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時空の風 -竜の章-  作者: 穂積
■本編
77/112

子供の目覚め 2

もぞり、と寝台の上の塊が小さく動いた。

滑らかな布がたてたのは僅かな衣擦れの音だったが、戦いの中で鍛え上げられた二人の耳にはそれがはっきりと聞こえた。

リュウキとロウは子供の眠る寝台に目を向けたあと、お互いの顔を見合わせて、今し方手に持っていた書物を置き、静かに立ち上がる。

そのまま何を言うこともなく、無言で寝台へと近づいた。

二人の目には、はっきりと警戒の色が浮かんでいる。

もぞり、と再び子供が小さく動いた。


「……ぅ……。」


少し漏れた呻きは、子供らしく高めの声音だ。

広い寝台の端に手をついて、二人が子供の顔を覗き込むように身を傾けると、横向きに丸まっていた子供の黒く長いまつげが小さく震えた。

二、三度断続的に震えたまつげが縁取る眼に、一度きゅっと力が入ったかと思うと、顔の小ささに比べてやや大きいくらいのそれが、ゆっくりと開いていく。

露わになったそれは、リュウキが予想していた通り真っ黒な瞳だった。


同じく隣でその様子を見つめていたロウが、その瞳の色に小さく息を呑む音が聞こえた。

リュウキはそれに構わず、子供の額に白い手を伸ばす。

小さな頭の横で身を浮き上がらせたシロが、咎めるような目を向けていた。

その険しい金色の目は、明らかに警戒を促している。

リュウキは小さく苦笑を返すと、迷わず子供の額に手を添えた。軽く手を滑らせて頬にかかる髪を払ってやると、シロから大きな溜息が聞こえる。


『……だ…れ……?』


ゆっくりと子供の頬を辿っていた手が、その言葉を聞くなりピクリと動きを止めた。

少し高めの子供の声、その音から紡がれたのは、もう今では使うことのなくなった、懐かしい故郷の言葉。

どこか虚ろな瞳がリュウキを捉えたまま、小さな唇が再び開く。


『…お、ねぇさん…だれ?』


それは、まさしく日本語だった。







『名前を教えてくれないか?』


少し迷った後にそう告げると、子供は小さな目を瞬かせて黙り込んだ。

今この部屋にいるのは、リュウキとシロと黒い子供だけである。

先ほど、子供が己と同じ国の出身だと知るなり、リュウキはロウに王と宰相を呼んでくるように頼んだ。今し方出て行ったので、もう少しすれば二人を引き連れたロウが戻ってくるだろう。

その間に、リュウキは状況が掴めず狼狽する子供と意志の疎通をはかろうと、のろのろと身を起こした子供の傍ら、寝台の端に腰かけて、もう何年も使っていない日本語で子供に語りかけていた。


『どうした?』

『…なまえ……わからない。』


悲しげに伏せられたまつげに、リュウキの眉がきゅっと寄る。しかし、すぐに表情を戻すと、うつむく子供の頭にそっと手を乗せ、ゆっくりと髪を梳いた。


『そうか。』

『ねぇ、ここどこ?おねぇさん、だれ?』


ゆるりと髪を撫でる手に僅かに目を細めた少年が、顔を上げて思い切ったようにリュウキを見つめる。真っ黒な瞳は、隠しきれない不安と困惑で満ちていた。

うっすらと涙を浮かべた瞳がゆらりと揺らめく。


『ここはヒリュウ国の王城。私はリュウキ。ここで王のために働いている。』

『おう…おうさま?』

『そうだ。お前、年はいくつだ?』

『……わからない。』


リュウキの夢に渡ってきたときも、氷の中で会話をしたときも、幼い見た目に反してしっかりとした口調で言葉を発していた少年は、今嘘のように呂律の回らぬ幼い口調で、不安げにリュウキを見上げていた。

見た目から、おそらく十を超えるか超えないかの少年には、それこそ幼すぎるくらいの口調である。

それからいくつか質問を重ねてみたが、不思議なことに十の子供が解るであろう知識はあるのに、少年自身のこととなると、まるですっぽりと抜け落ちたかのようにわからないことだらけであった。

明らかに何者かの思惑がちらつき、眉を顰めたリュウキがちらりとシロを見やる。

その視線を受けたシロは、左右に首を小さく振ると難しい顔で何か考え込むようにうつむいた。


と、そのとき。

軽く扉をたたく音が響き、少年が僅かに肩を揺らす。リュウキはそれを宥めるように、ゆっくりと彼の頭を撫でながら、扉の方へと目を向けた。


「リュウキ様、ロウです。」

「あぁ。」


そう、声を返すと小さな音を立てて扉が開く。

扉を支えるロウの背後にいたのは、国王であるシンとその宰相コウリ、それからちょうど手が空いていたらしいシキだった。

四人は寝台の上で身を起こしている少年に目を向けながら、ぞろぞろと部屋に入ってくる。

対して、少年はというと、続々と自分に近づいてくる大きな男たちに驚いたのか、はたまたその鮮やかな異人の持つ色合いに驚いたのか、小さく身を竦めて傍らのリュウキにすり寄った。

それに気づいたリュウキが、小さく眉を寄せる。


「おい、威圧するな。」


咎めるようにかけられた言葉に、今度は三人が眉を顰めた。

彼らの言葉を代表したのは王であるシンだ。


「威圧などしていない。」

「そっちにその気がなくとも、鮮やかな壁が三枚も並べば威圧されて当然だ。」


国の主柱たる三人を平気で壁扱いしたリュウキは、そのままロウに目を向けた。


「こんなのに囲まれてたら、話したくとも声も出ないぞ。ロウ、悪いがこちらに椅子を持ってきてくれないか?」

「………わかりました。」


あまりな言い草に頷いていいものかと悩みながらも、彼女の口の悪さを諦めているのか、溜息をつく三人を見つめたロウは、言われるままに寝台の脇に椅子を用意した。



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