で、こちらを見てくる彼。

 (イメージとしては、悪いサンタクロースみたいな)

 オッサンが一言。


「よく来た」


 彼女はいきなり手を前に翳し、魔力で彼の座椅子をひっくり返した。

 もちろん載っかっていた彼もたまらずひっくり返り、氷のタイルの上を城全体を揺らしながらごろごろと転がる。せっかくの王服は形が崩れ去り、モジャモジャの毛が更にモジャモジャになる。

 俺はこれにはびっくりして、口をあんぐりさせてしまったが、彼女が座椅子のあった場所の後方を指差すので見ると、そこに牢と中にいる人2人の姿を認め、はっとして彼女の方へ向く。頷いて目で訴える彼女。「頼んだわよ」と。



「おのれレイ〜〜〜〜〜〜!!!!!」


 立ち上がるオッサン。なんかセリフも見た目もザコっぽいんだけど。

 が、壁伝いにこっそり迅速に牢に近付いていた俺に、最初レイから喰らった水球とおんなじ(少し大きめの)水球を喰らってしまう。吹き飛ぶ俺。

 痛ぇ!不覚!

 俺より先に牢の前にたどり着き、それにより逆上しているオッサンと魔術バトルを繰り広げている彼女。が、彼女もオッサンのビンタ(掌まるごと彼女の体全体を打っている)で、俺とは正反対の壁まで吹き飛ばされる。

 あ、マジに強いんだ…。 真に覚悟をし直す俺。最初からしとけよバカか!などと考えながら立ち上がり、まだ俺の能力を知らないだろう彼に、炎の洗礼を受けさせるため、掌に魔力を込める。



 彼がサザンの方へ振り向いた瞬間、白い光と灼熱の炎が部屋一面を包み込んだ…。


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