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変な女がいる。

いや、生き物と言った方がいいか?

そいつは俺の事を怖がらない。

まるで普通のクラスメイトであるかのように、話しかけてくる。

そう、声をかけるのではなく、話をするのだ。

男でも、俺と普通に会話できる奴はクラスの違う幼馴染しかいないのに、だ。

「ねえ、東條君。起きてってば」

そう、幼馴染の藤崎玲人でさえ、寝ている俺には近付かない。

俺の寝起きははっきり言って最悪だ。

だが、そいつは一切気にせず肩を揺さぶり続ける。

そう、目が覚めるまでだ。

そして、慣れている玲人でさえ放置したがる最悪の寝起きの顔そのままに睨んでも、にっこり笑う。

「あっ、やっと起きた」

そりゃあ、延々両手で肩揺さぶられれば、目も覚める。

「あのね。生物のノート提出だって。今集めてるの」

そんなもん、ほっとけよ。

「東條君が幾ら成績良くても、ノート出さないと点数引かれちゃうよ?」

嫌、だから・・・・・・・・・・。

「お前に言われたくない」

そう、目の前のちまい生き物は、俺を怖がらない上に成績も良い。

クラスでは常にトップで、学年では万年2位。

女子では学年トップだ。

だから、少なくとも馬鹿ではない。

だが、自己防衛機能は壊れているのかもしれない。

「え? 私、ノートは必ず取るし、提出するよ?」

そして大ボケだったりする。

「・・・・・・・・・・もう、いい」

反論するのも疲れて、引き出しを漁り、ノートを引っ張り出して立ち上がる。

「で、誰が集めてるって?」

「生物の教科担当・・・・・・・・」

その言葉に教室を見回せば、教卓の前で真っ青な顔でこっちを見て固まってる女が1人。

面倒臭ぇ。

「橘。悪いが、出してくれ」

ノートを目の前の女に差し出せば、そのノートを見つめた後教卓を見て、そして俺を見てまた笑った。

「東條君ってば、優しぃぃ」

どうしてそうなる?

頭、腐ってるんだろうか?

そんなこっちの視線を全く気にするでもなく、この女は俺のノートを持って教卓に走る。

ポクポク音がしそうな走り方だが。

「相変らず、橘さんは玩具みたいだよね。こう・・・・・3頭身の子供向けアニメに出てくる女の子か、エロゲーのロリキャラかって感じで」

「煩ぇぞ、玲人」

いつの間にかやってきた幼馴染の言葉には、とりあえず否定できる要素がなかったので他の言葉で黙らせる。

が、こいつもそんな言葉で黙るはずはなかった。

「いや、そこは否定する所だよね? 彼女に失礼じゃない」

「お前が言ったんだろ」

「章吾が否定する前提でね」

「ん? 藤堂君だぁ。何の話?」

そして玲人の言う通り、3頭身とは言わないまでも、ふわふわの髪の所為で頭が大きく見える女は、本当にアニメに出てきそうだ。

目がやたらでっかくて、細っこい手足を新しい乾電池入れたての玩具みたいに忙しく動かしながら歩いて・・・・・。

無駄に揺れてるな、胸が。

この部分は確かに、子供向けアニメとしては向かない。

これは・・・・・・・。

「章吾、その視線は流石に露骨過ぎ」

「・・・・・・・・・・・・東條君のえっち」

幼馴染に肩を叩かれ、目の前に歩いてきた女は無駄に揺れる胸を隠すように胸の前で腕を組むが、全く隠れてない・・・・・・ではなく!!

「玲人!!!」

「章吾ギブギブ。それより、学食行くだろ」

軽く両手を挙げる玲人のふざけた顔と、変な女の楽しそうな笑い声に馬鹿馬鹿しくなって、胸倉掴もうとしていた手を降ろす。

コイツ等には何を言っても無駄だと、さっさと昼飯にありつくべく歩き出せば、なぜかまた、後ろから声がかかる。

「私も一緒してイイ?」

「あれ? 橘さん、今日はお弁当じゃないの?」

そうだ。

普通に話す女子はこいつぐらいしかいないが、今まで一緒に飯を食ったことはない。

クラスの女子と机移動させて賑やかに、いつまでもクッチャべりながら長々と弁当だかオヤツだかわからないもんを食ってるのは見たことあるが。

「うん。寝坊しちゃった」

楽しそうな声に、思わず立ち止まって振り返れば、玲人に並ぶからさらに小さく見える女がまたにっこりと笑っていた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・お前、自分で弁当作ってんの?」

「あ・・・・・・・うん。そう、なんだけど・・・・・・・・・・・・・?」

何でいきなりそんな話になるんだろうと、書いてある正直すぎる顔に笑いが出る。

「誰だって思いつくだろ。寝坊して弁当がないつったら」

「え? そうなの?」

「まあ、そうだね」

玲人にまで確認を取り、玲人も笑う。

こいつは本当に、俺達を怖がらない。

変な女だ。

その上、今時自分で毎日弁当を作ってるとは・・・・・・・・。

「だからちょっと財布が痛い」

「橘さん。お財布に痛覚はないよ?」

「わかってるけど、気持ちの問題?」

「お前貧乏なの?」

俺の無意識にぽろっと出た言葉に、自分でもマズいと思った。

それは玲人も同じで、伸びてくる足の気配に、思わず階段を飛び降りる。

「危ねぇなっ」

「章吾、馬鹿なの?」

玲人の冷たい笑いに、確かに・・・・・・と思う自分がいる。

自分でも、幾らなんでも、直球すぎるだろと気まずいままに階段を見上げれば、言われた当の本人はでっかい目をさらに見開いて、頬を染めてこっちを見ている。

あれ?

なんか、思ってた反応と違う・・・・・・・・・・。

「えっ!? 今、東條君飛んだ? うそっ、ふわって!!」

「橘さん、突っ込むとこそこなの?」

「だって、今、踊り場まで、階段一個も降りずにふわって!!」

「うん、落ち着こうね。人は跳躍はしても、飛べないから」

玲人が苦笑いで橘を見下ろし、橘は頬を染めてキラキラした目で俺と玲人を忙しそうに見る。

「すっご!! 私がやったら、絶対怪我するよっ」

「うん、橘さんはやめとこうか。危ないからね」

「テメェが危ねぇんだよ!!」

階段上で背中に蹴り入れようとする事がっ。

「橘さん、お昼食べ損ねちゃうし、急ごうか」

「え? でも、お昼休み始まったばっかりだよ?」

完全に無視。

玲人は笑顔で橘を促し、俺の横を通り過ぎようとするが、橘は戸惑いながら立ち止まる。

橘の頭の中は、相変らず謎だ。

「学食は早い者勝ちだから。早く行かないと、カレーかうどんぐらいしか残らないよ」

「ってか、お前学食行った事ねぇの?」

そして俺が歩き出せば、橘はにっこり笑ってまたチマチマ歩き出す。

そうか、俺のいつもの速さで歩くと、コイツは激しく足を回転させないとなんねぇのか。

チビだし足短いし。

だから、玲人も階段で蹴りを入れるなんて事を。

馬鹿なコトを言った俺への制裁もあるだろうが、こいつも一緒なんだからもう少しゆっくり歩けと言いたかったわけだ。

そう言えよなと思わないでもないが、実際玲人がそれを口にすれば、この女がまた妙な顔をするんだろう。

面倒臭ぇ。

そんなこっちの考えは本当にどうでもイイのか、女は相変らずニコニコしている。

「そうなんだよっ。入学初です! いつもは寝坊してもコンビニでパン買うんだけど、その時間もなくて」

「購買は経験済みなんだ?」

「うん。1年の時、購買あるからってコンビニ寄らないで、お昼抜いたことがある」

その、悲しそうに腹を撫でる姿は、本当に玩具のようだ。

「購買はねぇ、無理だよね」

「うん。あそこで女子が食べ物買うのは無理だよねぇ」

あそこは部室棟の直ぐ横だから、朝練上がりの運動部にほぼ買いつくされる。

それから昼に向けて再入荷があるらしいが、昼になれば運動部も何もあったもんじゃねぇ。

どこの超満員電車だと突っ込みたくなるほど、昼の購買部はそのレジカウンターが見えなくなるわけだ。

女子があの人波を割って進むのは無理がある。

なによりも、この女があの人並みに入ったら踏み潰されるな。

漫画のように薄くなって出てきても・・・・・・違和感なくアニメ仕様の姿で出てきそうで怖い。

そんな馬鹿なコトを考えてるとは全く気付いていないのか、女はまた、こっちを見て笑う。

「そうでもないよ? 溝口さんはいつもあそこでおにぎり3つとパン3つ買ってるし」

「溝口を女に分類するのか?」

溝口は、この学校で知らない者はいないだろう、有名人だ。

何しろ、女子柔道のオリンピック候補。

世界大会で優勝経験のある、超重量級。

制服を着てない限り、女に見えない。

「章吾、失礼だよ。溝口さんが女性であることは間違い様がないじゃないか」

確かにな。

オリンピック候補だ。

性別偽るなんてコトは早々できないだろう。

「そうだよ。溝口さん、お料理も裁縫も得意なんだから」

「橘、違うだろ」

完全に、玲人の言わんとすることが理解できていない。

そもそも、チビの頃から体育会系や強化合宿なんかで育ってきたんなら、料理作ることもあるだろし繕い物の一つや二つやってるだろ。

その環境で出来ない方がそもそもおかしい。

「ホント、章吾は失礼だよね」

いや、お前に言われたくねえよ。

そのまま玲人を睨めば、なぜかにっこり笑われた。

「章吾、あっち」

そして、背後を指差され、なんだと玲人を睨む不機嫌顔のまま振り返れば、食券販売機の周りの人だかりが割れる。

それは見事にビクリと体を震わせて、人垣がどこぞの映画のように見事に開けた。

「どうぞ、橘さん」

「テメェ」

絶対、わざとだと睨むが、玲人は笑顔のまま橘の肩を叩いて前に出す。

「あの、でも、皆並んで買ってたんじゃ・・・・・・・」

間違いなく、橘の言う通り、食券買うための人だかりだったはずだ。

ただ、ビビッて近づけなくなってるだけで。

「友達の付き添いだったとか、何を買うか迷ってるんじゃないかな。・・・・・・・ねえ?」

にっこり。

玲人の微笑に、周りの人だかりは何度も頷き、さらに食券販売機前から遠ざかる。

「そうなの? でも、あの・・・・・・・・・」

「先に、買っていいですよね?」

玲人がそう言えば、人だかりが一気に散った。

逃げたとも言うが。

「あっ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

困った顔でその様子を見て、固まる橘に溜息を吐く。

「俺らが買わねぇとアイツ等戻って来ねぇよ。さっさと買っちまえ」

「あ、うん」

橘は馬鹿じゃない。

玲人のやったことを理解して、良心が咎めてるのだろう。

避けたのはアイツらなんだから自業自得。

ほっときゃイイのに橘は、食券販売機を見た後、くるりと振り返って頭を下げる。

「先に買わせていただきます!!!」

それはもう、頑張った大声で頭を下げる姿。

律儀と云うべきか、馬鹿だと言うべきか。

「橘さんは偉いね」

「偉かったら、ここで教室戻ってるよ。ちゃんと食券は買わせて貰うし」

曖昧に笑いながら、橘はきつねうどんを選んでいた。

「お前、馬鹿だろ?」

思わず見下ろせば、にっこり笑って首を振られる。

「だって、定食だと、全部食べきれないと思うから」

「気にしなくても、僕と章吾が食べるのに」

「は?」

「章吾買えば?」

訳のわからないって顔の橘に、ニコニコとした玲人の胡散臭い顔。

玲人の胡散臭い笑顔の意味は分かったが・・・・・・ここでその笑みをぶち壊すのは簡単だが、そのしっぺ返しが痛すぎる。

溜息混じりに金を挿れ、ボタンを押して金を挿れ、ボタンを押そうとして・・・・・・・・・。

「ちょっ!! 東條君、日替わり定食幾つ買う気!?」

「2つにうどん食う」

「は?」

「はっ」

橘のただでさえでっかい目が零れそうなほど大きく見開かれ、その・・・・・・そうくるだろうとは思っていたが、予想通り過ぎる展開に、玲人が声を出して笑い続けるのは激しくムカつく。

「悪かったな。燃費が悪くて」

「え? ねん、ぴ???」

意味が全く分かってない橘に、玲人は笑いを何とか引っ込めて、自分も日替わり定食一つとそばを購入し、橘の頭を撫でた。

「俺でもこれぐらいは食うんだよ。男の子だから」

橘は笑う玲人の手の食券二枚と、俺の手の食券三枚を交互に見て大きく溜息を吐く。

「すっごいねぇ」

「章吾はね。これでも遠慮してるから」

「玲人っ」

「へ?」

わかってない不思議そうな橘に、また笑いを噛み殺しながら玲人が口を開く。

「章吾、初日に定食4枚買って、食堂の人に怒られたんだよ」

「・・・・・・・・・・4枚って、4食?」

そんな目で俺を見るな。

「じゃ、次行こうか。周りの迷惑だし」

そしてまだニヤニヤ笑いながら、玲人は歩き出す。

物凄く、嫌ではあるが、正しく背に腹は変えられない。

不思議そうに見上げてくる橘に「行くぞ」と声をかけて歩き出せば、橘もまた玩具みたいな動きでついてきた。

本当に学食で食べるのは初めてらしく、キョロキョロと辺りを見回すから余計、玩具っぽく見える。

そんな橘を笑いながら、カウンター前で珍しく律儀に待っていた玲人は、歩いてきた橘を見て口を開いた。

「ここで食券を出して、自分の食券と同じ札を取る」

そう言って、玲人は橘のきつねうどんの札、赤い札にキツネとかかれたものを差し出した。

ちゃっかり、自分の定食の青い札とタヌキと書かれた緑の札を左手に握って。

「玲人っ」

「章吾は自分でやりなよ」

「テメェ」

「ねえ、私やりたい!!」

「は?」

橘のキラキラした目に自分の食券を差し出せば、嬉しそうにとって、カウンターに置き、そして札を・・・・・・・・・・・・。

「届かない・・・・・・・・・・・・・・」

振り返った橘は涙目だった。

肉うどんはまだ余裕があったので手前で取れるが、定食は残りが後3枚で、奥にある。

橘の手では届かない・・・・・・・・・・・・・。

「ぶっ」

「くっ、しょ、章吾っ、笑っちゃ・・・・・・・・・」

「うううっ!!」

涙目のまま唸る橘は、俺達を見上げた後食堂を見回し、そして目を輝かせる。

何をするのかと笑いながら見ていれば、食堂の隅においてあった醤油瓶か何かを入れてんだろうプラスチックケースを引きずってきた。

「コレで、届くし」

ドヤ顔で、そのケースに乗って札を取る・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

「「「「「ぶっ」」」」」

今度は、俺と玲人だけでなく、周りからも噴出す音が聞こえた。

「な、なんでっ、皆笑うの???」

嫌、笑うだろっ。

子供の初めてのお手伝いじゃあるまいし。

踏み台のって、食券札取る高校生・・・・・・・・・・・・・・。

堪えきれずに思わず背中を向ければ、橘の唸り声が聞こえる。

「ううう゛っ!!!!」

「あっ、ほらっ、橘さん、あそこに洗面台あるから手を洗っておいで」

「ううっ、でもぉ」

笑われたことに拗ねてるのか、橘の声がらしくなく低い。

「大丈夫。うどんは運んであげるから」

「それぐらい自分で」

「うん、また手が届かなかったら大変だから」

「「「「「ぶっ」」」」」

「東條君と藤堂君の意地悪!!!」

いや、だって、また・・・・・・・・・・・・・・・。

カウンター前でうどん目当てにぴょんぴょん飛び跳ねてる、玩具みたいな橘の姿が・・・・・・・・・・・・・。

「ほら、ケースあるっと、他の人の邪魔だっし」

玲人、笑いながらは流石に・・・・・・・。

「じゃあ、お願いしますっ!!」

明らかに機嫌を損ねた橘は、怒鳴るように言って頭を下げると、くるりと背を向ける。

律儀にケースを引きずって元に戻し、それから手を洗いに行くのだが・・・・・・・・。

橘が重くもない空っぽのケースを引きずる姿がまた、玩具みたいで更に笑いを誘う。

俺は笑いながら定食のトレーを三つもち、玲人がうどん二つとそばを載せたトレーを持って歩けば、窓際で食べていた男が慌ててテーブルから遠退く。

確りテーブルをダスターで拭ってだ。

そこに当然とばかりに玲人はトレーを置き、俺も溜息交じりに座った。

「あれ? 今、ここ、誰か座ってなかった?」

手を拭きながら、機嫌を戻したらしい橘が辺りを見回す。

「食べ終わったから席を開けてくれたんだよ」

今のは明らかに、食べかけのまま逃げて避難したと言うんだが、橘は分かってないのでそれでいいだろ。

真実知れば、また変な気を使うんだろうし。

「あ、うどん、運んでくれてありがとう」

「いいえ、どう致しまして」

にっこりと心から素直に笑う橘に、社交辞令満載の玲人。

同じにっこりでも全く違うなと、箸を取り、割ろうとしたら・・・・・・・・橘が定食に釘付けだった。

そして横で玲人が口元を押さえて、笑いを堪えて震えていた。

「玲人」

「ご、ごめんっ。あまりにも・・・・・・・・」

橘は、馬鹿じゃない。

馬鹿じゃないが・・・・・・・・・・馬鹿かもしれない。

「私、その半分も食べられるかどうか・・・・・・・・・・」

山盛りの、本日はアジのフライと山盛りの千切りキャベツ、どんぶり飯に味噌汁と漬物を見て、目を白黒させる橘は本当に玩具だ。

「それ、章吾仕様。ほら、俺のが通常の日替わりね」

そう言って玲人が前に出したトレイは、アジもキャベツも飯も、俺のトレイの3分の2しかない。

「言っただろ。通常、章吾は4人前食べるんだ。ご飯のお代わり自由って言われても、オカズがないとね。だから、章吾の分は特別仕様で山盛りな訳」

「それって・・・・・・・・」

「章吾にズルだなんだと言える奴はいないだろうし、実際、食券買い占められたら困るだろうし」

「誰がするか」

そこまでするぐらいならコンビニで何か買ってくる。

外に食いに行ってもイイし。

「それでも、多いよ。その量をあの値段って、単価割に合わないよねぇ」

玲人のトレイを見ながらしみじみ言う橘に、玲人があれっと表情を変えた。

「橘さんの家って、飲食店?」

「うん。お母さんが小料理屋って云うか、小さな居酒屋、みたいなのしてるの。言ってなかったけ? 東條君のお父さんとも会った事あるよ。・・・・・・いただきます」

手を合わせて軽く頭を下げて、うどんの汁を啜る橘をほうけたまま見れば、橘は笑う。

「びっくりした。挨拶したらお小遣いって1万円くれるんだもん。そんな大金お小遣いで貰ったことなかったし」

「ええっと、ほら・・・・・・・・章吾の親父さんって・・・・・・・・」

「うん。ヤクザ屋さんなんだよね? 他のお客に迷惑かけられないって、その日は貸切だって一杯お金くれたんだって。私その事知らないで、店に忘れ物取りに行って、準備中だと思って扉ガンガン叩いちゃって。お母さんに怒られてたら、怒らないでって助けてくれた上にお小遣い貰ったの」

ニコニコ笑ってるが・・・・・・・・・・・・。

「お前のお袋って、親父の愛人?」

「章吾!!」

玲人の言葉に、またしまったと思っても遅い。

これは橘に聞かせる話では・・・・・・・・・・と思いかけたが、それも間違いだった。

「そうなの? じゃあ、私、東條君と兄妹なのかな? あれ? 姉弟?」

全然悲壮感もなく、あっけらかんと・・・・・・・・・・・・・・・・・。

「いや、俺、それだけは・・・・・・・・・・・・・嫌だ」

これが姉とか言うのはもちろんの事、コイツが妹・・・・・・・・・あり得ない。

あり得ないけど、本当にあり得ないと言いきれるのか・・・・・・・・・。

「酷いなぁ。確かにチビで鈍臭いし、東條君みたいに綺麗じゃないけど・・・・・・って、東條君お母さん似? 東條君の方が身長高いよね? おじさんはもっとごっつくて・・・・・・・???」

何でもない事のように話し続ける橘は、大物だ。

自分の兄妹かもしれない男に普通に笑いかけ・・・・・・・・・・・・・・。

「もしかして、橘さん、章吾と兄妹かもってずっと前から知ってた?」

玲人が珍しく、恐る恐るといった感じで聞けば、橘はあっさり頷く。

「ずっとではないけど、入学した頃から東條君がお父さんかもしれない人の子なのは知ってた」

「だからお前・・・・・・・」

俺を怖がらなかったんだなとマジマジ見れば、また爆弾を落とされる。

「ただ、お父さん候補が他に3人いるから、あんまり意識はなかったの。兄妹候補はもっと沢山いるから」

「「は?」」

うどんを啜りながら世間話のように、衝撃の話を続ける玩具みたいな橘。

なんか怖い。

「お店の常連さん・・・・・・は独身らしいから、兄妹はいないんだけどね。毎年春にお母さんがお墓参りに行ってる人には、社会人の男の人が3人いる。お墓で会ったことあるけど、話をしたことはないなぁ。後は、幼馴染だとか言う弁護士の先生で、息子が3人いるんだって」

そう言って、玲人を見る橘はやっぱり怖い。

「それって、もしかして、俺の父親とか言わないよね?」

流石の玲人も笑顔が引きつっている。

だが、橘は変わらず笑顔で、うどんを啜ってよく噛んで飲み込んだ後、頭を下げる。

「ごめん。それが、藤堂君のお父さんなんだよね。来る度に、何か困ったことはないかって私の心配までしてくれる弁護士の先生」

「「・・・・・・・・・マジカヨ・・・・・・・」」

今この瞬間、橘が正しく、妙な生き物に見えた。

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