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時空の風 -竜の章-  作者: 穂積
■本編
78/112

記憶 1

「で。この子供が貴女と同じ世界からきたというのは本当ですか?」


未だ納得のいかないような顔のシンとシキを置いて口を開いたのはコウリだった。

リュウキが異なる世界からきたことは、ロウには既に話している。今回、魔術に精通している彼の協力なしには事が進まないため、早々にリュウキ自身が話したのだ。

あまり易々と語れる話ではなかったが、ロウの忠義心や誠実さを考えれば、特に問題はないだろう。


「あぁ、言葉も知識も私のものと共通する。」


滅多にお目にかかれない、異なる世界の住人が、これで三人現れたということだ。

珍しいこともあるものだと、リュウキに目を向けるコウリの隣で、シキはしげしげと子供を見つめる。その真剣な目が睨んでいるように見えたのだろう、少年はシキの視線から逃れるように、更にリュウキの細い身体に身をすり寄せた。

それに眉を顰めたのは、つい今し方リュウキに目を向けていたコウリである。

柔らかな苔を思わせる色の瞳をすっと細めると、ゆったりと口元に笑みを浮かべた。


「子供とはいえ、男性がそのように女性に対し無遠慮に身を寄せるものではありませんよ。」


口調は穏やかだが、声音は氷のようだ。

ついでに言えば、目が笑っていない。

場違いにも程がある厳しい指摘に、リュウキが大きく溜息をついた。

傍らを見れば、向けられた視線に、子供が怯えてリュウキの服を握りしめている。

コウリの言葉を理解できない少年が感じ取れるのは、自分に向けられた確かな怒気だけだ。少年の行動がコウリの怒りを更に助長していることなど、気づけるはずもない。


『大丈夫だ、落ち着け。』


すっかり怯えて縮こまってしまった子供の肩に手を回しながら、リュウキは囁くように子供につぶやいた。

僅かに子供の身体から力が抜けたのを確認した彼女は、コウリへ目を向ける。


「コウリ…別にそんなこと今はいいだろう。」


溜息混じりにかけられた、呆れたようなリュウキの言葉に、コウリが小さく眉を寄せた。


「いけません。躾は初めが肝心です。」


さも当然と言い放ったコウリの心情が解るのは、同じ想いを持つシンとシキ、それから彼らの想いを知るロウだ。

確実に気づいていないリュウキの態度に、三人が密かにコウリへ同情の目を向けた。


「そんなことのために呼んだんじゃない。兎に角、いいから話を聞いてくれ。」


本気で解っていないらしいリュウキの言葉に、今度はコウリ自身が溜息をつくと、諦めたように口を噛んで、彼女に先を促した。






「さっきみんなが来る前に、ちょっと話を聞いてみたんだが…。」


少し難しい顔で少年を見つめると、少年は不安げな顔でリュウキを見つめる。

それに苦笑を零したリュウキは、宥めるように彼の頭を撫でて、寝台の傍らで微妙な表情を浮かべている三人に目を向けた。


「どうやら、この子自身に関わる記憶だけ抜け落ちているようなんだ。」

「封印されている、ということですか?」

「その可能性は高い。もしくは、完全に消されているかもしれない。」


その言葉に、ロウが小さく唸る。


「封印されているだけならば、私が潜れば呼び覚ませるかもしれませんが…」

「消されているとなると、戻すこともできぬか。」


引き継ぐように言葉を続けたのはシンだ。

王の言葉に、ロウが小さく頷いた。


「その場合、手がかりを得ることは難しくなる、ということですよね?」


眉を顰めたコウリの呟きに、今度はリュウキが重く頷く。


「そういうことだ。一応目処は立ったとはいえ、できることならまだ情報は欲しい。が…。」

「子供の記憶を戻さねぇ限り、どうしようもねぇ、と。」

「そういうことだな。」


シンとシキも重く息をついた。

それを見ていたロウが、再び口を開く。


「封印されているにしろ、消されているにしろ、まずは潜ってみなければ話にならないでしょう?リュウキ様、今一度私が見てみましょう。」

「いや、潜るなら私が行く。」


きっぱりと、放たれたリュウキの言葉に、残る四人が一斉に顔を上げた。

その表情にはありありと反対の意が浮かんでいる。


「お止めください、危険です!」

「危険はロウとて同じ事。」

「いいえ、私はこれでも術師の長。この手の役は私のものです。」


言い放ったロウの言葉に続くように、シンが険しい目をリュウキに向けて口を開く。


「その通りだ。何のためにロウを呼んだと思っている?」


傍らを見れば、その言葉に同意を示すように、コウリとシキが頷いていた。


「これはロウの役目だ。」

「でもシン、この子の言葉がわかるのは私だけだ。それに簡単に潜るというが、ロウは一度この子の意識に潜っている。そう何度も潜るのは、この子に負担が掛かりすぎるだろう?」


その言葉に、四人が眉を顰めて口を噛んだ。

正論である。

確かに、人の意識に沈むのは、潜る側にも潜られる側にも多大な負担をかける。

潜る側の神経の摩耗もさることながら、潜られる側の精神が不安定であれば不安定なほど、両者に掛かる負担や危険が増すのだ。


「ロウが記憶の封印の否やを確認のために潜ったとして、結局はその記憶を読むために私が再び潜らなければいけないだろう。この中で子供の言葉が解るのは、私しかいないのだから。」


そう、どう考えても、初めからリュウキが潜る方が幾分安全と言えた。


「それに、おそらく今一番この子が気を許せるのは私だ。」


子供の行動を考えれば一目瞭然のことであった。

不安に揺れる目で彼らを見つめる少年は、未だリュウキの服を握りしめているのだから。


四人は諦めたように大きく溜息をつくと、確認するように順々に彼らに視線を合わせるリュウキに、それぞれが頷いていった。



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