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時空の風 -竜の章-  作者: 穂積
■本編
41/112

進軍 1

奇襲隊帰還の知らせがシキの下へ届いた頃、ヒリュウの翼竜隊・術師隊・騎士団、それからリーンの全騎士団の同盟軍は既に王城前の広場で進軍の準備を整えていた。


ヒリュウ軍の総司令は、王弟シキ・ヒリュウ。

リーン軍総司令は、王太子であるジャン・リーンが務めることになっている。

リーン軍には他に、第二王子であるレイベルトも参戦するようだ。彼は武よりも戦略に長けた王子なので、参謀としての意味合いが強いだろう。

他にも、リーン側には経験の浅い王子たちを助けるために、彼らの脇を固めるように老齢の騎士、おそらく将軍だろう恰幅の良い男が二人揃っていた。

実は奇襲隊からの知らせを受ける前にはもう準備を始めていたので、今日の夕方には進軍できるようになっている。シキが如何にリュウキを信頼しているかが伺えるだろう。



早朝凱旋したリュウキ率いる奇襲隊の隊員は、リーン王城正面から入らず兵舎側の小さな門から帰還した。

レキの魔術師の正装の象徴である長い外套はレキを出るときに脱ぎ捨て、中に着ていた簡単な上下に一般的な土色の外套を身につけた彼らはどうみてもみすぼらしい旅人のようだったが、もともと示し合わせていたため簡単に入ることができた。まぁ、リュウキの金目を見れば彼女がヒリュウの宰相補佐だということはすぐに判るだろうが。

兎に角、無事帰還した彼らは、そのまま兵舎で待機していたロウの下へある目的を果たすために向かったのだ。





「ロウ。」


リュウキは部下を伴い、ヒリュウ術師隊が駐屯している兵舎の小さめの会議室のような部屋に来ていた。中には隊長であるロウがもともと組み上げていたのだろう、人が三人ほど入れる複雑な陣を広げて待っている。


「リュウキ様、お疲れ様でした。」

「あぁ、ありがとう。」


銀髪の若者が切れ長の目を細めうっすらと笑みを浮かべて彼女を迎えた。その声には、リュウキを労わる気持ちと、確かな信頼がにじみ出ていた。


「では、奇襲部隊の方々は順にこちらの陣に入ってください。流石に回復も無しに参戦はきついでしょう?」

「あぁ、助かる。」


どうやらロウは、疲弊して帰還するだろう奇襲部隊の面々を気遣って、回復のための陣を作っておいてくれたらしい。

魔将軍とも呼ばれる彼の魔力はそれこそヒリュウでも一級品で、その攻撃術も然ることながら回復術も並外れたものを持つ。ヒリュウ国自慢の術師の一人である。


リュウキはロウの言葉に笑みを浮かべて答えると、そのまま背後を振り返りギィを先頭に順に陣に入るよう促した。

彼女自身は陣に入らず、部下の一人から大きな麻袋を受け取り、少し重そうに担いでロウの元へ向かう。しかし、そんな彼女に背後から待ったの声がかかった。


「リュウキ様、何をなさってるんです。貴女が一番消耗してるんですから先に陣にお入りください。」


言わずもがなギィである。

リュウキは僅かに眉を寄せると、その声に言い返すべく口を開こうとした、が。


「そうですよ、貴女はシキ様の大事な方。さっさと回復してください。」


今度は前方から彼女には若干意味の解らない言葉が掛けられた。

挟み撃ちとはこのことだ、と納得のいかない顔でぱくぱくと口を動かしていたリュウキが、深い溜息をついて麻袋を床に投げ出す。袋からは小さな呻き声が聞こえたが、誰も気にすることなく彼女を見つめていた。

どうやら、ギィの背後に居る者たちも、リュウキが陣に入らない限り動かないつもりのようだ。


「…忘れてた。お前ら二人揃うと碌な事が無いんだった。」


ぶつぶつと文句を言いながらリュウキは陣へと足を進める。

そう、ギィとロウ、この二人は宰相の覚えも良く、公私関らず話すことが多いからか、最近頓に性格が似てきている気がするのだ。勿論、ヒリュウの黒い宰相様にである。

リュウキにとってはあまり嬉しくない状況だった。一人なら兎も角、二人揃うと口で勝つのは容易ではない。

こういうときは、早々諦めて言う通りにした方が精神的ダメージが少ないことを、リュウキは既に学んでいた。

どうでもいい話だが、このロウという男に加え、シキの直属の部下であるライの両名は、自他共に認めるシキ信者である。勿論、それとは別に王であるシンにはしっかりと忠誠を誓っているのだが。

リュウキは床に焼き付けられたように敷いてある陣の上に足を踏み入れた。そのまま、中央の何も描かれていない、円の中心に立ちゆっくりと目を閉じる。

すると、足元の陣がぼんやりと光を放ち、少し黄みを帯びた光が彼女を包んだ。黒い髪がゆったりと揺らめく。

ものの数秒で起こったそれは、リュウキが目を開くことで終わりを告げた。

彼女はそのまま陣の外へと向かう。


「うーん、流石ロウの回復陣。完璧だ。」


己の掌を見下ろし、開いたり閉じたりしながらリュウキが感心したように呟いた。


「ふふ、ありがとうございます。では、皆さんもどうぞ。」


その言葉にロウが嬉しそうに笑みを浮かべ、背後に続く隊員たちにも陣に入るよう促した。




ぞろぞろと、次から次に陣に入る部下を確認したリュウキは、床に放っておいた麻袋に歩み寄ると、今度は苦も無くそれを脇に抱えた。

そのままロウを振り返り、視線を合わせると彼も心得ていたようでしっかりと頷く。次いで二人で陣から離れた部屋の隅へと向かった。


「シキから聞いてるな。」

「えぇ、間抜けな魔術師長どのはこちらでお預かりいたします。」

「あぁ、夕刻までに頼む。」


綺麗な笑顔を浮かべたロウの目は、先ほどとは違い冷めていた。

リュウキはロウに告げながら、準備してあった粗末な木の椅子に麻袋をどさりと下ろす。ちょうど先端の部分で括られていた紐を解くと、ずるりと下がった麻布から一人の男が顔を出した。

奇襲部隊がレキから連れ帰ってきた魔術師長ライズである。


「また…随分と締りの無い顔をされていますね。」


まるで汚いものでも見つめるようにロウが呟いた。

ライズには未だリュウキの傀儡の術がかかっているようで、彼の瞳は虚ろに開きだらしなく開いた口からは涎が垂れていた。


「暴れられても面倒だから、結構強めにかけたんだ。」


少し申し訳なさそうにリュウキが呟く。勿論、彼女のその気遣いが向けられたのはライズではなく、ロウに対してだ。


「まぁ、これくらいなら簡単なお話くらいはできるでしょう。まだ僅かに自我は残っているようですし。」


笑顔で応えるロウに、ほっと息を吐いたリュウキが小さく頷いた。


「じゃあ、後は頼んだ。」

「お任せください。」


この綺麗な若者が、にっこりと浮かべた笑みの奥に真っ黒な心を隠していることは、この場に居る誰もが知っている。恐らくこれから容赦の無い尋問をかけるつもりだろう。

それもこれも、これから進軍するシキのためである。

リュウキは軽く苦笑を零して、部屋を後にした。


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