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時空の風 -竜の章-  作者: 穂積
■シン編
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シン 4

シンは竜騎士であって、魔術を仕える訳ではない。

なので、この現実のようでおそらく現実ではない世界を如何にして抜けるか検討もつかなかった。

己には魔力すらはっきりと感じることはできないのだから。

内心困り果てながらも、傍らの少女に不安を与えぬよう表情には出さず、シンは小さく息を漏らした。


「リュウキ、お前魔術は使えるか?」


その問いに、先刻まで浮かべていた警戒の色を消したリュウキが、心底不思議そうに首を傾げる。


「魔術って…あの魔法みたいなやつのことですか?」


どうやら使える云々の前に、よく解っていないらしい。


「そうだな。魔法とは考え方が違うんだが…そんなものだ。やはり使えぬか。」

「無茶言わないでください。私平々凡々な女の子ですよ。」

「平々凡々かは判らぬが、お前は才能があると思うぞ。」


これは彼女の未来を知っているシンだからこそ言える言葉だ。

それから、とシンが続ける。


「先ほどから気になっていたが、敬語は止めろ。」

「え、でも…」

「親しい者と話すように話してくれた方が楽なのだ。」


とはいうものの、目の前のリュウキから見れば、シンは立派な大人で年も彼女よりずっと上だ。

もともと一般常識程度の礼儀を弁えているリュウキにしてみれば、そんな彼に敬語抜きで友達のような口調で話すことは、なかなか努力が必要なことだった。

シンもそれは解ってはいたが、幼いとはいえ己の知るリュウキと同じ顔で敬語を使われると、それこそ居心地が悪くて仕方がない。

何を言っても引く気がなさそうな翡翠を見上げて、リュウキが困り果てたように眉を下げる。

しばらく何かを考えていたようだが、一度大きく溜息を吐くと、諦めたような声で、努力しますと呟いた。








「取り敢えず、金を調達してくるからここに身を隠しておけ。」


そう言いながら、己が纏っていた薄衣をリュウキに被せ、路地に彼女を潜ませたシンは、身につけていた装身具と飾り布を外し、幾分簡素な身なりになると、路地を出て表の通りへと出て行った。

外した装身具は飾り布に包んで持って行ったようだ。

リュウキは言われた通りに、少し大きめの薄衣を頭からすっぽりと被り、路地の影に蹲る。

彼が視界から消えた途端、彼女の心を不安が襲った。



それからどれくらいの時が過ぎただろう。

立てた膝に顔を埋めたまま、周りの気配に耳を澄ませていると、表の通りの方から一つの足音が近づいてきた。

地面を踏みしめるその音が大きくなるにつれて、リュウキの身体が不安に強ばる。

思わず、先ほどまで共にいた男を呼ぼうと思ったが、その時になって、リュウキは彼の名前を知らないことに気付いた。

ほんのつい先刻出会ったばかりの男の名前など、普段の彼女ならば気に掛けないだろう。

しかし、今は名を呼べないことが彼女の不安を更に煽り、まるで足下が崩れていくような恐怖を感じさせている。

どうしよう、どうしよう、どうしよう。

そんな言葉ばかりがぐるぐると頭に浮かんだ。


微動だにせずに息を潜めていた彼女の目に、じわりと熱が集まった瞬間、ちょうど頭の上あたりから、小さく笑う声が届いた。


「そこまで小さくならずともよかろうに。」

「…!」


温かなその声に、リュウキが弾かれたように顔を上げる。

そこには柔らかく光る翡翠の眼が、しっかりと彼女を見つめていた。





ほんの少しの間と思っていたが、リュウキに不安な思いをさせてしまったらしい。

路地の壁に背を寄せて、小さく小さく身体を丸めて蹲っていた少女に声をかけると、彼女は弾かれたようにシンを見上げた。

白い顔は青ざめ、黒い瞳が僅かに潤んでいる。

シンは慌てて膝をつき、リュウキと視線を合わせると、小さな頭にぽんと片手を乗せて安心させるようにゆるりと撫でた。


「すまぬ、不安だったのだろう?」


彼の言葉に、くしゃりと顔を歪めた少女が僅かに頭を振る。


「いい、我慢するな。もう大丈夫だ。」


何度も何度も、温もりを分け与えるように撫でれば、強ばっていた少女の肩からゆっくりと力が抜けていった。

しばらくそうしていると、少し落ち着いたのか、リュウキがゆっくりと顔を上げる。

彼女は少しばつが悪そうに視線を彷徨わせた後、まるで黒曜石のような瞳に決心を浮かべてシンを見つめた。


「あの…。」

「何だ?」

「…名前、教えて。」


思わぬ言葉に、シンが目を見開く。

次いで、しまったと言わんばかりに顔を歪めたあと、申し訳なさそうにリュウキを見つめた。


「すまぬ。そうだな、俺の名を知っているはずがないな。」


本当に申し訳ない、そう頭を下げるシンに慌てたのはリュウキだ。


「い、いや、そんな真剣に謝ってもらわなくても…。」

「いや、これは俺の失態だ。名も伝えず信じてもらおうとは、愚かにも程がある。」

「や…ホント、教えてくれさえすればいいんだけど。」


自分より年上の大人の、しかも明らかに一般人とは違う威厳を持った男に頭を下げられ、そのあまりの居心地の悪さに、リュウキがそわそわと身体を動かす。

その様子に苦笑を浮かべたシンが、彼女の両手を取ってそのまま引っ張るように共に立ち上がらせた。

流れのまま、自然に見上げたリュウキの黒い瞳とシンの翡翠の瞳が交差する。

僅かに目を細めてゆったりと笑みを浮かべたシンが、ゆっくりと口を開いた。


「私の名前はシン・ヒリュウという。」

「シン…ヒリュウ?」

「そうだ。」

「ヒリュウって…。」

「まぁ、それは追々な。」


訝しげに首を傾げるリュウキに、シンはどこか悪戯を企むような顔でにやりと笑みを浮かべた。


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