シン 1
目の前に差し出された手を咄嗟に掴んだ瞬間、見上げた先に捉えたのは眩しいくらいの金色の髪と、煌めく翡翠の瞳だった。
三人が異変に気付いたとき、既にロウが術を放っていた。
「何があった!?」
緊迫したロウの様子に、シンが声を荒げる。
「何者かが、子供を介してリュウキに干渉しているようですっ!」
余程魔力を注いでいるのか、寝台に横たわるリュウキの背に両の掌を当てたロウの額にはうっすらと汗がにじんでいた。
場を包む異常な空気に、遠巻きに見ていたシロも弾かれたように宙に浮き上がり、慌ててリュウキの傍らまで飛んでくる。
どうにかこうにかロウが何者かの干渉を阻もうと術を展開させているが、大した抵抗にもなっていないようだった。
それを見たシロが大きく舌打ちを漏らし、素早く周囲を見回す。
ぐるり、と動いた金色の目が捉えたのは、焦りを浮かべるヒリュウの王の姿だった。
「おい、お前!リュウキを迎えに行ってこい!!」
声どころか、今まで一度もこちらの言葉にまともな反応を寄越したことのない獣が、突然己に振った言葉に、シンが大きく目を見開く。
驚きに固まる男に、シロが苛立ったように声を荒げた。
「時間がねぇ!この中でリュウキと一番絆の深ぇ人間はてめぇだ!!さっさと行けっ!!」
シロの言葉に更に驚きつつも、一刻の猶予もない様子にシンが素早く己を取り戻してリュウキに目を移す。
「いけません、シン様!貴方はこの国の王!」
「そうだ!お前に何かあったら国はどうなる!?俺が行くからお前は待ってろ!!」
焦ったようにシンの肩を掴んだのは、常に彼の傍らにあった宰相と弟。
魔術に詳しくない彼らとて、混濁し干渉された意識に潜ることが危険なことであることくらい容易に想像が付く。
リュウキは大事だが、そう易々と一国の王を一人危険な地へ送るわけにはいかなかった。
しかし。
「お前らじゃ駄目だ。こいつが行かないと意味がない。」
必死に止める二人の言葉を、シロはきっぱりとはね除けた。
途端、シキとコウリの二対の眼が、白い騰蛇をきつく睨み据える。
火花でも散りそうな勢いでお互いを睨む三者の視線を絶ったのは、決意の色を浮かべたシン自身だった。
煌めく金色の髪を僅かに滑らせ、シンはシロと背後の二人の間に身をずらす。
それと同時に、真珠色の騰蛇の金色の瞳が、再びシンへと向けられた。
「シロ。私が潜るが最善なのだな?」
はっきりと放たれた言葉に、シンの背後で避難の声が上がる。
しかし彼はそれを抑えるように片手をひらりと上げた。
二人がシンの背後で小さく息を呑む。
「そうだ。お前がいい。お前しか行けない。」
はっきりと告げられたシロの言葉に、しばらく睨むように目を合わせていたシンが、ゆっくりと目を閉じた。
次いで、一呼吸の後に開かれた翡翠の眼には、確かな決意が浮かび、口元には僅かな笑みが浮かんでいる。
「よし、わかった。私が行こう。」
「王!!」
「シン!!」
途端背後から上がった避難の声に、シンがくるりと踵を返す。
「案ずるな。すぐに戻る。」
にやりと浮かべた笑みは、まさに王者のものだった。
突然身を襲う浮遊感にひどい目眩を感じながら、シンが降り立った先は真っ白な空間だった。
地面と空の境も判断できない不思議な空間ではあったが、気付けばシンの足には地にしっかりと立つ感覚が伝わっている。
どこまでも白い床に気を取られていると、そう遠くない場所から聞き覚えのある声が聞こえた。
「…くそっ…離せっ!!」
焦ったように響いたその声は、己のよく知る女の声で。
反射的に声のする方向へ踵を返したシンは、そのままぐっと足を踏み込み、捉えた先の女の下へと駆けた。
必死で藻掻くように身を捩らせる女――リュウキの胸に、背後から伸びた白い小さな手がずぶりと沈む。
その衝撃に、彼女の身体がびくりと弾み、細い身体を仰け反らせると、勢いで伏せていたリュウキの顔が正面を向いた。
同時に、彼女の金の瞳とシンの翡翠の瞳が交差する。
「リュウキ!!」
シンはリュウキをしっかりと見据えたまま、僅かに揺れた瞳に彼女の意識の揺らぎを感じ、それを繋ぎ止めるように叫びながら、無意識に伸ばされただろう白く細い手を取るべく必死に腕を伸ばした。