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時空の風 -竜の章-  作者: 穂積
■本編
40/112

吉報

きらきらと。

白い火の粉を巻き上げながら、光のような炎が魂を失ったエウリュアレーの肉体を焼いていた。


炎を司るシロの、浄化の白炎。


それは、哀れなゴルゴネスの屍を黒く醜い塊に変えることなく、まるで光が飛散するように焼かれる傍からさらさらと粒子となって分解されていくようだった。

まるで光の中に還るように。

そう長くは無い時間だったが、リュウキを先頭にその光景を見つめる影たちは、言葉にならない思いを胸に、闇の中で生きた彼女の最期をしっかりと目に焼き付けた。




擦り傷等の軽症を除き、動きに支障が出る程の怪我を負った者が4名。

敵陣に乗り込んでこの程度で済んだのは、やはり彼らが優秀だからだろう。

あとは、シロという味方もあったからか。


エウリュアレーの屍を片付けたリュウキたちは、闇の扉の前に置き去りにしていた魔術師長を伴い建物の外を目指した。

転移の陣を担当していた別働隊は既に無事任務を終え、建物の入り口付近に身を潜めているらしい。

事が終われば長居は無用。後は見つかる前に退散するだけである。

シロのおかげでしっかりと建物内と外部が遮断されていたため、無駄に衛兵が駆けつけることもなく、一団は脱出することができた。

王城の壁を越えた瞬間シロが陣を解いたので、しばらくすれば魔術研究棟の異変に気づかれるだろうがその頃には後の祭である。

転移の陣も無い彼らには、ヒリュウへ攻撃をしかけることも、逃げることもできないので、真っ向からリーンへ進軍するか降伏するかしかないだろう。

もっとも、この愚かな魔術師長が、ゴルゴネスを創るためにそれなりの数の魔術師を犠牲にしたため、レキには戦を仕掛けるほどの戦力は残っていないだろうが。

それこそ、リーンの騎士団ですら余裕で勝利を掴めるほどに。

まぁ、ヒリュウに有利な条件で同盟を進めるためにも、それらをリーン側に報告する必要はないのだけれども。


リーンへ帰還する道すがら、一人の死者を出すことなく術師長という捕虜まで手に入れて成し遂げた諸々の報告を二匹の蜥蜴に持たせ、一方をヒリュウの王と宰相に、もう一方をリーン王城にて待つ大将軍に送った。

その表情は少しの安堵を滲ませていたが、隊長としての意識か、未だ警戒の色を濃く浮かべていた。






「ライ!ロウ!進軍の準備をしろ!」


兵舎の入り口でシキの晴れ晴れとした声が響く。

その声を受けた当の二人は、言葉の意味を理解して顔一面に喜色を浮かべた。


「奇襲が成功したんですね!」

「あぁ、死者も無い。明日の朝には戻るそうだ。」


その声に周りで聞いていた何人かの騎士や術師たちも胸を撫で下ろす。

彼らはリュウキたちが“影”ではなく、参謀と騎士・術師の精鋭だと思っているので、今回の少人数での奇襲を誰もが案じていたのだ。


「それから、ロウ。」

「はっ」

「レキから魔術師長殿がおいでだ。丁重にもてなせ。」


にやりと笑って告げられた言葉に、術師隊の長であるロウが僅かに目を見開く。


「一国の魔術師長が…それはまた、もう戦況は見えたも同然ですね。」

「あぁ、おそらくレキは総崩れだ。今回の戦、これで負けたら皆家名返上だな。」

「それどころか恥ずかしくて国境またげませんて。」


二人の会話に苦笑を浮かべたライが口を挟んだ。

確かに、長を失った魔術師の国に竜騎士まで担ぎ出して戦をしかけるのだから、負けたら末代まで笑われるに違いない。

リュウキからの報告は、それほどまでにヒリュウとリーンの優勢を示すものだった。

レキは既に落ちたも同然である。


「こりゃあ、剣を交える前に降伏の声が聞けるかもなぁ。」

「そうなれば一番いいんですがね。」


そう、どんなにレキの戦力が落ちているとはいえ、剣を交えればこちらも無傷とまではいかないだろう。叶うことならば、開戦前にレキが降伏してくれるのが一番良かった。

ただし、ここまで派手な奇襲をかけたので、レキ側としてもそう上手くは落ちてくれないだろうが。

現在のレキ王が、民を第一に考え王としての矜持よりも国の安寧を考える賢王ならば可能性はあるだろうが、残念ながらそうは思えなかった。

それは、件の愚かな魔術師長をのさばらせて置いたことだけを見ても判るだろう。


「何にしろ、油断はするな。奇襲部隊が帰還すれば、直ぐにでも出る。」

「「御意。」」


術師隊と翼竜隊の隊長二人が同じ動作で膝をつき、シキに向かってしっかりと頭を垂れた。







リュウキの無事も確認し、気分が良かったせいかもしれない。

少し中庭を回って戻ろうなどと思わなければよかったと、シキは僅かに眉を寄せた。

うんざりと視線を向けた先には、先日手心を加えたとはいえ殴った男が、己を見据えて道を塞いでいた。

そのもの言いたげな視線に、ついつい深い溜息を漏らしそうになりながらも、僅かに息を吐くに留めた自分を誰か褒めて欲しい。


「で。リーンの神子様が他国の武官ごときに何の御用でしょう。」


面倒極まりないという気配が若干出てしまっていたが、それくらいはご愛嬌ということで。

相手はその空気を読み取ったのか、不快げに眉を寄せながら自分よりもずっと高い位置にある顔を見上げて目を細めた。


「リュウキのことだ。奇襲って何だ、どういうことなんだ!?」

「…今更かよ。」


シキにしてみれば、任務完了の知らせを受けた今、確かに今更な話である。

が、修也にしてみれば、ヒリュウに戻るだけと聞いていたのにあの突然の出立で、詳しい話を聞きたくとも他国の大将軍という地位に就いているシキに、神子とはいえ実際居候の自分が声をかけるわけにもいかず悶々と時を過ごしていたのだ。

偶然ばったり道を塞いでしまったこの状況は願っても無いことだった。

確かにリュウキを裏切ったという後ろめたさはあるものの、大事な従妹ということは変わりないので、彼にとっては女の子であるリュウキが敵国に侵入しているこの状況に心配と不安でいっぱいなのである。

それにリュウキがリーンを発ってからずっと考えていたので、もうシキに対する畏怖よりも心配する気持ちが上回っていた。


「俺は聞いてないぞ!」

「そりゃあ、言ってないからな。」


うんざりと答えるシキは、もう隠そうなどとは思っていないらしい。

彼はリュウキが大事なのであって、目の前の彼女の従兄のことなど考えてやる義理はないのである。


「何故言わなかった!?ていうか女にそんなことさせんなよ!!」

「お前に言う必要があったのか?というか、そんなことを言う権利がお前にあるのか?」


まぁ、一応言うとひっくり返りそうだったからという理由はあるのだが、それを説明するのも面倒なシキは切り捨てるように答えた。


「なっ…それはっ!」


必要は、無い。言う権利も確かに無い。

昔の話はさておき、修也とリュウキには薄いが血という絆がある。しかしそれも、今の彼らの立場を考えると重要視されることでもなかった。特にシキにとっては。

寧ろ彼にしてみれば、修也は大事な家族を傷つけた憎い対象でしかない。

修也もそれは痛感していた。だから言い返せない。

ぐっと押し黙る修也に、シキが再び溜息をついた。


「もうお前が知るリュウキじゃない。」


いつか聞いたその言葉に、修也が怯えるようにぴくりと肩を揺らした。


「俺はそう、言ったよな。お前、まだ理解してなかったのか?」

「…いや。」


理解はしていた。この短期間で見た従妹は、確かに彼が知る彼女ではなかった。


「本人は言うつもりないだろうし、俺も詳しく言うつもりはねぇが…」


何を話し始めるのかと、修也が暗い顔を上げる。


「あいつ…リュウキはヒリュウに仕官する前、お前が想像つかないような地獄を見てきた。」

「…。」

「あいつがこの世界に落ちたとき、山脈の南側…ヒリュウとホウは荒れててな。海を越えて押し寄せる諸外国の船団と戦争してたんだ。」


長い長い戦乱の世。

今でも各地に傷跡を残すそれは、現在の繁栄が嘘だと思える程ヒリュウに血と暴力という不幸を撒き散らしていた。それは、王城から遠く離れ小さな田舎の村ほど影響が酷く、十七歳のリュウキが落ちたのはそんな暗雲立ち込める荒れた大地の真っ只中。


「今までここで生活してきた奴らでさえ今日を生き残ることで精一杯だったんだ。知り合いもいねぇ、言葉も解らねぇ、そんな娘に生きろっていう方が酷だろう。」


この世界に落ちて一年も経たない修也には、情景すら浮かばなかった。今現在、レキとの戦争ですら実際に見てもいないし話を聞いて知識としてあるくらいである。

解らない。それが情けない。


「お前に解るか?訳の解らない世界で、いきなり斬りつけられる恐怖を。檻の中に入れられ、まるで獣のように扱われる屈辱を。」


それは彼女の過去なのか。修也はシキの言葉に混じる怒りと、従妹の暗い過去の片鱗を感じ息を呑んだ。


「あいつは全部乗り越えて今を生きている。心配するのは勝手だが、あいつの今を否定するような発言はするな。」


お前とは格が違うんだ、と。

男の目に浮かぶ侮蔑の色に、修也は唇を噛んで項垂れるしかなかった。


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