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時空の風 -竜の章-  作者: 穂積
■本編
87/112

記憶 10

真っ白な空間で独り狂っていくリュウタを見ながら、リュウキは小さく溜息を吐いた。


目の前で繰り広げられる一人の人間の一生は、ほんの一時で受け止めるには重く、長い。

もう十数年の時を彼の傍らで眺めてきたように感じるが、実際現実に流れている時間は一日も経っていないだろう。

人の意識が見せる過去は、一夜の夢のようなもので、いくら長く感じようともそれは一瞬の出来事にすぎない。

リュウタにとっては長く苦しい時間であっても、リュウキにとっては過ぎ去っていく記憶の残像でしかないはずだった。


「重いなぁ…。」


苦笑を浮かべて呟いた言葉は、誰に聞かれることもなく消える。

違うところはあれど、どこか己と似通った境遇に感情移入しすぎたのかもしれない。

リュウキは再び深く溜息を吐いた。


と、これまで変化もなく繰り返されていた真っ白な夢が、僅かに揺らいだ気がして、リュウキは散らしていた気を一気に引き締める。

目の前の空間や青年に変化は無いものの、ここ数年で培った彼女の鋭い感覚は、確かな異変を訴えていた。


「……何だ?」


青年には聞こえないリュウキの声が、白い空間に響いて消える。


「もう、止めて。」


が、誰も応えるはずのない彼女の声に、何かが応えた。

次の瞬間、僅かに肩を揺らしたリュウキの細い腰に、するりと、細い何かが巻き付く。

はっと己の腰を見下ろせば、白く細い子供の腕が己の腹に巻き付いていた。







いつもの彼女であれば、何かの気配を察知した瞬間、間合いを取って警戒するところだが、不思議なことに、己を拘束する白い手を振り払おうという気すら起きない。

リュウキは僅かに戸惑いを見せながらも、己の腹に巻き付く白い手を見下ろしたあと、こちらに気付くことなく見えない存在と問答を繰り返すリュウタに視線を向けた。


「これ以上、見ないで。」


どこか悲痛な声は幼く、泣き出しそうに震えている。


「あれは…お前か。」


静かに囁くように呟けば、子供が腕に力を入れて、リュウキの背に小さな身体を密着させてきた。ちょうど肩胛骨の下あたりに寄せられた頭が小さく上下する。


「記憶、戻ったのか?」

「一緒に見ていた。」

「そうか。」


おそらく、この背後の子供が現在の“リュウタ”の意識なのだろう。

彼はリュウキに縋るように抱きついたまま、小さく震えていた。


「もう、見ないで。」

「…何故?」

「このように、醜く堕ちた我など…見ないで。」

「後悔しているのか?」


このあと、目の前で恨みに狂う青年が何をするかなど、リュウキには解りすぎる程解っていた。おそらく彼は、本懐を遂げたのだろう。


「後悔…後悔は、していない。もう一度やり直せても、我は同じ道を選んだだろう。」


己にとって、ネバはそれほどの存在だったのだと、子供は小さく、しかししっかりと呟いた。

だが、と続ける。


「そなたには、見せたくない。我と同じで我より美しいそなたには。」

「意味が解らない。」

「そなたは強く美しい。我は憎しみに駆られ、言葉のままに闇に堕ちた。しかし、そなたは違う。」


子供の言葉の意図が僅かに解り、リュウキが眉を顰める。


「そなたはどんな不幸に落とされようと、心を闇に囚われることなどなかった。ぎりぎりのところで己を保ち、つけいる隙すら与えなかった。」

「私は運が良かった。人に恵まれていただけだ。」

「我もそうだ。我とてネバがいた。あのときネバの魂を忘れなければ、闇に堕ちることもなかっただろう。」

「……お前は嘘つきだな。」


くっと小さく笑ったリュウキに、背後の子供がぴくりと肩を揺らす。


「矛盾ばかりの言葉を並べて、本当は何が言いたい?」


後悔していないといいながら、己の過去の選択を非難し、ネバの魂を尊重しながらも、復讐から逃れる術を得ようとしない。

醜い己を見るなと言いながらも、繰り広げられる過去の記憶からリュウキを連れ出そうともしていなかった。

彼が望めば、異物であるリュウキなど、すぐにでも己の意識から弾くことができるにもかかわらず、だ。


「同情を引こうとでも思っているのか?」

「……」


重く苦しい彼の過去は、確かに気の毒なのだろう。

幼くか弱い少年が、右も左も判らない異世界に飛ばされ、やっと手に入れた平穏と大事な人を、誰よりも苦しみを分かち合えるはずの幼馴染みに奪われたのだ。

リュウキとて人間、話を聞くだけでなくリュウタと同調し同じものを見たことで、同情を覚えてはいたのだが。

それに絆されて、正しい判断を見失う程、甘くはなかった。


「記憶が戻ったことで、余計なことまで思い出したか。」


何も応えない子供の手に己の手を掛け、振り払おうと力を込める。


「やっぱりそなたの心は強く美しい。だからこそ我は……」


――お前が欲しいのだ。



最後の言葉は、それまでの子供が発していた声とはがらりと変わり、まるで頭に響くように不気味な声音をもってリュウキに届いた。


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