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時空の風 -竜の章-  作者: 穂積
■本編
42/112

進軍 2

ここ数日顔を隠していた太陽も今日は姿を見せ、雲ひとつ無い真っ青な空がどこまでも続いている。

リーン王城には、戦の幸先を示すように爽やかな風が吹いていた。

真っ白な石造りの広場に集うのは、ヒリュウ・リーン連合軍の猛将とそれを支える兵士達。綺麗に列を成す姿は、大陸の長い歴史の中でもそう見られるものではないだろう。


広場尾王城側、整列する兵士達の正面には、一際目立つ甲冑を着込んだ将軍や王族が顔を合わせ、それぞれ何事かを確認するよう話し合っていたり、連合軍の全景を見据えていたりと様々である。

刻々と近づく出陣の時間まで、各々緊張の時を過ごしていた。






「シキ様。」


その姿が広場に入った途端、ばらばらだった多くの目が彼女に集まる。

職業柄注目されることに慣れてしまっているリュウキは、特に気に留めることもなく己の上官である大将軍シキのもとへと近づいた。彼女らしからぬ敬称は、勿論場所を考慮してのことである。

はっきりとはりのある声に、シキが目を向けた。どうやら彼は王太子と話をしていたようだ。リュウキにはシキが壁になって王太子が見えなかったらしい。彼女は申し訳なさそうに頭を下げながら近づいた。


「ご苦労だったな、リュウキ。」

「本当に。リュウキ殿のおかげで此度の勝ちは決まったようなものだな。」


シキとジャンがそれぞれ声をかける。ジャンは心底そう思っているようで、その目には尊敬の色も浮かんでいた。

彼らの言葉にリュウキが僅かに苦笑して小さく首を振る。


「勿体無いお言葉です。それに、此度のことは私一人では成し得ませんでした。優秀な部下達のおかげですよ。」


彼女は決して己を過信しない。これまで挙げた多くの功績も、周囲の手助けがあったからこそだとしっかりと理解している。それはシキやリュウキの部下達にとって、とても好ましいことであり、彼女に多大な信頼を寄せる所以でもあった。

ただ、それは高い地位にある者ほど理解するのが難しいことである。普通はそうは思えない。挙げた功績は全て己のものにしたいのが人の心情だ。それが戦を左右する程の功績なら尚更。

だから、いとも簡単にそんな言葉を返すリュウキに、ジャンは僅かに目を見開いた。


「謙虚な方だな。普通は部下の功績も当たり前のように己のものだと言うだろうに。」

「こいつはそういう奴なんですよ。」


言われた本人よりも嬉しそうに応えたのはシキだ。まるで身内の誉れは我が事とばかりに明らかに喜んでいた。ともすれば、何万何千という兵が見ている前で頭でも撫でられそうな勢いである。それは流石に勘弁してほしいリュウキは、それとなくシキから一歩身を引いた。


「それよりも、お話中でしたよね。腰を折って申し訳ありませんでした。」

「いや、構わない。まだ刻限まで時間がある故、経験豊かなヒリュウの大将軍殿に兵法についてご教授を頂いていたところだ。」

「それはそれは、是非私もご一緒させて頂いてよろしいでしょうか?」

「そんな大層なものでは無いんですがね。」


ジャンは本気で言っているものの、リュウキは明らかにふざけ半分である。面白そうに目を細めるリュウキを見て、シキは小さく溜息をついた。







リュウキの持つジャンの印象は、そう悪いものではなかった。

文武、どちらかというと武寄りの王太子は若く生気に満ち、父王譲りの寛大さと風格を持ち合わせた王子だと思う。少し若さが目立つが、それは年を重ねれば問題ないだろう。

おそらく、彼の国の次代の世も揺らぐことはなさそうだ。

それに、彼の周りには王を補佐する人材も申し分なく揃っている。第二王子のレイベルトはその筆頭で、次代の王を支える次の宰相は彼に違いない。これは周囲の認めるところでもあるらしく、実際レイベルトは普段から現宰相に付き従い、政や外交を学んでいるようだった。

文に秀でた第二王子と、武に秀でた王太子。仲も悪くはないのでリーンは次の御世もしっかりと安定して治められるのだろう。

これならきっと姫君も幸せになれるに違いない。

シキとジャンの話を聞きながら、自国で待つシャルシュを想いリュウキは満足気に目を細めた。






太陽が僅かに傾き、白い石造りの広場を濃い色の光が染めている。

奇襲のために出ていた人員も、それぞれ割り振られた部隊に入り改めて整列していた。

先ほどまで打ち合わせをしていた将軍や王子たちも彼らの前に整列し、その中央には王太子とシキを従えたリーン王が僅かに細めた目で全体を見渡している。その眼からは普段の柔らかさが消え、見るものに畏怖を覚えさせるような威圧感が伺えた。

流石にレキという魔術大国から騎士中心の武力で国を守り続けただけのことはある。


「多くは言わぬ。ただ、勝ちて帰ることを信じて待つ。」


たった一言。

かけられた言葉はそれだけだったが、低く響くその声はしっかりと兵たちの心に届いたらしい。次の瞬間、広場は地を揺らすような歓声に包まれた。歓声というよりは、士気を煽るような雄叫びと言った方が正しいだろう。

大地も震える叫びに眉一つ動かすことなく、王はしっかりと頷いて出陣の号令をかけた。











グウレイグ河畔にて開かれた戦端は、ヒリュウ・リーン連合軍三万五千、レキ軍二万という大規模な布陣を見せたにも関らず、戦い自体は行われなかった。レキ王が和平を申し入れ、兵を引いたからである。

リュウキ率いる奇襲部隊が魔術大国であるレキの戦力と思惑を事前に打ち砕いたため、レキ王が怖気づき要は命乞いをしてきたのだ。グウレイグ河を、少数の側近だけを連れ敵陣へと渡ったレキ王は青白く悲壮な顔をした老王で、ヒリュウの属国になる代わりに一族の存続を願い出た。これにより、一国の存亡をかけたこの戦は、ヒリュウ・リーンの無血勝利に終わったのである。

そして各国の動向を決める細部の話し合いは、山脈を越えたヒリュウの地で行われることとなった。



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