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時空の風 -竜の章-  作者: 穂積
■本編
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ヒリュウ国 2

「二人して溜息か?辛気臭いにも程がある。」


後ろ手で扉を閉めながら大股で近づく女に、コウリは再び溜息をついた。


「部屋に入るときはノックをしなさいとあれ程言ったのに、貴女の頭は飾りですか。」

「宰相殿は今日も口煩いな。どうでもいいが、ギィが益々貴方に似てきた。」

「それはよかった。有能な人材が増えるのは良いことです。」

「…あんた謙遜って言葉知ってるか?」


コウリを胡散な目で見つめ、今度はリュウキが溜息をつく。


「無駄だ、リュウキ。こいつに口で勝てると思うな。」

「…いつか絶対ぐうの音も出ない程言い負かしてやる。」

「それは楽しみだ。ならばまず溜まりに溜まった貴女の書類を完璧に提出することですね。ギィから全て報告がきてますよ。」


どうやら道のりは長いらしい。


「全く…あなた方ときたら、揃いも揃って書類を放置するんですから。一度期限切れの書類の後始末をする文官達の苦労を味わってみればいいんです。」


その言葉にリュウキは頬を引きつらせ、コウリから目を逸らした。

が、シンはと言えば少し納得がいかないようだ。


「おい、リュウキと一緒にするな。こいつは唯の怠慢だが、俺は書類の数が俺の能力の限界値を越えているだけだ。」

「…シン、この野郎。」

「昨日の昼間、宮殿を抜け出して城下の市に遊びに出かけたのはどこの誰です?」

「……俺とて息抜きをせねば脳が腐って死ぬ。」

「腐るわけないでしょう。寧ろ腐るまで使えれば本望です。」

「お前なぁ…」


がっくりと肩を落としたシンに、リュウキは苦笑して目を細めた。

毎度繰り返されるこの一連のやり取りを、実は二人とも楽しんでいることをリュウキは知っている。

リュウキ自身、コウリやギィのお説教が鬱陶しいと思う反面嬉しくもあるのだ。

それほど彼らが自分を気にかけてくれているということだから。


「…取り敢えず報告していいか?」


とはいうものの、このままでは埒が明かないのでここらが引き際とばかりに声をかけた。







「サイの領主は片付いた。」


笑みを消したリュウキが、王と宰相を真っ直ぐに見据えながら言った。


「始末したということですか?」

「いや、元領主と侫臣たちは家名を取り上げた上で平民として働いてもらうことにした。」


サイというのはヒリュウ国の北の端にある国境の山脈に面した町である。

鉱山が多いことから、辺境の町とはいえそれなりに栄えていたのだが、最近不穏な噂が王都に流れてきたのである。

曰く、領主が不当に民を殺しているらしい、と。


結果的に噂は真実で、過剰な税の取立てに不満を寄せる民を、領主は封鎖された鉱山に送り込んでいた。足を踏み入れれば確実に命を落とす、ガスの充満した鉱山に。

リュウキは噂の確認と、もし何か問題があるならばそれを処理するためにサイに行ったのだ。


「お前にしては甘くないか?」


少し訝しげに首を傾げながら言ったのはシンだ。


「そうでもない。領主や侫臣の顔は町に知れ渡ってるからな。彼らの財産は全て没収したし、貴族のボンボンどもが楽に生きていけるとは思えない。それに…」


なるほど、と頷きながら二人が先を促す。


「それに、彼らには現状動いている鉱山で働いてもらうことにした。」

「…それは確かに、いい罰になりそうだ。」

「初日に殺されそうな気がしますが。」

「鉱山のヤツらと話はついてるからそれはない。ヤツら死ぬまで扱き使うと言っていた。」

「平民というより奴隷だな。」


元領主に殺されたのは、殆どが鉱山で働く男達だった。

血気盛んな彼らは、町で働く人々よりも行動派なのだろう。一人、また一人と消えていく仲間に、それでも抗議を止めなかった。

家族とも言える仲間を次々と奪われた彼らの怒りは、領主らの命を奪うくらいでは納まらない。

彼らにとって領主らの命など石ころよりも価値の無いものだろうから。

負の連鎖のように思えるが、彼らの心を思えばリュウキはそれでいいと思った。


「豚は家畜だ。奴隷にも劣る。」


彼女は権力を振りかざす貴族が本当に、それこそ王の許可がおりれば直ちに処分に向かいたいくらい嫌いだった。


「領主のこと以外これといって目立った問題は無い。これからサイは新しい領主を迎え、税率も国で定めたものに戻る。領主が溜め込んでた財は民に戻した。意外に残っていたから衰えた町もすぐに元に戻るだろう。」

「わかった。ご苦労だったなリュウキ。」

「シロもお疲れ様です。」


王の言葉にリュウキは礼をとり、今まで静かに伏せてリュウキの両肩に身を落ち着けていたシロもコウリの言葉に目を開く。が、ちらりと視線を寄越しただけですぐにまた目を閉じた。

コウリはそれを気にすることなく小さく微笑みリュウキに視線を戻す。リュウキは二人を探るように見つめると、再び口を開いた。


「今回私を一人で行かせたのは、リーンへの行軍があるからだろう?」


彼女の言葉を予想していたのか、王も宰相も驚かない。


「その通りです。先ほど王のもとへ、リーン国王からの書状が届きました。港を開くそうです。」

「リュウキ、お前は翼竜隊と共に山脈を越え宰相補佐としてリーンへ渡れ。王城へは大将軍と共に行き、その後は港からの後発隊が来るまでにレキの情報を探れ。」


リュウキは現在二つの顔を持っている。

表の顔はコウリの補佐、裏の顔は宰相直属の観察部隊、通称“影”の総隊長だ。

影の存在は王と宰相、それから軍関係の全てを取り仕切る大将軍しか知らない。王と宰相によって選ばれるので、その人数は代が変わるごとに違うのだが、今現在は32名が所属している。その半数が、諸外国の情勢を知るために国内外を動き回っているのだが。

兎に角、この遠征でリュウキは宰相補佐としての仕事と、影としての仕事を請け負うことになったのだ。


「承知致しました。」


戦の要ともいえる任務に、彼女は怯むことなくしっかりと頷いた。



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