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時空の風 -竜の章-  作者: 穂積
■本編
54/112

調査 7

「…っ!!」


目前に伸ばした手は空を掴み、呼び止めた言葉はただの吐息となって唇から零れた。

夢の割りに不思議なほどはっきりと記憶に残る情景は、まるで直接脳に焼き付けられたようだ。

つ、と頬を伝った汗を、夢の余韻を振り払うようにぐいと拭い、リュウキは小さく息を吐いた。

傍らを見れば、枕の横でとぐろをまきながらも僅かに頭をもたげてこちらを見ているシロと目が合う。


「また何か見たのか?」

「あぁ…。」

「黒い子供の夢か?」


コクリとゆっくり頷いたリュウキが、思案するように視線を宙へと投げた。


「今度は話したぞ。」

「意思疎通ができたのか?」

「あぁ、過去や未来の夢というよりも、あれは子供が渡ってきていた。」


“夢渡り”という言葉がある。

それは、能力を持ったものが眠っている他者の意識下に潜り込み、夢や深層心理に干渉することを指す。これは、魔術の類で成されることではなく、特殊な人間や魔物が一つの能力として持って生まれる能力だった。そういう能力があるということは、少し詳しいものであれば知識として知っているが、実際夢を渡れる者に会った者などそうそういない。

リュウキ自身、この世界の生き物でそんな能力を持つものに出会ったことはなかった。彼女の知る唯一の“夢渡り”能力者は、現在傍らに居るこの異世界の白い騰蛇のみである。

例の子供が“夢渡り”で彼女の夢に現れたということは、子供が現在もどこかで生き存在しているということだ。


「何を話したんだ?」

「…謎かけのようなことを言っていたな。それと、歌も聞こえた。」


焼き付けられた夢の記憶は、少しも褪せることなく、リュウキの頭にしっかりと残っている。

あの無感情に歌われていた歌ですら、一言一句違わず歌うことができた。


「契約…か。何か面倒くせぇことが起こりそうだな。」

「あぁ、しかもかなり根が深そうだ。」


古の契り。子供はそう言っていた。

人や人ならざる者が行う契約と呼ばれるものの類は、総じて性質の悪いものが多い。契った者の想いすら関ってくるそれは、何も知らない第三者が手を出すと何かしらの手痛い返礼を受けることが多々あるのだ。

そういうものには関らないことが一番だった。


「白い檻…四つの中心、か。」

「…そこに、子供がいる。」

「厄介だな。近づいて大丈夫なのか?」


いい印象は一つも受けない。

子供に近づけば、リュウキ自身に不吉なことが起こりそうな気がした。

それでも…。


「それでも、行くしかない。」


そう、何の情報も無い今、唯一の手がかりである黒い子供の居場所をつきとめるしか手はないのだ。

シロはやれやれとでも言うように溜息を吐くと、何かを考えるように頭をゆらりと揺らした。


「白い檻、白い檻…四つって何だ?その中心、か。」

「…四つ…四つの、国?」


己の呟きに、はっと目を見開いたリュウキがシロを見ると、彼もこちらを向いて目を丸くしていた。


「四つの国の中心、そらへ最も近い場所といえば…。」

「山脈、だな。」

「くそっ…確かに、考えてみりゃ一番怪しい場所だ。白い檻、確かにあの山は真っ白だな。」

「闇の腕どころか、また山脈かよ。」

「あー…どうすっかなぁ。ばれたらコウリに一ヶ月は外出させてもらえないかも…。」

「…一度城に戻りゃいいじゃねぇか。」

「いや、だって相談したところで、あいつら絶対許可しなさそうだし。」

「そりゃあなぁ…」


むぅ、と唇を尖らせて唸るリュウキを見やりながら、確かに彼女の言うとおりあの王城に住まう者たちがそう易々と彼女が一人危険な地へ赴くことなど、聞くまでも無く却下しそうだった。

とは言ってもいくら訓練を積んだものとはいえ、おそらく“影”達ですら山脈に登り調査をすることなど不可能に近いだろう。城へ帰り手勢を集めて、という選択肢はリュウキの中には既に無い。

異世界の獣、騰蛇と契約しているリュウキだからこそ、何とか可能なことだった。


「俺は反対だけど…後が怖いぞ。」

「それでも、私が行くしかないだろう。」


既に決意の色を見せて煌く金目に、シロは大きく溜息を吐いた。









「…む。」


この王は机に住んでいるのではないだろうかというくらいの時間を、執務室で書類と格闘しているシンが、小さく唸り声を上げて唐突に顔を上げた。

いつも見張り役の宰相は、王の斜め前にある彼の執務机で己の仕事を片付けている。

時折紙が擦れる音が響くだけの室内では、王の漏らした声はしっかり宰相の耳に届いていたらしい。

コウリは首を傾げながら王を見た。


「…何か誤りでも?」

「…いや。」


コウリの言葉にゆるく否定の意をこめて首を振ったシンが、訝しげに眉を寄せる。

その様子にコウリは訳が解らず目をぱちぱちと瞬かせ、普段の様子と異なるシンに、彼の言葉を待つように黙り込んだ。

しばらく無言の間が続いた後、漸くシンが口を開く。


「…何か…嫌な予感が…」

「またですか?」

「そう言うな、俺の所為ではない。」


勘はいいが、そう頻繁に感じることではない。

つい先日の遠征でやはり何かを感じたシンの勘は、あれからそう時間の経たない今日、また何かを察知したようだった。


「しかも、またリュウキが城を出ている時ですね。」

「あいつはまた何か良からぬ事に足を突っ込んでいるんじゃないか?」

「その可能性は大きいと思います。」

「まったく…無理はするなと、常々言い含めてあるのだがな。」

「それをきちんと理解できる方であれば、常々言葉に出す必要は無いでしょう?」

「…それもそうか。」


どうやっても自分から厄介ごとに突っ込んでいく性質の彼女に、二人の男が呆れと諦めを込めた溜息を吐いた。


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