記憶 5
リュウタとショウコはどうやら幼馴染みのようだった。
更に言えば、兄弟ではないものの、血縁関係はあるようで、それはリュウキとシュウヤの関係にとてもよく似ていた。
ちなみに、リュウキとシュウヤは親戚筋とはいえあまり似ていないが、目の前で並ぶリュウタとショウコはどことなく顔の作りが似ている。
が、リュウキが見る限り、どうやら中身は正反対のようだった。
勤勉で努力家なリュウタに比べ、ショウコはどちらかというと他力本願な性格をしているし、リュウタはどちらかというと大人しく声を荒げることが不得手のようだが、対するショウコはリュウキから見てもなかなか激しい性格をしているように思える。
「まるで貴族のお姫様だな。」
小さく苦笑したリュウキがぽつりと零す。
彼女の眼下でリュウタを見上げる強気な瞳は、明らかにリュウタを見下していた。
「で、今日は何?」
呆れたようなリュウタの声に、ショウコがむっと眉を寄せる。
何度言っても日本語を使おうとしないことにも腹が立ったのだろう。
リュウタは大人しいとはいっても、気が弱いというわけではなく、自分の主張は静かにしっかりする性格のようだった。
同じ年でも、一人で生きる術を学んできたリュウタと、他者の庇護に頼り切りのショウコとでは人間としての土台に差がありすぎる。
『アダンが三日ほど家を空けるの。暇だから相手をして。』
態度を崩さないリュウタに、ショウコは眉を顰めながらも、まるで頷くのが当たり前のように言い放った。
リュウタは表情を崩さないまま、先日の集会でのことを思い出す。
そういえば、“自称”王であるアダンが近々近隣の集落に男たちを率いて襲撃をかけると言っていたような気がする。
我欲に人を使うアダンを心から嫌っているリュウタは、不快そうに顔を歪ませながらも、それについては何も言わずにショウコに目を向けた。
ここで騒げば、いくら薬師といえど、ネバに迷惑がかかるかもしれない。
「無理だ。三日も家を空けられない。」
『何でよ!?』
「放置できない薬草があるんだ。薬が無いのは困るだろう?」
本音を言えば、あまり具合がいいとは言えないネバを一人置いていくのが不安だからなのだが、リュウタには目の前の女が自分を差し置いて他の誰かを優先させれば、癇癪を起こして面倒になることが解っていた。
腐れ縁ともいえる関係を長く続けてきた彼にとって、ショウコの面倒くさい性格は解りすぎるほど理解している。
『そんなの、また用意すればいいじゃない!』
「簡単には手に入らないからね。申し訳ないけど。」
『私よりも草なんかを取るっていうの!?』
何度となく聞いたその台詞に、とうとうリュウタが大きな溜息を吐いた。
自分はショウコの恋人でもなんでもないのに、彼にしてみればそんなことを言われるのは本当にお門違いもいいところである。
実際、彼女はリュウタに恋をしているわけではなかった。
今ではただ一人、言葉も習慣も共感できるはずのリュウタが、自分よりも他を優先させることに我慢がならないのである。
本当にただの子供の我が儘であった。
そう、ショウコは我が儘なのだ。致命的に。
そしてそれに沿った外見ならばまだしも、無駄に精錬な外見をしているところがまた手に負えない。
思えばこの世界にくる前も、彼女の容姿に周囲が騙されて、少なからず苦い思いをしていたのを、リュウタは今でも覚えている。
それがまたショウコの我が儘を助長し、二十歳を超えた今でも、まるで少女のような我が儘を彼女は繰り返すのだ。
そして、それはここでもまかり通ってしまう。
自らを王と示した彼女の養い主も、初めから彼女の言いなりだった。
おかげで、幼かったリュウタは、これまでこの集落で、何度となく苦境に経たされ掛けたのだ。
いつもいつも、薬師であるネバに助けてもらったけれども。
「薬は人々の生命線。ショウコだって病気をした時困るだろう?」
だからこそ、多少のことではネバの立場も危うくならないし、今薬師としての地位を持つリュウタも、ある程度の言葉を言い返すことができる。
これが、何の立場も無く王や王が庇護する者に刃向かえば、たちまち集落の人間全てから迫害を受けるだろう。皆、王の力に怯えている。
しかし、ショウコにしてみれば全く面白くないことこの上ない。
他の人間は、自分がどんなに無理を言っても否定せず聞き入れるのに、一番自分を理解してくれるはずのリュウタが自分の思い通りにならないのである。
それは、人を使って脅しても、周囲から孤立させようと手を回してみても、一向に上手くいかなかった。
今回も、目の前のリュウタは正論でショウコを追い返そうとしている。
ショウコは歯噛みする思いで、とっくに自分の背を超えてしまった青年を睨み上げた。
『覚えてなさい。いつか目にもの見せてやるわ。』
いつにもまして暗く淀んだ眼に、リュウタの眉が僅かに寄る。
野花を踏みつぶしながら荒々しく去って行く女の背を見やり、リュウタは深々と溜息を吐いた。