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時空の風 -竜の章-  作者: 穂積
■本編
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ヒリュウ国 5

あの後、彼らは場所を変えないまま、その場でお互いの持つ情報を交換し合い大体の流れを話し合った。

もちろん、シャルシュも離れることなくリュウキの傍で全ての話を聞いていた。

リーン国の情報は、過保護な二人の兄とこれまた過保護な宰相がかなり本気で遮断していたらしく、シャルシュが初めて耳にする話ばかりだったが、約束どおり彼女がリュウキとシキの話の邪魔をすることは最後までなかった。

そんなシャルシュに、後でしっかり質問に答えるために部屋を訪ねるかと予定を思い返しながら、リュウキは己の肩に伏せたままの白い蛇もどきに視線を向けた。

すると、話を終えて練兵に戻ろうとするシキも同じく目を向ける。


「そういや、そいつはまだエンが苦手なのか?」


現在進行形で気配を消そうとしているシロに、シキが少しおかしげに首を傾げる。

実は人見知りなのかリュウキ以外にあまり関わろうとしないシロは、今回も無視を決め込むようで知らぬふりを通すつもりなのかぴったりと目を閉じていた。


「このこは竜が苦手ですの?」


それに興味を引かれたのかシャルシュもシロに目を向けた。

いや、向けたというより思いっきりリュウキの肩を覗き込んでいる。


「竜というか…こいつは基本的に火を司るから、水の性を持つシキの竜が苦手なんです。」


まぁ、別の理由もあるのだが。

それは言わずにリュウキが苦笑を浮かべていると、今度はシキもシャルシュに倣って覗き込んできた。

これには流石のシロも少し居心地が悪いようで小さく身じろぎするが、やはりその小さな目は閉じられたままだ。


「愛想のねぇ蛇だなぁ…」

「あら、小兄様ったら。彼は蛇ではないのよ、ねぇリュウキ。」


得意げに笑うシャルシュは同意を求めるようにリュウキを見上げた。


「えぇ、似てはいますが正確には違います。こいつは騰蛇という異界の獣です。」

「へぇ、トウダかぁ…大層な名前じゃないか。こーんなちっこいのになぁ。」


魔術の進んだこの世界では、異界のものが存在することはありえないことではない。

魔術師の中には召喚術を得意とするものもいるので、彼らの術によって異界のものが落ちてくることが稀にあるのだ。

かく言うリュウキも実は異界の存在なのだが、それを知るのはヒリュウ王家の三人と宰相のみである。


「いつになったら俺達に馴れるんだ。」

「もう、かれこれ3年くらいかしら?」


リュウキがこの国に来たときには、既にシロは彼女の傍にあった。

それからずっと、この騰蛇が彼女から離れたところを二人は見た記憶が無いし、リュウキ以外の人間に懐いているところを見たことが無い。

リュウキによれば、意思の疎通もできるらしいのだが。


「何せ究極の内弁慶だからな。これで結構短気なんだ。」


ははは、と声を上げながら笑うと、シロの片目がぴくりと薄く開いた。じとーっと見つめる金目はどこか非難の色を浮かべている。

勿論リュウキは気づいていたが、シロが何も言えないことを解った上でニヤリと笑い知らぬふりをした。


「お前に短気と言われちゃお仕舞いだな。」


騰蛇は諦めたのか再び目を閉ざす。

その様子を見ていたシキが、気の毒そうに呟いた。


















―――― 竜姫の髪は綺麗だね。


柔らかな、少し高めの子供の声が聞こえる。

自分の髪を優しく撫でる小さな手に、少女は照れたように微笑んだ。

明るさの無い真っ黒な自分の髪は、どちらかというと重くて好きにはなれないのだが。


―――― 真っ黒だから綺麗なんだよ。


あたたかく、包み込むような少年の笑顔が、少女は大好きだった。

ずっとずっと傍にいたいと、彼女は強く思う。


彼が自分を守ってくれたように

彼がくれた温もりを自分も返せるように


彼にとっての自分が、自分が想う彼のような存在に、いつの日かなるのだと。


幼い少女は疑うことなく信じていた。








竜姫には、高間修也という4つ上の従兄がいる。


彼女の母親の兄の息子で、近所に住んでいた彼は生まれたときから竜姫の傍にいた。

彼はとても器用で、幼いころから何でもよくできた。勉強にしても運動にしてもそつなくこなし、それに気を良くした彼の母親は事あるごとに周りに自慢していたようだ。

そんな修也の母親が、彼に多大な期待をするのは仕方がなかったのかもしれない。が、修也にとっては不幸としか言いようがなかった。

幼稚園卒業と同時にそこからはすべて私立の学校に進ませた彼の母親は、中学卒業と同時に修也の将来を自分で決めてしまった。彼女の頭には息子を医者にするという安直な未来が既に描かれ、鈍感な父親は妻の言うがままを息子の希望と誤解していた。根が優しい少年は、彼女の期待に背くことが出来ず、自分の中の疑問という名の歪みに目を背けたまま母親の希望に沿うように歩き続けた。


その結果、修也が高校を卒業するころ、竜姫の好きだった彼の笑顔は跡形もなく消えてしまっていたのである。


小学校から高校まで、公立学校に通っていた竜姫が彼と共に過ごす時間は少なく、殆ど道端で挨拶を交わす程度になっていたが、少しずつ変わっていく修也を竜姫はいつも不安げに見ていた。


医大生となった修也が、16歳になったばかりの竜姫に声をかけてきたときも、彼の目はひんやりと冷めていたことを彼女は覚えている。






「修也は優しすぎたんだ。」


深い闇に包まれた寝室に、リュウキの小さな呟きが消えた。


練兵に戻ったシキを見届け、シャルシュと共に練兵場を出た後、彼女の部屋でお茶を飲みながら練兵場での質問に答えた。

やはり知らされていないことが多かったためか、少し憮然としつつ話を聞いていたシャルシュは、それでも以前よりはずっと清々しい表情をしていた。

輪郭しか見えていなかったリーンという国を知ることによって、彼女の意思も随分固まってきたようだ。

去り際に、次は王か宰相を屈服させると意気込んでいたが、きっと自分も巻き込まれるのだろう。

王はともかく、あの宰相に勝てるだろうかと疑問に思いつつ、やはり手助けを請うシャルシュにしっかりと頷くと、彼女は嬉しそうに笑みを浮かべた。


そのあたたかな笑顔が、自分が失くしてしまった彼の笑顔と重なった。




どこを見るともなく宙に視線を投げたままのリュウキに、シロがするすると身を寄せた。

口の悪さからは想像もつかない、まるで慰めるような動きにリュウキが小さく笑う。


「あの時は、修也を守れなかった。」


シロはこんなとき、何も言わない。ただずっとそこにいてくれる。


「今度は私が、修也を守る。」


17歳のあの日、あの瞬間、確かに彼も一緒だった。

あの真っ暗な闇の中に落ちて、激しい光が己の意識を奪うその瞬間まで、確かに彼はいたのだ。


この世界のどこかに、彼は必ずいる。


確証はないが、リュウキの中には確かにそう思える何かがあった。

地球どころか時空まで越え、異世界の地に降り立ってからもうすぐ十年。

リュウキは今でもずっと、彼の人を探し続けている。


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