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時空の風 -竜の章-  作者: 穂積
■本編
43/112

瑠璃の誓い

なんとも呆気ない戦終焉の知らせは、すぐにヒリュウ王城にも届いた。

とはいえ、殆どはリュウキ率いる奇襲部隊の決死の働きが決め手であるということは周知の事実なのだが。

この遠征中、ヒリュウ・リーン間を一番多く往復している俊翼の蜥蜴が、ヒリュウ王と宰相の下へ舞い降りたのは、グウレイグ河での布陣から一日足らずのことだった。





「シキ様より、蜥蜴が来ました。」

「降伏したか。」

「そのようですね。」


シキが事ある毎に蜥蜴を飛ばして報告していたので、シンもコウリもレキの状況を時を違えず把握している。諸々の状況を考え、最終的にはレキが降伏を選ぶことは予想できていた。


「思ったより早かったな。」

「えぇ、かなり大掛かりな企てをしていたので、それなりに粘るかと思いましたが…全ては王ではなく魔術師長が動いていたようですね。」

「現レキ王の器が知れるな。まぁ、理由はどうあれ引き際を弁えているところは認めてやろう。」


コウリに渡された小さな紙切れを見ながら、シンが遠きグウレイグの国境を思い目を細める。

これからレキは、リーンを通してヒリュウが支配することになるだろう。それはレキ王が望んだことであり、やり方を間違えなければ現状を嘆く声の多いレキの民達も納得するはずだ。

国を一つ潰せば、その分そこに暮らす民達や彼らの土地を奪うことになる。それは、国一つ分の人間の恨みを買うことになり、それを拭うには現ヒリュウ王であるシンの一生を捧げても難しいだろう。

今回、無血勝利を収め、レキの民とその土地を侵すことなく戦を終えたことは、ヒリュウにとって多大な意味を持っていた。山脈と海を越え、翼竜隊も出し兵力を注いだ甲斐もあるというものだ。


「リュウキには本当に頭が上がらんな。」

「えぇ、今回の彼女の功績は前大戦に勝るとも劣らないものになりましょう。」


満足気に息を吐いたシキが小さな紙を机に放り、背もたれに体重をかけながら目を閉じる。

三年前、近寄る者全てに牙を向け孤独と戦っていた女が、今は自分達を家族と思い、家であるこの王城、故郷となったヒリュウの地を守るために戦っている。

未だ前線で、時には血を流しながら身体を張っていることは心配ではあるが。

まぁ、そろそろ王城で落ち着いて欲しいというのが彼らの本心だ。


「コウリ。次は俺たちの出番だぞ。」

「えぇ、心得ております。シキ様とリュウキの働きに応えるために、抜かりなく全て終えてみせましょう。」


これから各々の国の軍を引き、ヒリュウの地で戦の終結を宣言しそれに伴う盟約を結ぶことになる。

大陸の統一。

シキが立太子として立ってからの夢が、遂に実現しようとしているのだ。

ギラギラと、国の未来を見据えて強く輝く翡翠を見ながら、コウリは高まる心を抑えるように目を閉じた。








連合軍凱旋の知らせは、リーン王城に届くとすぐに国民にも布告された。

これまでレキの脅威に怯えていたリーンの国民は歓声を上げて喜び、自国の騎士たちとヒリュウの英雄たちに感謝の歌を捧げた。

レキの国民は、降伏の知らせを受け誰もがこれまで以上の苦しい生活を覚悟したが、グウレイグ河を越えることなく軍を引いた連合軍に取り敢えずの安堵を感じていた。

まだしっかりと盟約が交わされていないため、未だレキ国民は不安を抱えて生活しているものの、ヒリュウで条約が交わされればそれもすぐに落ち着くだろう。


ヒリュウでは勿論、自国の英雄達に向けて、その圧倒的な強さに改めての敬意払い、まるで祝砲のような歓声でもって彼らを迎えた。

グウレイグ河での対峙からおよそ一週間後のことである。


グウレイグ河から凱旋し、リーン城下町を上げて迎えられた連合軍は、王城にて盛大な祝福の宴を上げ、その後シキとリュウキ率いる翼竜隊の面々を残し、再び港を介してヒリュウへ帰還した。翼竜隊も今回は山脈ではなく船と同じ道筋で帰還することを予定していたが、どう考えても船より翼竜隊の方が早く移動できることから、ヒリュウへの入城を合わせるために彼らの帰還を遅らせたのだ。





ヒリュウの大軍が引いたあとのリーンの王城は随分と静かになり、以前の落ち着きを取り戻していた。以前と違うのは、城を取り巻く空気の明るさだろうか。


今、王城の一角では明朝リーンを発つシキ達との別れを惜しみ、王族と側近達が宴を開いていた。

シキは武官の衣装を纏い、リュウキはカルドゥス王より贈られた艶やかな衣装を身に纏っている。

リーンの民族衣装を意識したそのドレスは、淡い色を重ねた薄い絹の踝まである布を、腰の部分で色鮮やかな太めの帯で纏め、首下や四肢の先を細かな金の装飾で飾った華やかなものだった。

普段着慣れない衣装に、若干動きがぎこちないリュウキを見て、隣に座るシキが小さく笑う。

因みに、ギィは影たちを率いて先に船で帰還しているのでこの場にはいない。


連合軍の凱旋の折、盛大な宴の席が設けられたにも関らず、覚めやらぬ喜びを表すように皆祝杯を掲げていた。王も今宵は無礼講と決めていたのか、いささか箍が外れた面々に柔らかい目を向けている。その隣には苦笑を浮かべながらも、安堵の色を浮かべた王妃がゆったりと座っていた。

リュウキは酒気の漂う広間を見渡し、少し風に当たろうと杯を持ったまま中庭に出た。周りは誰もそれを咎めることなく、次々と杯を重ねている。

しばらくそうして風に当たっていると、背後から誰かが近づく気配がした。


「リュウキ様。」


高く澄んだ声が夜風に消える。

リュウキは声に応えるように、ふわりと裾を遊ばせながら振り返った。


「これは…ライラ王女殿下。」


意外な人物にリュウキは僅かに目を見開き、次いで軽く腰を沈めて礼をとる。


「ご一緒してよろしいかしら?」

「えぇ、私などでよろしければ。」


貴族の姫君のように着飾ったリュウキから、まるで騎士のような言葉を受けライラは小さく笑った。

リュウキも自覚はしているのか、それに苦笑で返す。


「此度のこと、本当に感謝しております。私などが言うのは痴がましいことですが、リーンに住まう者の一人として礼を申します。」

「それこそ私には勿体無いお言葉です。私は自国を守るために動いたに過ぎません。」

「それでも、貴女方が取った行動でリーンが救われたことは変わりありませんわ。」


ゆったりと微笑む第一王女の目には強い光が宿っていた。

リュウキはそれを見て、もしかするとあの賢王の血を一番濃く引いているのは、王太子ではなくこの姫かもしれないと、頭の端で何となく思う。

ライラの言葉に深く礼を取り直し、謝辞を受け入れたリュウキは第一王女の燃えるような赤毛を見つめて僅かに目を伏せた。

しばらく無言だったライラがふと空に視線を向けて目を細める。


「…シュウから、貴女のことを聞きました。」


唐突な言葉にリュウキは杯に添えた手をピクリと揺らす。しかし、その表情は先ほどと寸分違わぬもので、彼女の心の動きは読めない。


「私のこと、と言いますと?」


応える声も静かに凪いでいた。


「貴女がシュウと同じ世界から来たこと。貴女とシュウが血族であること。…そしてその関係も。」


その言葉に、リュウキの眉が少しだけ寄った。それは殆どのことを話したであろう修也に対する非難ではなく、純粋な困惑だった。

さて、どう言ったものかと失礼を承知で杯に口をつける。


「王女殿下はそれを知って私に何を?」


出てきたのは些か淡々としすぎたものだったが、ライラは構わず口を開いた。


「私は…貴女から大切なものを奪ってしまったのですね…」


その言葉に今度こそ不快を感じたリュウキの眉がきゅっと寄る。その後に続くだろう言葉を遮るために、リュウキは少し口調を強めて告げた。


「謝罪はいりませんよ。どう聞いたか知りませんが、私にとっては全て納得した上で終わったことです。」

「…謝罪は、しません。私もそのような生半な気持ちではありませんし、それほど愚かではありません。私が貴女に謝罪することは、リュウキ様への侮辱だと理解しております。」


では、何を言いたかったのかと、先を促すようにリュウキが首を傾げた。

彼女を見つめるライラの瑠璃色の瞳は、まるで夜空のように深い色を宿していた。


「ただ、貴女に伝えたかったのです。私のシュウへの気持ちを。世界を渡り、この地に落ちたばかりのシュウは、今の輝きなど見る影もなく、生を諦め己を殺しているようでした。」


それはリュウキがこの世界に落ちるまで、彼女が心を痛めながら見ていた修也だ。


「貴女はきっと、彼の傍でそれを案じ、彼の行く末を想っていたのでしょう。だからこそ、その貴女に私は誓います。」


瑠璃の煌きがリュウキを捕らえる。


「私は、シュウを必ず守る。あの笑顔を一生守り続けます。」


白い面は決意を浮かべ、強い意志を持って放たれた言葉はリュウキの胸に確かな熱を宿した。それこそ、まるで騎士のような言葉にリュウキがゆったりと笑みを浮かべる。

剣を持つでもなく、魔術を行使するでもない。

この姫が武に秀でているという噂など終ぞ聞いたことはなかったが、それでもその言葉はリュウキの信頼に足るものだった。

これほどの姫が、異国の地にいたとは。

リュウキの心には確かな喜びと、姫に対する敬意の念が浮かんでいた。


「貴女のような方に出会えて、私の従兄は本当に幸せだ。」


ほっと安堵を滲ませた言葉にライラの肩が僅かに震える。


「これからも、私の大切な従兄あにをよろしくお願いいたします。」


ゆらりと揺れた瑠璃色の瞳を見つめながら、リュウキは深く頭を下げた。


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