調査 3
闇の中を真っ黒な馬が駆け抜けて行く。
小柄な馬はどこまでも続く草原を、まるで風のように走っていた。
夜空には満点の星空と、ぽっかりと白く浮かぶ月。
その絵画のような光景は、誰の目に留まることもなく一瞬で過ぎ去っていった。
城を出て城下にある酒場を手当たり次第に回ったリュウキは、大した情報を得ることもなく、そのまま宿を取らずに町を出た。
未だお祭り騒ぎの続く城下町で、昼間の諜報活動をしてもよかったのだが、日頃城下を専門に潜んでいる“影”がいるので、そっちに任せることにしたのだ。
何分手間と時間がかかることなので、端折れるところは端折ってしまいたいのが本音である。
リュウキ自身、数を打つことは得意だが、できれば効率の良いやり方を取りたかったのも事実だ。
というわけで、城下を一周した彼女は、取り敢えず闇の腕付近の村へと向かうことにしたのである。
魔獣の住処である“闇の腕”。
先の戦の折、リーンへ渡る際越えた森は深く広大で、大陸を東西に分ける山脈の麓の半分以上の距離に面し、人の住める地域と山脈とを分断していた。
“闇の腕”の入り口にある村々は、常に魔獣の脅威に晒されてはいるものの、一方で魔力豊かな土地で取れる、貴重な資源のもたらす利益に縋り生活していた。
そういう理由もあり、危険の伴う地域だからといって荒れ果てている訳でもなく、寧ろ下手に城下に近い地域よりも栄えている集落の多い地域だ。
“闇の腕”に沿うように点々と構える村々は、そこで採れる魔力を含んだ岩石や植物を加工して、定期的に近隣の町に売ることで生計を立てていた。
中でも、東寄りの一際活気のある村であるカレスの集落は、資源のみならず魔具として加工する技術も持っているので、多くの傭兵や魔術師が集まる場所だ。
リュウキが城下を出て真っ直ぐ向かったのは、このカレスという村だった。
彼女自身魔術を扱うため、何度か足を運んだことのある村で、一応国からも希望の魔具を支給されてはいるのだが、その種類の多さやたまに珍品を見かけたりすることから、術師隊や“影”の中でも穴場的な村だった。
知識のある者にとっては見ているだけで面白いので、距離がある割りに休みの度に出かける者も少なくない。
リュウキは村の入り口でクロから下りると、そのまま手綱を引いてぐるりと周りを見回した。
「…しばらく見ないうちに、また随分変わったな。」
活気があるといっても、以前来たときには未だ田舎の集落といった風情を見せていたのだが、この短期間にどれだけの利益を上げたのか、ただの柵に魔獣避けの陣を張っただけだった村の入り口も、人の背の倍程の木の門と村を囲む塀が出来ており、見張りらしき者の姿も見える。
これではもう村というより町だ。
まぁ、自国の村が栄えることは歓迎すべきことなので喜ばしい限りだが、と僅かに苦笑しつつ開け放たれている門を潜るべくリュウキは足を進めた。
門番に軽く笑みを向けつつ入ったリュウキは、真っ直ぐに村の深部を目指す。その外観はかなり様変わりしていたが、建物の並びはそう記憶と変わりなかったので迷うことなく歩くことができた。
彼女が向かったのは、看板も何も出していない、少し大きめの民家のような建物である。
リュウキは建物の横にある駒繋ぎにクロを繋ぐと、迷うことなく正面の戸を開き、ずかずかと建物の中へ進んだ。
ただの民家と思われた建物の内部は、戸をくぐるとまるで工房のような広い室内が来訪者を迎える。その室内の正面奥には、カウンター越しにしかめっ面の老人の姿が見えた。
片目に硝子玉のようなものを取り付けた彼は、リュウキに目を向けることなく眉を寄せながら手元の小さな石を無言で睨みつけている。
その様子に、ふと笑みを浮かべたリュウキは、つかつかとカウンターに近づいた。
「コン爺、久しぶり。」
頭の上から降ってきた高めの声に、老人が硝子球の隙間からリュウキを見上げる。
しばらく彼女に目を向けたまま、ぱちぱちと瞬きを繰り返していたが、すぐに手元の小石を置いてリュウキに向き直った。
「何じゃ、お前さんか。しばらく顔を見なんだから死んだと思うたわ。」
「うっわ…久しぶりに会ったと思ったらそれですか。」
にべもなく言い捨てられた言葉に、リュウキが苦笑しつつも、構うことなく肩にかけていた荷物をどさりと床に置いた。
「ホント、変わってないなぁ。」
「この年になってそうほいほい変わってたまるかぃ。それで、何の用じゃ?」
「やー、ちょっとまたしばらく厄介になりに来た。これでお願いできる?」
言葉と同時に、リュウキが荷物から小さな袋を取り出す。拳ほどのその袋はカウンターに置くとゴツンと硬い音を立てた。どうやら中身は数個の石のようだ。
コン爺と呼ばれた老人はピクリと片方の眉を跳ね上げると、袋から中身を取り出して一つ一つ確認していった。それは所々に赤を滲ませた乳白色の石だった。
全てを確認した老人が、にやりと笑ってカウンター横の細い階段を示す。
「…部屋はちゃんと取っておる。好きに使え。」
「ありがとう。毎回悪いな。」
「なぁに、お前さんは質のいい石を持ってくるからな。お安い御用だ。」
老人の言葉に軽く手を上げて応えたリュウキは、そのままトントンと軽い足取りで二階に続く階段へと上った。