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時空の風 -竜の章-  作者: 穂積
■シン編
93/112

シン 5

シンは生まれたときから次代の王として育てられたため、根っからの王族だ。

しかし、ヒリュウ王家代々の性質なのか、はたまた彼自身の性格なのか、そこら辺の貴族と違って身分で物事を判断せず、意外なことに平民たちの生活や価値観も理解している。


それというのも、幼い頃から身近な人間を連れて、父王や王妃の目を盗んでは、城を抜け出して城下に繰り出していたからだ。

ちなみに、身近な人間とは、彼の腹違いの弟と乳兄弟――現大将軍シキ・ヒリュウと宰相コウリ・ミンロンである。



と、いうわけで、王族にしてはなかなかの行動力と生活力を持っているシンは、己の身に纏っていた装飾具と高価な布を適当な店に売って金に換え、己とリュウキの身なりを一般的な旅人の服装に整えると、彼女を連れて小さな宿に部屋を取り、身を落ち着けていた。

こぢんまりと佇む宿は、明らかに古く世辞にも綺麗とは言えなかったが、それでも荒れた路地からは離れた場所にあり、全く危険はないとは言い難かったが、あのまま町を彷徨うよりもずっと安全を確保できている。

宿の亭主も、少しやつれてはいたが、旅人を名乗る二人を気遣う言葉をかけてくれた。







「取り敢えず、ここで体勢を整える。」


部屋に入り、備え付けの寝台へと腰掛けたシンが、大きく溜息を吐いて外套を外す。

砂色のそれを寝台の上へと放り投げた彼は、次いで頭に巻き付けていた布を鬱陶しそうに剥ぎ取った。外套と同じ砂色の布からこぼれ落ちてきたのは、キラキラと輝く金糸だ。

リュウキがどこか居心地悪そうに扉の前に佇んだままそれを見ていると、それに気付いたシンが小さく苦笑を浮かべて手招きをした。


それに応えるように一歩を踏み出そうとしたリュウキは、しかし僅かに身動いだ程度で足を止めて顔を強ばらせている。

明らかに女性としての警戒を表す彼女に、シンが少しだけ驚いたように目を見開いた。

何せ、彼の知るリュウキは、見目こそ美しいが中身は男より男らしいので、たとえ密室に異性と二人きりになろうが、己の寝室に深夜男が訪ねてこようが、気にしたことは一度もないのだ。


これが何故ああなってしまったのかと、現在のリュウキが知れば憤慨ものの疑問を浮かべながら、シンは己の膝に肘をついて頬を支えたまま入り口で佇む彼女を見上げた。


「そう警戒しなくても、俺はお前の味方だ。」


柔らかなその声に、じっと彼を見つめていたリュウキの黒い瞳が僅かに緩むものの、やはり彼女は警戒を止めない。


「そんなの、わかり…わからない。」


それでも律儀に敬語を止めようとしているリュウキに、シンはくすりと小さく笑った。

声が聞こえたのか、彼女の目元が僅かに染まり、きゅっと目を細めてシンを睨み付ける。


「仕方ないでしょ!?そんないきなりタメ口なんて…。」

「タメ口?」

「え…えぇと…と、友達みたいな口調っていう意味よっ!」

「ほう。タメ口。タメ口というのか。」


ふむふむと、どこか面白そうに繰り返すシンに、からかわれたと思ったのかリュウキが更に眉を寄せた。


「ねぇ!…な、何で見ず知らずの私を助けたりしたの?」


語尾が小さく震えている。

おそらく期待と不安と既に心に焼き付いてしまった恐怖を感じているのだろう。

先刻あれ程シンの目の前で、安堵の涙を流した少女の心は、それでも不安に揺れているようだった。


シンは、現在のリュウキ自身から、ヒリュウに落ち着く前の彼女のことを時折話に聞いていたが、それでも全てを聞いているわけではない。

特に、彼女の一番辛かったであろう時期――つまりは、異世界に飛ばされてから傭兵となるまでの間のことは、殆ど聞いてはいないのだ。

ただ、彼女にとってそれは、とても辛く屈辱的で、残酷な時間だったということは何となく感じていた。


彼の一対の翡翠が僅かに細まり、シンの知らない過去のリュウキをひたと見据える。

その視線を受け、未だ幼さを残す少女は、黒い瞳に不安を浮かべて再び小さく身動いだ。





「今から話すことは、信じられないかもしれない。」


しかし、私にとってもお前にとっても大事なことだ。

そう呟いたシンに、リュウキは僅かに目を見開くと、少し考えるように口を噛んだ。


「どうか、最後まで、聞いてほしい。」


この世界に来て、初めて向けられた真っ直ぐな眼差しに、リュウキは思わず頷き返していた。


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