記憶 9
ショウコに復習を誓ったリュウタは、まず彼女含む集落中の人々の信頼を得ることに努めた。
リュウタは表向きだけではあるがショウコに従順になり、ショウコはそれが偽りのものとは気付かず、彼女自身の力を畏れ、とうとうリュウタが折れたのだと思いこんだ。
それによって、集落の人々からの目も柔らかいものへと変わり、もともと穏やかで薬師としての腕も確かだったリュウタは、すぐに人々の心を掴んだ。
今では、彼に警戒の目を向ける者はなく、頻繁にリュウタのもとを訪れ我が儘を言っていたショウコも、何度か願いを聞くうちに満足したのか、姿を見せることは少なくなった。
彼女は今、お気に入りの小間使いを集め、お茶をすることに嵌っているらしい。
先日、彼女を庇護する王が襲った集落の中に、人形のように綺麗な子供がいたそうだ。その子供を一目で気に入ったショウコが、王に強請り自らの小間使いとして傍においていると聞いた。
そう、人々の信頼を得ることで、リュウタの下には彼らが見聞きしてくる色々な噂も集まるようになっていた。
優しい笑顔で微笑み、一つ一つにしっかりと耳を傾け感情を表すリュウタは、話し好きの者にとって、いい聞き手になる。
彼らは事あるごとに、体調不良に託けて、リュウタのもとに来ては色々な噂を落としていった。
もちろんそれも、リュウタの思惑である。
そんな穏やかな笑顔を返す男を、誰が狂人だと思うだろうか。
陽が昇れば偽りの仮面で笑い、夜になれば独り心の闇に沈んで恨みを育てる。
リュウタは孤独に狂いながら、日々それを繰り返していた。
――カタの根、フゥシャクの肝、ハリコの花弁。
楽しそうに、歌うように、それが語る。
――全て人には猛毒。よくもまあ、集めたものだ。
くっくと声を漏らして笑うそれは、どこか異様な妖しさを孕んでいた。
まるで善悪の判らぬ子供のようだと思いながら、リュウキは眉を寄せて目の前の彼を見つめる。
真っ白な空間に在るのはやはり彼――リュウタのみで、声は聞こえるものの持ち主の姿は見えない。
ぐるりと周囲に目を向けたリュウキは、再びリュウタへと視線を戻した。
今日も彼は表情を浮かべることなく、感情のそげ落ちた顔で空中を見つめている。
彼が密かに集めた物を言い当てられても、特に何反応することもなかった。
それを見た何かが再び小さく笑う。
――おもしろい。
――ほんに、人はおもしろい。
満足げな声は、何かを期待するように響き、常にリュウキを不快にさせる。
――リュウタ、リュウタ。
――わたしはずっと見ているよ。
――お前のことを、ずっと。
「気持ちの悪いことを言うな。」
――ふふ、まあそう怒るな。
――お前はきっと、いつかわたしの力を求めるよ。
「……」
――そのときは、リュウタ。
――わたしの願いもきいておくれ。
「…誰がお前なんか信じるものか。願いなんて碌なものじゃないだろう。」
その応えに、三度響くそれの笑う声。
しかし、リュウタは眉一つ動かすことはなかった。
――あぁ、やはりお前はいいね。
――ショウコよりもずっといい。
さも面白そうに呟かれた言葉が揺らした空気の流れが、リュウタの頬を妖しくかすめて消えた。