契約 2
ロウが言うには、子供が結んでいる契約の絆の数は、本当に、それこそ星の数ほどと言ってもいいくらいのものらしく、その中の一つを適当に辿ることはできるが、主となる契約者を辿れと言われると、途方もない作業になってしまうとこことだった。
もう運に頼るしかないのだそうだ。
それを聞いたリュウキは、小さく溜息を吐いてしばらく子供を見つめると、顔を上げて何かを決心したかのように瞳に力を込めて周りを見回した。
「三人とも、ちょっと話があるんだが。」
その固い表情に、三人が三人とも何事かと首を傾げる。
リュウキは僅かに言葉を切って、一度口を噛むと、シンとコウリに向かって深く頭を下げた。
脈絡のないその行動に、二人が目を見開く。
「まずは、…ごめんなさい。」
「どうした?」
「何のことです?」
リュウキはしっかり告げた後、頭を上げて、訳が解らず首を傾げている二人に目を向けた。
「実は、昨日話したことが全てじゃないんだ。」
「どういうことだ?」
「子供について、それから歪みについて、まだ話していないことがある。」
二人はその言葉を聞き、得心したように目を細める。
おそらく彼女のことだ、自分たちを気遣ってのことだろうが、それでも肝心なことを自分一人で溜め込んでしまうリュウキの悪い癖を知っている彼らは、またかと溜息を吐いた。
「貴女のそれは、いくら言っても直りませんね。」
「まったくだ。どうせまた一人で何とかしようと思っていたのだろう?」
二人の言葉に、リュウキがぐっと言葉を呑む。
まったくもってその通りだった。
罪悪感に顔を歪め、唇を噛む彼女の姿に、二人はやれやれと肩を竦めるとすぐに苦笑を浮かべた。
「まぁ、今回は話そうとしているみたいですし。」
「あぁ、どうやら少しはましになったようだな。」
進歩したじゃないか、そう軽く零すシンとコウリにリュウキがくしゃりと顔を崩して、また一言ごめん、と呟く。
「いいですよ。で、何を隠していたんです?」
リュウキは一度考えるように俯き、一呼吸の後顔を上げて口を開いた。
「全ては子供の証言だし、シロと私の推測もあるから、全部が全部真実というわけではないのだけど…。」
そう、少し緊張の色を滲ませた声で前置きを述べ、己が山脈で見聞きしてきたことを今度はこと細かく告げた。
人から見れば、神とも思われるべき立場の者が全ての原因だということ。
歪みは、彼らの娯楽の副産物であること。
子供はそれらを処理するため、つまり尻拭いをさせられていること。
もうすぐ子供は役割を終え、次の贄へと契約が結びなおされようとしていること。
そして、次の贄が自分かもしれないということ。
リュウキの出自を知らないロウがいたので、自分と子供が同じ世界から連れてこられたということは省いたが、シンとコウリは話の前後で察してくれたようだった。
彼らは、リュウキの話が終わりに近づくにつれ、眉を顰め、それぞれが顔前面で不快を表していた。
「何て身勝手な…。」
全てを話し終えたとき、低く怒りの滲む声で呟いたのはコウリだ。
しかし、それは話を聞いていた三人の心を表した言葉だったのだろう、シンもロウも険しい顔で黙り込んでいる。その目にはコウリと同じように怒りの色を浮かべていた。
「初めに言ったように、これが全て真実とは限らない。まずは子供が目を覚まさなくては何も始まらないし、それに…。」
己の為に怒りを感じてくれることを嬉しく思いながら、三人とは対照的に少し表情を崩したリュウキが静かに告げる。
「それに、私も不特定多数のために贄なんぞになろうとは思っていない。」
「当たり前だ。」
リュウキの言葉に、しっかりと強く応えたのはシンだ。
周囲を見れば、コウリもロウも、シンの言葉に同意するように頷いている。
それを見たリュウキは、小さくありがとうと呟き、嬉しそうに目元を染めてふわりと笑みを浮かべた。
「私とシロが考えるに、歪みを集めることさえ可能なら、贄なんて立てなくてもシロの白炎を使えば浄化することができるんだ。」
第三者の身勝手とはいえ、このまま放って置いたらヒリュウ国に厄災が降りかかるのは明らかである。次代の贄を立てないなら、他の手段をということで、昨夜シロと考えたことを三人に話した。
「で、だ。さっきロウが、この子供は星の数ほどの絆で繋がれているって言ったよな。それってきっと大陸中の人間と繋がってるんじゃないかと思うんだよね。」
「あぁ、確かに…言われてみればそうかもしれません。実は、数の多さも気になったんですが、もう一つ気になったことがあるのです。」
曰く、子供と繋がっている絆の数が、少しずつ増減を繰り返しているらしいのだ。
これにはコウリがなるほど、と声を漏らした。
「大陸中の人間と常に繋がっているのなら、新たに生まれる命と寿命を迎える命で増減を繰り返しているのかもしれませんね。」
「えぇ、状況から見てそう考えるのが自然でしょう。」
「ならば、その契約の絆の中心を、人ではなく他のもので代用できないのだろうか。」
シンの言う絆の中心とは、子供のことである。
「そうなんだよ、私もシロもそれを考えたんだ。」
シンの言葉に、リュウキが同意を示すように頷いた。
「確かに、それが一番上手くいく可能性としては高いですが…第三者が契約を書き換えるとなると、かなり大変ですよ。それもこんな複雑な契約…。」
むぅ、と唸るようにロウが呟く。
「いや、第三者なんかじゃないぞ。」
リュウキの言葉にどういう意味だ、と他の三人が首を傾げた。
「まぁ、私は思いっきり第三者なんだろうが…契約の絆はこの大陸の人間に繋がっているんだろう?だったら、シンもコウリもロウも契約者。第三者ではないはずだ。」
その言葉に、ロウが大きく目を見開いた。
コウリもシンも、言われてみれば、と顔を互いに見合わせている。
「全く関係のない第三者が契約に干渉するのは難しいが、少しでも関りのあるものならば話は別だ。」
「なるほど…確かにそうです。すみません、私としたことがうっかり見落としていました。」
早速調べてみます、と意気込むロウに、リュウキはしっかりと頷いた。