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時空の風 -竜の章-  作者: 穂積
■本編
76/112

契約 3

「それにしても、贄とはな。」


心底忌々しそうな溜息交じりの声が聞こえ、コウリは顔を上げた。


ここは王の執務室。

先ほど子供の眠る部屋で、ロウと共に聞いたリュウキの話は、すぐには信じられないような話だったが、ことヒリュウの平穏に関ることに関しては行き過ぎるほど真剣に対応する彼女の言葉とあって、しっかりと理解することができた。

しかし、理解することと受け入れることでは話が別である。


「大事な家族を贄なんかにしてたまるか。」


シンとそっくりな顔で憤然と呟いたのはシキである。

彼は午前中ずっと練兵に出ていたので、今改めてシンとコウリに話を聞いていた。

ロウとリュウキは引き続き子供の傍で様子を見ている。


「リュウキをこの世界に呼んだことには感謝をしますが…。」


そう呟くコウリも苦虫を噛み潰したような表情だ。


「まったく、何でリュウキなんだ。同じ異世界から来た人間なら、あの男でもいいだろうに。」


コウリの言葉に頷いたあと、シキがぽつりと呟いた言葉に、シンとコウリがぴたりと動きを止めて目を瞬かせ、一呼吸置いてシキを訝しげに見やる。

シキはその視線を受け、しばらく首を傾げたあと、口に出してしまった言葉に気付きしまったと言わんばかりに焦り始めた。


「…シキ。どういうことだ?」

「もしや、リュウキの捜し人が見つかったんですか?」


そう、シキはリーンでリュウキがこの世界に落ちてからずっと捜していた恋人――修也シュウが見つかったことを二人に話していなかった。

というのも、まず自分含めシンもコウリもシュウにいい印象を持っていなかったし、更にリュウキはお互い様とは言っていたがシキに言わせてみれば、シュウはリュウキを裏切った人間である。

彼ら二人、特にコウリがこれを知れば、シュウに対して何をするかわからなかった。

リーン王太子の来訪を控えている今、無駄な火種は無いに越したことはないのだ。

と、まぁ謀略が苦手なシキがそんなことを考えて、敢えて報告しなかったのだが、己の迂闊さにシキは舌打ちしたい気分だった。

どう誤魔化そうか必死に考えるものの、もともと口下手なシキが弁の立つ二人に勝てるはずも無く。

大した抵抗もできずに、リーンでの一連のことを伝える羽目になってしまったのだった。






「なるほど。そんなことがあったのか。」

「シキ様、そういうお話はすぐに頂かないと困ります。」


兄と兄貴分の目が怖い。

シンは口の端を緩く引き上げ物騒な笑みを浮かべているし、コウリは何者も取り込むような表面だけは清廉な笑みを浮かべていた。

が、ここで重要なのは二人の目が笑っていないことである。


「…だから言いたくなかったんだ。」


普段、言い合いをしてばかりの二人だが、乳兄弟とあって手を組めば息はぴったりだ。

機嫌の悪い二人を敵に回して口論をすることほど無謀なことはないし、そんな状況に陥るのはこちらから願い下げだった。

だったのだが、今シキはその状況に陥りつつある自分に冷や汗が出そうである。

ちらりと、一番の問題である氷の宰相に目を向けると、視線がぶつかったとたん彼の笑みが深くなった。

シキの背を悪寒が駆け抜ける。


「なら、話は早いじゃないですか。余計な手間をかけず、リーンの神子を贄に出せば良いのです。」


にっこりと綺麗な笑みで、残酷なことを告げる宰相に、これまた意地の悪い笑みを浮かべた王が同意を示す。


「そうだな、それがいい。神々も納得してくれるだろう。」

「シキ様も意地が悪い。早く教えてくださっていたら私たちもこんなに悩まずにすんだんですよ?」

「…おい。」

「そのための“神子”だろう?ちょうどいいじゃないか。」

「そうです。リーンとてそのように名前だけの神子を抱えているより、世界の役に立てた方が余程恩恵を得られるでしょう?」


どうやら相当お怒りらしい。

おそらく、シキ同様リュウキを裏切ったシュウに怒りを感じているのだろう。それに関しては同じ気持ちだが、それにしても言い過ぎではないか。


頭痛に耐えるように、シキは眉間を指で揉んだ。











ヒリュウ国の未来を担う三人が、どうしようもない口論を続けている頃、そんなことは露知らず、リュウキはロウと子供の眠る部屋に膨大な書を持ち込んであれやこれやと論議していた。

子供の枕元には、探るように寝顔を見つめるシロが枕もとに陣取っている。

床に広がる書物には、滅多に使われることの無い複雑な陣や、古に使われていた魔術の構成法が記されていた。


「…あー、くそ。なかなかいいのが無いな。」

「惜しいのはあるんですけどね、こうして見ていると自分の未熟さを思い知らされます。」


まだまだ知識が足りない、そうぼやくロウに、リュウキが小さく苦笑を浮かべる。


「国一の魔術師が何を言ってるんだか。まぁ、それがロウのいいところなんだろうが。」

「いえ、本当に、まだまだ未熟者ですよ。」


どこまでも真面目な青年である。

術師隊での彼の人気は、この勤勉さと誠実さにあるのだろう。


「あ、リュウキ様、これ見てください。」


と、ロウが何かを見つけたのか、書物の一つを開いたままリュウキに差し出してきた。

リュウキは促されるまま、示された書物に目を落とす。


「これは…。」

「えぇ、かなり古い術式なのですが、先程のと合わせれば…。」


そこにあったのは禁じられた古の術だった。



先程リュウキが見つけた、交わした契約の流れを変える術。

たった今、ロウが見つけた、魂を物質に封印する禁術。


二つの希望の光が見えたとき、二人の背後で布の擦れる音がした。


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