凱旋 2
「それで、ジャン・リーン王太子殿下はどんな方でしたの?」
にこにこと、少し酒気で目元を染めたシャルシュが悪戯っぽい声で首を傾げた。
隣で杯を重ねていたシンとシキ、それからコウリがそれを聞いて一斉に固まり次いで溜息をつく。
シャルシュに至近距離で問いかけられたリュウキはきょとんと目を瞬かせていた。
「…シャル…いきなりそれは無いだろう。」
四人の代表のように呟いたシンの声に、シャルシュはにっこりと笑顔で返した。
「あら、どうして?戦の話ばっかりでは折角の夜が台無しだわ!」
遠征軍が王城に帰還した後、夕暮れ時からヒリュウ王城で開かれた宴は、既に夜も更け既にちらほらと自室に帰る者たちが出始めていた。後は残った面々で好きに騒ぐとして、リュウキたちは頃合を見てシンの私室の一つに引き上げ五人で改めて飲み直すことにしたのだ。
宴の間中、リュウキやシキは始終戦の話や他国の状況を質問攻めにされ、シャルシュやコウリはゆっくり話ができなかった。
シャルシュの主張に、それもそうだと頷いたリュウキが杯を傾けながら口を開いた。
「確かに、もうそろそろ飽きましたね。それに王子方のことは姫君との約束でしたし。」
うんうんと頷くリュウキに、シャルシュがほら見ろとばかりに兄二人と宰相を見やった。
「まぁ、確かに私も気になるところではあります。で、リュウキ、どうだったんです?」
納得したように、リュウキに続いて頷いたコウリが彼女に目を向ける。
初めにシャルシュを嗜めたシンも気にはなるらしく、つられるようにリュウキに目を向けた。シキは実際会い話しているので聞きたいことはリュウキの評価の方である。
色とりどりの四対の目がリュウキを見つめた。
彼女は少し考えるように宙に視線を彷徨わせた後、静かに口を開いた。
「そうだなー…まぁ、賢王の息子だけあって、そう悪い方ではなかったな。勉学は苦手のようだが出来ないというわけではないし、武に秀でたお方だ。」
「あら、じゃあ小兄様寄りの方なのかしら?」
「…俺寄りだと不満か、シャル。」
「ふふ、いいえぇ、そんなこと言っておりませんわ。」
からかうようにくすくすと笑うシャルシュに、シキが不満げに眉を顰めた。
「あー…でもシキのように両極端ではないので、文武両道と言えなくもないか。」
「おい、お前もどういう意味だ。」
「仕方ありません。残念ながらシキ様は知略には向いていないでしょう?」
追い討ちをかけるようなリュウキとコウリの言葉にがっくりとシキが肩を落とす。それを見た他の四人が一斉に声を上げて笑った。
「まぁ、ほらシキの武は誰にも引けを取らないんだから自信持て。」
「リュウキ、それは間違ってるぞ。シキより俺の方が武に秀でている。」
「…兄上まで…俺に味方は居ないのか…。」
「何をおっしゃるの?小兄様はこんなに人気者ですのに。」
そういう人気者にはなりたくない、とシキが杯を重ねた。その肩を宥めるようにシンが軽く叩く。
結局は仲の良い兄弟なのである。
それを見てやんわりと微笑んだリュウキが再び口を開いた。
「王太子殿下は17歳。もう一人前と認められているとはいえ、未だ経験も浅く少々お若いところがあられる。」
「あぁ、それは確かに俺も感じたなぁ。」
「お年がお若いことは私も存じておりますわ。」
「いや、そういうことじゃねぇんだよシャル。」
リュウキとシキの言葉にシャルシュが首を傾げる。が、シンとコウリは何となく理解できたようで、なるほどと呟きながら杯を重ねていた。
「おっしゃっている意味が解りませんわ。」
「んー…どう言ったらいいんだか。」
「シャルシュ殿、お若いというのは殿下のお年のことではありません。確かにそれもあるとは思うんですがね、落ち着きといいますか、何といいますか。こう、極端な話お心のままに突進してしまうことがあったりとか。…引くべきところは弁えていらっしゃるので、暴君というわけではないのですが。」
「ふぅん、やっぱり聞けば聞くほどシキお兄様だわ。」
「おい、俺はそこまでじゃねぇぞ。これでも考えてるんだ。」
「存じていますわ。」
何となく解ったような顔のシャルシュがすぱりとシキの言葉を切る。それにまた笑い声が上がると、シキは諦めたように溜息をついた。
それまで話を聞くことに徹していたシンがぐいと杯を傾けて口を開く。
「ならば、シャルにはちょうど良いかもしれぬな。」
「そうですね。他の王子方も才知溢れる方ばかりでしたが、私もシャルシュ殿のお相手にはジャン王子がよろしいかと。」
「そうなの?」
「えぇ、我らが自慢の姫君は、知に長け己を律することをしっかりと身につけていらっしゃるので、多少若さの残る方の方が合うと思いますよ。」
手放しに褒めるリュウキの言葉に、流石のシャルシュもちょっと照れたらしく、頬を染めて僅かに口ごもる。その可愛らしい姿にリュウキが小さく笑った。
「その方が制御しやすいですしね。」
「あぁ、そうね。そうだったわ、お母様がよく言ってらしたわね。」
リュウキの言葉に、何かを思い出したようにシャルシュが頷いた。
今は亡きシンとシャルシュの生母である前王妃は、貴族の出とは思えぬ器の広さがあり、気品を持ちながらも活発で皆に慕われた方だった。側室を母に持つシキも、わが子同様に彼女に育ててもらったのだ。大戦の折に命を落とした彼らの父である王と運命を共にした、強く優しい女性である。
ただし、少しだけ突飛な言動が多い女性だったのだが。
「…母上はそんなことを言っていたのか?」
シンが米神をひくつかせながら眉を寄せた。
「えぇ、よく私に話してくださったわ。夫婦円満の秘訣は殿方に悟られず操ることなんですって。」
いかにもあの王妃が言いそうなことに、男性陣が一斉に頬を引きつらせた。
彼女の言う殿方とは王のことではなかろうか。しかし、それを聞いた三人は確かに言われてみれば思い当たる節があることに気づき肩を落とした。
普段皆の前では威厳に溢れていた父が、母の前では別人のように崩れていた姿を思い出す。
シャルシュは構わず続けた。
「えぇと…そうよ、お尻に敷くのが一番だと仰っていたわ。まずは優しく微笑みながらお話を聞いて差し上げること。それから安心させた上で弱音を吐かせるのよ。そうなればこっちのものだと…あら、お兄様方もコウリもどうしたの?」
王太子の未来を思い、少しだけ切なくなった三人は、得意げに話すシャルシュから目線を外して深い溜息を吐いた。誰も彼も哀愁を漂わせながら、今は亡き王妃に向けて、何てことを教えてくれたんだと心の中で呟く。
その影でリュウキがくっくと肩を揺らしながら笑っていた。