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時空の風 -竜の章-  作者: 穂積
■本編
56/112

闇の腕 1

「ギィ、少し頼みたいことがあるんですが。」


もう慣れてしまった王の執務室。

いつものように、上官であるリュウキが処理すべき書類を提出しにきたギィは、王の斜め前に机を並べる宰相に呼び止められた。


「はい、何でしょう?」

「貴方が管理しているリュウキに持たせたアンクレットの受信具で、彼女の位置を見てほしいのです。」

「わかりました、今ここでご覧になりますか?」

「えぇ、よろしくお願いします。」


“影”を纏めるリュウキの現在地は、時に重要な極秘情報の一つとなることもあるので、最も信頼に足る彼女に次いで能力の高い“影”であるギィが管理している。

現在地を示す送信具であるリュウキのアンクレットに対して、ギィの持つ受信具はピアスの形をしており、それは何時如何なるときも彼の耳に納まり、使用するときを除いて外されることはなかった。


「少々お待ちください。」


そう言うと、ギィは己の左耳にある真っ赤なピアスをそっと外す。

その形状は、金色のフックピアスの先端に、細長い八面体の赤い石が揺れる少し大きめのものだ。

彼がそれを手に持つと同時に、コウリが大陸の地図を渡してきた。頭を下げながらギィがそれを受け取る。


「ギィ、ここへ。」


すると、王が自らの執務机を空けそこを示した。

どうやらそこで見せろということらしい。

ギィは恐縮して身体ごと向き直り、しっかりと礼を取ると王の下へ近づいた。コウリもそれに続くように立ち上がりギィの隣に並ぶ。


「失礼いたします。」


そう一言告げて、ギィがコウリから受け取った地図を王の目の前で広げた。少し色あせた地図は小さめのものだったが、かなり細部まで記されており、一目で上質なものであることが判る。


ギィの管理する受信具は、対象の人物を示す方法が二通りある。

一つは、主に近距離に対象者がいる場合にとる方法で、先の遠征でギィが行使していた方法だ。

対象者の居る方向をピアス自身が指し示し、所謂コンパスのような形で使用する。

もう一つが今から行う方法で、対象者が遠距離にいる場合こちらの方法を取ることが多い。

これは、受信具の他に地図が必要となり、それにピアスをかざして位置を指し示す方法である。これを行うには満たすべき二つ条件があり、まずは対象者が地図内に存在すること、それからある程度細密に記されている地図が必要なのだ。


コウリが用意したこの地図ならば、まず問題ないだろう。寧ろかなり正確な位置まで判るはずだ。

ギィはピアスの鉤状の部分を摘み、広げた地図の上に赤い石の部分をかざすと、小さく何事か呟いた。途端、先端の赤い石が淡く発光しゆらりと小さく揺れる。


「示せ。」


ギィが発した言葉に応えるように、石が更に動いた。

真っ赤な先端が何かに引っ張られるようにぐぐっと真横を向く。ギィはそれに逆らわず、そのまま石が引かれた方向へ手を滑らせた。すると、彼が位置を移動するに連れ、真横に浮き上がっていた石がだんだんと斜めに下がり、遂にはぴたりと真下を指す。

ギィは確認するようにその場所で何度かゆらゆらとかざした手を僅かにずらすが、石の先端は一箇所を指し動こうとしない。

三人は地図を覗き込むように頭をつき合わせてその一点を見つめた。

が、その状態でしばらく全員が固まる。


「ギィ。」

「…残念ながら壊れてません。」


王の呟きに、何かを察したギィが低く応えた。その目は未だ石の示す一点に釘付けである。


「私の詰めが甘うございました。彼女の行動力をなめていたようです。」

「いや、コウリの所為だけではない。俺も判断を誤ったな。」


二人同時に深い溜息を吐くと、地図から視線を外して目を閉じ米神に指を押し当てる。

見事に揃った動作は、あまりに彼らの心情を表しすぎて笑えなかった。


「…リュウキ様…。」


もう怒りよりも心配の方が色濃く出ているギィの呟きが、無情な石が指し示す先にいるだろう人物に届くことは無い。

三人はもう一度確認するように地図を見つめる。

そこには、僅かに滲んだ黒い文字で“闇の腕”と記されていた。









生い茂る木の枝と葉で日の当たらない森は、木々が密集しているのかと思いきやそうでもなく、かなり広めの感覚で高く幹を伸ばしたそれらが、まるで天井のように広く枝を伸ばしていた。

少し湿り気の多い地面には至る所に苔が生し、踏みしめると柔らかな感触を伝えてくる。

目の前に広がる深緑の世界に、リュウキは小さく息を呑んだ。


「凄いな…。」


長く傭兵として旅をしてきたリュウキも、流石に“闇の腕”に入るのは今回が初めてである。

そのおどろおどろしい名称から、森の内部はもっと暗く陰気で意味の判らない色の植物や魔獣が蔓延る世界だと思っていたのだが、実際はかなり予想からかけ離れたものだった。

寧ろこの見渡す限り神秘的な景色に、リュウキはどこか神聖な空気さえ感じている。

しかし、一帯を包む空気は確かに濃い魔の気を帯びていた。

もういつ魔獣と遭遇しても不思議ではないくらいである。

リュウキは周囲を注意深く見渡しながら、コンの店で手に入れた防瘴布で口元と鼻を塞いだ。


「こっちだ。だんだん魔の気が濃くなってきてる。」


彼女の横ではパタパタと小さな翼を動かしながら、シロが前方を見据えて告げる。するり、と真珠色の長い胴が宙を進むように動いた。


「よし、さっさと進むぞ。」

「油断するなよ。」


シロの言葉ににやりと笑みで応えたリュウキが、柔らかな苔を踏みしめ走り出す。

真っ白な騰蛇はその背を見つめながら、彼女を追うように翼を大きく羽ばたかせて後に続いた。


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