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時空の風 -竜の章-  作者: 穂積
■本編
8/112

ヒリュウ国 6

翼竜隊の出立を翌日に控えた今日。


王城の中心に位置する会議場には王を始め国政に関わる文官や武官が集まっていた。

宰相補佐であるリュウキは勿論、普段議場にはあまり来ることがないシャルシュの姿まで見える。

会議場は大食堂ほどの広さがあり、部屋の中央には幅のある大きな机が5つ連なって置かれていた。

入り口から最も遠い中央の王座にはシンが、その両隣には宰相のコウリと大将軍のシキが席に就いている。コウリの隣にはリュウキが補佐として、本来身分としてはシキの隣に位置するシャルシュは彼女の希望でリュウキの隣にいた。


「では、皆揃いましたね。」


コウリが静かに周りを見回し王に視線を送ると、シンは頷き口を開いた。


「まずは此度の急な遠征、皆には苦労をかける。」


王の言葉にそれぞれが目礼を返す。それを確認して彼は言葉を続けた。


「明日の朝、翼竜隊がリーンへ経つ。術師隊隊長ロウ・ショウは術師5名を連れて翼竜隊と共にリーンへ渡れ。」

「御意にございます。」


黒衣に流れる銀の長髪に、妖しく輝く紫暗の瞳を持つロウと呼ばれた青年は、通称魔将軍と呼ばれる術師隊の隊長である。彼は王の言葉に恭しく礼を取ると、静かに応えた。

リュウキは大将軍と共に、ロウは翼竜隊の隊長と共に山脈を越えることになっている。これは既に決まっていたことであり、今日は最終確認のための召集のようだ。


出立から到着、そしてリーン王城に到着してからレキに侵攻するまでの流れを確認し、シンは一度言葉を切ると、大将軍である弟に視線を向ける。


「先発隊の竜はシキの黒竜とライの赤竜、それから翼竜隊員から10頭だったな。彼らの様子はどうだ?」


シキは静かに頷くと、自分の斜め向かいに座る男に目を向けた。


「ライ!」

「はっ!!」


ライと呼ばれた青年が、大きな声で応えた。赤褐色の髪に少し釣り目気味の緑の瞳を持つ彼ライ・リーは、通称翼将軍と呼ばれ、こちらは翼竜隊を纏める隊長だ。


「予定していた10頭すべての竜が、飛行可能です。体調も万全に整えています。」


大将軍であるシキ自身も竜騎士なのだが、彼は全軍を纏めることが役割なので実際翼竜隊を管理するのは隊長であるライの役目だ。

今回翼竜隊が出るとはいっても、すべての竜騎士がリーンへ向かうわけではない。その人数は全体の半分に満たない数である。が、選ばれた10組は翼竜隊でも腕の立つ精鋭たちだった。

数としては少なく聞こえるが、その力は1頭で歩兵の中隊程度に値するのだからかなりの武力だろう。


「明日の夜明けには練兵場の広場に待機しています。」


最初に出立する彼ら翼竜隊が運ぶ荷物は殆どない。

取り敢えずの目的地がリーン王城なので、夜営の準備もないし、レキへの行軍に必要なものは後発軍が運ぶことになっている。なので積荷といえば、個人の武器を含む隊員それぞれの荷物とリーン王への手土産くらいだ。

因みに、実際リーンの王城へ入るのは大将軍とリュウキ、各隊長であるライとロウ両名だけである。他は王城の広場に急遽設置された臨時兵舎に待機する予定だ。

今回の行軍で、シンが国を離れることはない。コウリも勿論ヒリュウに残るので、リーンに渡る人員の最高司令官は大将軍の位につくシキである。その次が宰相補佐のリュウキと各隊長が並ぶが、リュウキは大将軍の参謀としての意味合いが強いため、実質2番目の地位に認識されている。現在の各隊長は入れ替わったばかりで、実は未だ20に満たない少年から抜け出したばかりの青年たちだ。実力はあるが、何分経験の不足は否めないところではある。


何度も重ねた確認を終えると、王は議場を見渡した。


「レキは小国とはいえ、術師の国。我らが劣るとは思わぬが、万が一を常に考え、皆心してかかれ。」


しっかりと自分達を見据えかけられた王の言葉に、重臣達は一様に深く頷いた。








「リュウキ」


確認と報告で始終した会議は昼前には終わり、それぞれが持ち場に戻るために席を立つ。

リュウキもシャルシュと共に引き上げようと席を立ちかけたが、呼び止める声に動きを止めた。


「何か?」


呼び止めたのは宰相だが、王も用があるらしい。その場で共にこちらを見ている。


「解っているでしょうに。少しそこに座りなさい、シャルシュ殿下もです。」


コウリは議場を見回し、自分達以外が出たことを確認すると、小さく溜息をついて再び視線を向けた。

リュウキもシャルシュも彼らが言いたいことは何となく予想がついている。何せ今日の会議には本来シャルシュは出ない予定だったのだから。

シキの説得は簡単だった。しかし宰相と王は別格である。

シキの何倍も弁が立つ二人を相手にするには、リュウキもシャルシュも少々荷が勝ちすぎだ。せめて一人ずつ相手にしたかったなどと思っていると、シンが重い口を開いた。


「シャルシュ。」

「はい陛下。」

「すまなかった。」

「………………はっ?」


反応がかなり遅れた。それに加えて、王女としてその返事は如何なものか。

シャルシュの幼いころ教育係を勤めていた侍女長が見れば、すぐさま眉を顰めて注意を促すだろう。


「…失礼しました…どういうことでしょう?」


慌てて口元を押さえながら、シャルシュが切り返す。

隣で聞いていたリュウキ自身、予想外の言葉に目を丸くしているようだ。こちらは行儀も何も初めから持っていないようなものなので、口を半開きにしていても放置である。


「今朝、大将軍殿から進言があったのですよ。」


コウリが言葉を継ぐように続けた。

どうやら、今朝会議が始まる前に、先日の練兵場でのやり取りをシキが二人に話したようだ。

どちらかというと話下手なシキに、二人の説得は無謀のような気がしたが、二人はといえば彼の話を聞いて何か思うところがあったようである。

もともと彼らは暗愚ではない。寧ろ人の意見に耳を傾け、客観的に物事を考えることができる人間なのだ。そうでなければ、一国の王と宰相が務まるはずがない。


ただ、そうほんの少し、妹に対して過保護すぎただけだ。


「私も王も、貴女が一人の女性であること、国を担う王家の姫であることを愚かにも忘れていました。本当に申し訳ありませんでした。」


今度は王に続き、宰相が頭を下げる。

滅多にお目にかかれない光景に、リュウキもシャルシュもお互い顔を見合わせた。

しばらく続いた沈黙は、いち早く我に返ったリュウキの小さな笑みで崩れる。

未だにぱちぱちと目を瞬かせているシャルシュにゆったりと頷くと、彼女の小さな肩に手を添えた。

途端にシャルシュの頬に朱が差し翡翠の瞳が僅かに揺れる。


認められたのだ。彼女が、一人の王族として。

シャルシュはリュウキに笑みを返し、そっと二人に向き直った。


「陛下、コウリ様…お顔を上げてください。」


彼らと視線が合わさったのを確認して、シャルシュは僅かに震える声で続けた。


「お二方とも、私の我侭を聞いてくださって…本当に、本当にありがとうございます。」

「お前は我侭などではない。寧ろもう少し言ってもいいくらいだ。」


長兄に似て弁の立つ末の妹が、気の強さの割りに己の本当の望みを言わないことを、彼らもリュウキも知っている。彼女はこれまで、王族という身分に甘えることなく、寧ろそれ故に自身を律して生きてきた。

私財を蓄えることに躍起になっている一部の貴族が、皆彼女のようならばと何度思っただろう。


「私は、大丈夫ですお兄様。己の立場を弁えてはいますが、心を殺しているわけではありません。」


リーン王家には今、数人の王子がいる。

その中で王太子は既に決まり、彼の人には未だ正妻となる女性はいないという。

状況から言えば、シャルシュの婚姻は決まったも同然だった。


「ご安心なさって。私、必ず幸せになりますわ。」


輝くばかりの笑顔を浮かべるシャルシュを、シンとコウリは眩しそうに見つめた。





「というわけで、リュウキ。」


くるりと振り向いたシャルシュの顔には一切の曇りも見受けられない。

つられて笑みを浮かべたリュウキは、首を傾げて先を促した。


「リーンの王子様がどのような方たちなのか、私の幸せのために、しっかり見定めてきてね。」

「勿論ですとも。このリュウキが貴女にぴったりの殿方を見定めて参りましょう。」


悪戯を考える子供のように笑う二人に、王と宰相は苦笑した。


「おいおい、シャルの婿候補は王太子だろう?」

「何を言うシン。王太子がろくでもない男だったらどうするんだ?」

「む…だからといって他の王子にとはならないだろう。」

「大丈夫だ、裏工作なら任せておけ。どんな手を使っても廃嫡させて姫に似合う王子を立太子として押し上げるさ。」


リュウキのことだ、本気でやりそうで怖い。

若干頬を引きつらせるシンに反して、腹黒い宰相はというと満足気に頷いている。


「そうですね、やはりシャルシュ様には幸せになっていただかないと。」


露見するような手抜かりは許しませんよ、と一応宰相として念を押すコウリもなかなか本気だ。

これはもう収集がつかないと、シンが頭を抱えたところで当の本人であるシャルシュがくすくすと笑い出した。

柔らかな彼女の笑い声は、まるで空気さえも明るく染めてしまうようだった。


末の妹を心配する心と同じくらい、この笑顔が自分の傍から消え去る寂しさも、彼女の婚姻から目を背けた原因だったのかもしれない。おそらく自分だけでなく弟も、目の前の宰相すらも。


「冗談はこのくらいにして、そろそろ明日の準備にかかるぞ!」


心の内の寂しさを振り切るように、若い王は席を立った。


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