調査 4
コン・ジェインの魔具専門店は、通な魔術師の間では有名な店だ。
看板が無いので一見普通の民家なのだが、店主であるコンが扱う品はとても質がよく、どこから仕入れてきたのか解らない高い魔力を持った原石や、優れた加工技術で作られる少しマニアックな魔具を扱うので、実はカレスの集落でも一、二を争う繁盛店である。
しかし異常な人気の裏には、大抵何かの理由があるもので…彼の店にも、おいそれと人に明かせぬ理由があった。
コン・ジェインの店は、店主のコンとその孫娘のジェシカがたった二人で切り盛りしている店なのだが、実はヒリュウ国の密偵、“影”の拠点の一つだったりする。
“影”の主な仕事は情報収集なのだが、三十人強の人数だけで国内外の情報を把握することは実際不可能だ。なので“影”にはその地域ごとに情報を提供してくれる協力者がいる。その殆どが元“影”の隊員だったり、何かしらの縁を持つ元傭兵だったりと様々だ。
彼らは普段、宿屋や酒屋、飲食店などの人の出入りが多く情報が集まりやすい店を経営している。勿論、密偵ではなく一般の客も出入りする一見普通の店だ。
普段は大衆向けの店を営み、国から要請があれば情報提供するのが拠点である彼らの役割だった。
コン・ジェインも、ヒリュウの“影”として暗躍していた過去を持つ。彼の娘でジェシカの母親は現在現役の“影”としてリュウキの下で働いている。娘婿であるジェシカの父親は騎士団に所属していたが、前大戦の折他界してしまっていた。そのことと老いを理由に、コン・ジェインは王城を離れ、孫娘を預かりカレスの集落で店を開いたのだ。
因みに、彼の店を拠点として利用する際“影”達が土産として持ち寄る原石が、コン・ジェイン魔具専門店が上質な魔具を提供できる理由の半分であったりする。
あとの半分は、元“影”であるコン・ジェイン自身が、現役時に比べて若干衰えたものの、そこらの傭兵や魔術師には負けない戦闘力を保持しているため、危険な土地でも楽に材料を確保できるという理由もあるのだが。
今は店を切り盛りする傍ら、可愛い孫娘に魔術を教えているようだ。
というわけで、二人暮らしには少し広すぎるくらいの建物の二階には、コンとジェシカの居住空間とは別に“影”達が利用するための客室が用意してある。
リュウキは“闇の腕”周辺を調べるために、このカレスの拠点を利用することにしたのだ。
部屋に入ったリュウキが荷を降ろし、外套を外して再び下の店舗に降りた。
すると、先ほどまでカウンターで作業をしていたはずのコンが、ちょうど作業台を片付け店の入り口にある窓の布を下ろそうとしている姿が目に入る。
「あれ?コン爺もう店仕舞い?」
王城を出たのが夜。それからカレスまで一気に駆け抜け、集落に入る頃には日が中天に差し掛かっていた。今はちょうど昼過ぎだが、店仕舞いには早すぎる時間だった。
「お前さんが来たからの。何ぞ聞きたいことがあるんじゃろ?」
ひょいと片眉を上げてにやりと笑う表情は、彼が現役の頃からよく見せていた表情だ。
彼は大戦が終わってすぐ引退したので共に“影”として動くことはなかったが、リュウキは傭兵時代に術師の格好をしたコンと肩を並べたことはあった。
懐かしさに少しだけ目を細めたリュウキが笑みを浮かべて息を吐く。
「はは、察しが良くて助かるよ。商売邪魔して悪いね。」
「なぁに、これも商売だからの。」
気にするな、と笑いながらカウンターの椅子を顎で示すコンに、小さくお礼を言ったリュウキが促されるまま腰を下ろした。
対するコンは階段へと足を進める。
「ジェシカー!客に茶を持ってきてくれんか?」
口元に手を当てたコンが大きな声で二階へと声を張り上げた。が、一呼吸待っても何の返答もない。
「ジェシカー!!」
「コン爺、いいよ別に。」
更に大声を張り上げるコンに、リュウキが苦笑を浮かべながら声をかける。が、今度はすぐにバタンという音に続き焦ったような足音が聞こえた。
「ごめーん、おじいちゃん何ー?」
「まったく…客に茶を頼む。」
「はーい、ちょっと待ってね!」
応えた声は鈴がなるような少女の声だった。
呆れたように溜息を吐くコンも、諦めたように苦笑を浮かべているが、その目には声の主を大事に思う温かな気持ちが溢れていた。
しばらく二階を見つめていたコンが、苦笑を浮かべたままカウンター越しのリュウキの目の前に腰掛ける。
「最近ジェシカも魔石の加工をするようになってのう。」
「へぇ!コン爺の血筋ならいい技師になりそうだ。」
「いやはや、身内の欲目かもしれんが…あの集中力はワシも驚いたよ。じゃが、確かにあの娘には才能がある。」
顎を撫でながら感心するように頷くコンに、リュウキがゆっくりと笑みを浮かべた。
「こりゃあ将来が楽しみだな。」
どうやらしっかり爺馬鹿になっているらしいコンにくすくすと笑っていると、二階からトントンと軽い足音を立てながら噂の孫娘が下りてきた。手には木の盆と二つのカップ、それから小さな小皿を乗せている。
「いらっしゃい、リュウキさん!お久しぶりですね。」
にっこりと笑った少女はカウンターに近づくと、持ってきた盆を置いてそれぞれの前にカップを置き、ちょうど彼らの真ん中の位置に小皿を置いた。どうやら中身は菓子のようだ。
「久しぶり、ありがとうジェシカ。綺麗になったね。」
「ふふ、ありがとうリュウキさん!」
盆を両手で持ち口元を隠したジェシカが、僅かに頬を染めてにっこりと笑った。
「いくつになった?」
「今年で十五になるわ!」
「ついこの間までちっこい形でワシの後にくっついて回ってた娘がもう十五とはなぁ…ワシも年を取るはずじゃの。老いには勝てんわ。」
「もう!おじいちゃんったら、またそんなことばっかり。まだ全然元気でしょ!」
しみじみと呟くコンの言葉に、ジェシカが呆れたように溜息をついた。それを見たリュウキが今度は声を上げて笑う。
「ははっ、確かにコン爺はまだまだそこらの傭兵くらい敵じゃないな。」
「そうよ!お店丸投げして余生を楽しもうなんて思わないでよね!」
「もう余生に入っとるはずなんじゃがのぅ。爺をあんまり扱き使うもんじゃないぞぃ。」
「聞いた?リュウキさん。おじいちゃんったら最近こんなことばっかり言うのよ?」
「あぁ、きっとジェシカが一気に綺麗になったから不安になってるんだよ。」
「不安?」
「どこぞの馬の骨に捕まらないよう、自分に構っててほしいのさ。」
「何を馬鹿なことを言っとるか!」
きょとんと目を丸くしているジェシカに対して、顔を真っ赤に染めたコンがリュウキを怒鳴る。どうやら本気で恥ずかしいらしい老人に、げらげらとリュウキが笑うと、コンが恨めしげな視線を向けてきた。
「そうだったの?おじいちゃんったら…」
柔らかく笑ったジェシカがコンの傍に寄ると、コンはむっつりと黙り込んでしまった。
「私はまだおじいちゃんに教えてもらいたいことがいっぱいあるの。そう簡単に出て行かないわ!」
笑顔で言い切ったジェシカがコンの肩に抱きつく。
「何を言っとる!早く婿を見つけてさっさと出て行け!」
そう怒鳴りながらも、彼女の腕を振り払わず顔を真っ赤にしているコンに、リュウキもジェシカも声を上げて笑った。