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時空の風 -竜の章-  作者: 穂積
■本編
5/112

ヒリュウ国 3



――――…っ





誰かの叫び声が聞こえる。





――――…ゅ…き…





声に応えなければ、そう思うのに。





――――……う…っ!!





目を開けて、自分に伸ばしているだろう手を掴まなければと。





――――……竜姫っ!!





黒い空間が全てを飲み込んだ。














「…しゅうっ!!!」

「うわあっ!?」


ガバッと上掛けを撥ね飛ばし、右手を宙に伸ばしながらリュウキは飛び起きた。

枕元で眠っていたシロはいきなりの振動に跳ね上がり、寝台を包むように下りた天蓋に身を寄せた。キョロキョロと周りを見回したあと、寝台の上に起き上がったまま右手を抱きこむように蹲るリュウキにするすると近づく。


「…修也の夢、見たのか?」


声こそ上げなかったものの、彼女は少し震えながら頷いた。

金の瞳は険しく光り、悔しさを表すように唇を噛み締めている。


「必ず、見つけ出す。」


低く掠れた呟きは、固い決意を秘めていた。






幾分疲れた表情のリュウキに、ギィは少しだけ目を見開いた。


「お疲れのようですね。」

「あまりよく眠れなかった。」

「珍しいですね、いつでもどこでも眠れるのが特技でしたでしょう?」


軽口をたたくものの、ギィの表情は本当にリュウキを心配しているようで、幾分戸惑うような感じさえ受ける。いつも横柄に言葉を返してくる上官の不調に、彼もどうしたらいいのか判らないのだろう。そこはまだまだ18歳。やっと少年から抜け出したばかりの青年には難しいのかもしれない。

リュウキは小さく笑うと、ギィの少しだけ低い位置にある頭にポンと掌を乗せた。


「何だ?心配でもしてくれてるのか?」


目の前の綺麗な笑顔にギィの顔が真っ赤に染まる。

黙っていればコウリに勝るとも劣らない美貌を持つリュウキは、実はかなり整った容姿をしているのだ。ただ残念なことに、その性格と口調が色々邪魔しているので、大抵の人間は彼女が口を開いた瞬間夢から覚めるのだが。


「…っ…僕が心配なのは貴女の書類です!!昨日あれからずっと待ってたんですけど!!」

「あー…ごめんごめん、昨日報告が結構長引いちゃって。」

「で、書類はどうしたんです?」

「いや、勿論ちゃんと持ってきたさ!ほら!」


胡散気に目を細めたギィに、慌てて書類を差し出した。

まだ少しだけ顔の赤いギィは、ひったくるようにそれを受け取ると、誤魔化すように彼女に背を向け一枚ずつ確認し始めた。その背後から伺うように首を伸ばす彼女に、今日もリュウキの肩で伏せているシロは溜息をつく。どうやら彼女の肩はシロの定位置らしい。


「…確かに。これで全てです。記入漏れもないみたいですね。」

「ほらな!よし!私は今から練兵場に行ってくる。」

「何か御用でも?」

「あぁ、ちょっと大将軍閣下にお話が、ね。」

「そうですか、ではついでにこれをお持ちください。」


そう言って渡されたのは、半透明な紙に包まれた小さな飴玉。

掌の上に乗っかったそれを不思議そうに見つめるリュウキに、どこか決まりが悪そうにギィは続ける。


「……何だかお疲れのようでしたので…疲れたときは糖分をとるといいらしいですよ…」


最後の方は殆ど聞き取れないくらい小さな声だったが、リュウキにはしっかりと聞こえた。

僅かに目を見開き、次いで堪えきれないように口の端を歪める彼女にギィはついに背を向けた。


「とっ…兎に角、お大事にっ!!!」


どこか的外れな言葉に、リュウキはついに笑い出した。








ヒリュウの練兵場は王城の西側に位置し、部隊の練兵が行われているとき以外は個人の修練のために解放されている。今日は午後から翼竜隊の練兵が行われているので、リュウキの目的の人物は練兵場にいるだろう。

まぁ、彼の人は予定が無い時も、基本的に練兵場で剣を振るっているはずなので、予定を確認する必要もなかったのだけれども。

頭を使うよりも身体を動かすことを好む性格は、どこか己と似通ったところがあり、気が合うという点では城内一かもしれない。

練兵場へ向かいながら、そんなことをつらつらと考えていると、リュウキはいきなり背に衝撃を受けた。


「リュウキ!帰ってきてたのねっ!!」


どうやら背後から人に抱きつかれたようだ。


「これは姫君、ご機嫌麗しゅう。」

「えぇ、とってもいいわ!」


未だ己の背に張り付いたままの自分より小柄な女性に、リュウキは笑みを浮かべながら首だけ振り返った。少し低い位置に少女の輝くような笑顔が見える。その背後には侍女が一人控えていた。

薄桃色のふんわりと広がったドレスを揺らすこの少女は、名をシャルシュ・ヒリュウといい、名が指すとおり王家の姫君である。国王の実の妹で、ふんわりと緩く巻いた明るい金髪に宝石のような翡翠色の瞳をキラキラと輝かせながらリュウキを見上げていた。

因みに彼女の兄である国王は、妹より少し濃い色の金髪だ。瞳は同じ翡翠色である。


「これからどちらに行かれるの?」

「練兵場まで参ります。」

「あら、シキお兄様にご用かしら?」

「えぇ、少し打ち合わせをと思いまして。」


シキというのは、ヒリュウの軍関係を全て纏める大将軍でヒリュウ王家の第二王子である。つまりシン王の弟でシャルシュ姫の兄だ。

ただし、彼は側室腹の王子なので異母兄弟ということになる。


「私もご一緒していいかしら?」


漸く気が済んだのか、シャルシュは少し身を離した。それと同時にリュウキも彼女に向き直る。


「ドレスが埃まみれになってしまいますよ?」

「かまわないわ。お話の邪魔もしないようにします。」

「…何か気になることでも?」


彼女は末の姫君にも関わらず、聡明で気が回る。

普段ならば、仕事の邪魔になるからと気を利かせる彼女の意外な言葉に、リュウキは少し小首を傾げた。


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