干渉者
いつの間にか、目の前で繰り広げられていた過去の青年は消え、白い空間にはリュウキと彼女の腰にまとわりつく子供のみが存在していた。
異変を感じた彼女が、己の腹部に回る子供の手を払おうと、掛けた手に力を入れるも、小さな手はびくともしない。
僅かに眉を寄せて舌打ちしたリュウキは、背後の子供に意識を集中させた。
最初に感じていた幼い気配が、先ほどの言葉を皮切りに、がらりと異様なものにすり替わっている。
あまり芳しくない状況に、リュウキは小さく溜息を吐いた。
「まったく…誰も彼も、人を物か何かと勘違いしているのか。」
個人の都合で人の身体を物扱いするな、と。
心底迷惑そうに呟くリュウキに、背後の気配が小さく揺れた。
どうやら笑っているようである。その気配には覚えがあった。
――物などと、お前をそんなつまらぬものと同一に見てはいないよ。
妖しげなその声は、ついさっきまで目の前で記憶の中の青年に毎夜語りかけていた存在のものと同じだ。
どうやら自分はいらぬ興味をひいてしまったらしい。
リュウキは再び舌打ちしたい気分だった。
「是非ともつまらぬものと打ち捨てて欲しいもんだ。」
――ふふ、まぁそう言ってくれるな。青い星の愛し子よ。
「うるさい。…お前は何なんだ。」
――わたしは干渉者。または管理するもの。
「人が神と呼ぶものか。」
――否、わたしはわたしのために動くもの。人のためには動かない。
「はっきりしているじゃないか。」
あまりに率直な言い分に、鼻で笑ったリュウキが忌々しそうに己の腹部に巻き付く小さな手を見つめる。
それは殆ど力が入っていなかったが、確かな拘束力を持って彼女の腹に巻き付いていた。
「手を離せ。」
――何故?
「拘束されるのは好きじゃない。」
――ふふ、怖いのか?
馬鹿にするような言葉に、リュウキが眉を顰める。
しかし、明らかな挑発に彼女が応えることはなかった。
――怖いのか?
再び声が問う。
「…あぁ、怖いな。お前は得体が知れない。」
はっきりと応えたリュウキの言葉に、声が再びくっくと笑った。
しかし届くのは妖しげに響く声だけで、腰に巻き付く小さな身体からは僅かな振動すら伝わってこないのが不気味だ。
――お前は己が弱いことを知っている。
――お前は己が小さきことを知っている。
しばらく笑っていた声が止み、次いで放たれたのは流れるような静かな言葉。
――だからこそ、闇の中でも個を保てた。
――だからこそ、孤独の淵から絆を掴んだ。
するりと、子供の小さな手がリュウキの身体を辿る動きに、彼女の背を悪寒が走った。
滑らかな白い肌がはっきりと粟立ち、リュウキは眉を寄せて不快をありありと表す。
「離せっ!」
低く漏れた声は、確かな焦りを孕んでいた。
――怯えることはない。
「…っ!…止めろっ!」
くすくすと、頭の中で不快に響く声に嫌悪しながら、リュウキは身体に巻き付く腕から逃れようと両腕に渾身の力を込めて抵抗した。
が、不思議なことに、明らかにリュウキよりも力の劣るだろうその腕は、彼女の身体から離れることはなく、それどころか容易くリュウキの身体を押さえつけながら、小さな手をするすると彼女の上半身へと滑らせていく。
ぞわり、と背を再び悪寒が走った。
「…くそっ…離せっ!!」
――お前がお前を保つなら…
「…っ!!!」
――再び闇に引き込むまで。
ずぶり。
そんな音が聞こえそうなほど勢いをつけて、リュウキの胸の中心に小さな二本の白い手が沈んだ。
同時に感じたのは押しつぶされそうなほどの衝撃と魂ごと引きずられそうな引力。
酸素を求めるように開いた唇から漏れたのは、声にならない悲鳴と僅かな呼吸音で。
いけない、そう思った瞬間、目の前の空間が歪み、次いで現れた一つの影を、霞むリュウキの視界が捉えた。
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紛らわしくてすみません(汗