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時空の風 -竜の章-  作者: 穂積
■本編
39/112

奇襲 5

「リュウキ様っ!!!」


ギィの悲鳴のような声が響く。

自分達に迫ってきた茨は、リュウキの風に押し戻された。しかしその風を生み出した本人は、床を割って這い出てきた五本の茨に囲まれていたのだ。

一瞬の出来事に誰もが動けずただ目を見開く。ギィだけが僅かに固まった後叫びと共に動いていた。

しかし茨の動きが早すぎて、数歩の距離なのに間に合わない。しかもそれを阻むようにギィ達とリュウキの間にも茨が床を割って飛び出す。


「小虫が邪魔をするでないわ!」


煙の引いた中、アレーは蛇の胴体に無数の穴を開け、血を流しながらこちらを強い瞳で睨みつけていた。

それでもその口端は引き上がり、彼らを見下すように嘲笑を浮かべている。


「させるかっ!!!」


それを見たリュウキが迷うことなくギィたちに迫る茨に魔力を向けた。再び彼らを風が包み、今にも襲い掛かろうとしていた茨の群れを弾き飛ばす。

アレーがにんまりと笑みを浮かべた。


「いけませんっ!リュウキ様!!!」

「愚かな。貴女の欠点はその甘さ!」


ギィが悲痛な声を上げる。

対してエウリュアレーは思惑通りとでも言うように勝ち誇った笑みを浮かべていた。同時に、リュウキを取り囲んでいた五本の茨が一斉に彼女へ向かう。

誰もが諦めかけた、その時。


「甘ぇのはてめぇだ。」


リュウキの首元から、この闇の中でも判る真珠色の何かが飛び出した。

それが彼女の目の前で僅かに発光した瞬間、リュウキの周りを真っ白な炎が螺旋を描いて包む。その美しい炎が、彼女に襲いかかろうとしていた茨を悉く焼き尽くした。

リュウキは、まるで解っていたかのように静止したまま正面を見据えている。

エウリュアレーの顔に浮かんでいた笑みが消え、激しい憤怒の色が浮かんだ。


「…お…のれぇ……獣ごときが、二度も私の邪魔を…」


全身をぶるぶると震わせながら、盲いた両目を真っ赤に染めたアレーの地を這うような声が響く。視線だけで命を奪えそうな目が、未だ白い炎で包まれたシロを睨みつけていた。


「てめぇこそ、たかが蛇ごときが。この俺様に勝てるとでも?」


不適な声は、いつもより低めの少年の声である。その白い面には蛇の顔にしては不自然な笑みが浮かんでいた。


「助かった、シロありがとう。」

「これでまた貸し一つな。」

「あぁ、帰ったらたっぷり返すよ。」


アレーから視線を離さず交わされる会話は、彼らの勝利を確信している声だった。

その場違いなほどの余裕を見せる二人に、エウリュアレーが屈辱に震える。ぎりっと口元から歯が鳴る音が聞こえた瞬間、彼女の周りからこれまでとは比べ物にならないほどの巨大な茨が次から次に飛び出してきた。


「…おのれ…おのれ…私を愚弄しおって…もう、貴様など要らぬ!!!」


ゆらゆらと、エウリュアレーの周囲の空気が怒りと溢れ出す魔力で揺れている。リュウキは僅かに目を細め、腰を低くして再び戦闘態勢をとった。

それに倣うようにギィ達も腰を低くする。


「全員炎で押し戻せ!ギィは私の援護だ!!」

「はっ!!」


叫ぶ声と同時に、アレーが激しく両手を薙いだ。

それに続くように巨大な茨が一斉に彼らを襲う。無差別に、主人以外の命を刈り取ろうと動く茨は、縦横無尽に動きながら突進してきた。


「死ねっ!!!」


アレーの無情な叫びが響く。

しかし、影たちの前には放たれた炎の壁ができていた。その中からギィがリュウキに向けて魔力を放出し、彼女に迫る茨を次々に焼き尽くしている。彼が開いた道に、リュウキは笑みを浮かべて踏み出した。正面には、怒りに狂う化け物の姿。

ギィの炎を縫って襲い来る茨をひらりひらりとかわしながら、リュウキはシロを伴いエウリュアレーへと突き進む。あと数歩という距離で勢い良くサーベルを構えると、それを確認したシロが彼女の手元に向かってかぱっと口を開いた。

次の瞬間、リュウキのサーベルを白い炎が包む。


「これで、終わりだっ!!!」


はっとアレーが身構え、慌てて身を守るように茨を出すも、リュウキはそれを身を滑らせるようにしてかわし、化け物の懐に飛び込んだ。


低い位置から鋭く放たれる一閃。


アレーの脇を走るようにすり抜けながら、リュウキは大きくサーベルを振り切った。









一瞬、全ての時が止まった。

襲い掛かっていた茨も、それを押し戻していた炎も。

表情すら固まってしまったように動かない空間で、最初に動いたのはリュウキだった。

ゆっくりと化け物を振り向きながら、サーベルに付着した真っ赤な血を払う。

それをぎこちない動きで確認するように、目を見開いたアレーが顔だけでリュウキを振り返った。


「…そ…んな…」


ごぼりと、掠れた声とともに、エウリュアレーの口から大量の血が溢れ出す。

それからゆっくりと己の腹に眼を向けると、そこには腹を割るように赤い線が一本。それを確認した途端、ぐらりと彼女の身体が傾いた。

ずずず…と音を立てながら、腹から上が滑るように胴体から落ちていく。次の瞬間、全てが崩れるように蛇の下半身と周囲に伸びていた茨が次々と床に倒れた。

女の上半身も床に投げ出されるように、ちょうど仰向きになる形でリュウキの目の前の床へと落ちる。

見ると、浅い呼吸を繰り返しており、途切れた腹から流れ出る大量の血液は、化け物の命がそう長くは無いことを知らしめていた。


リュウキはそれを確認して、アレーの巨大な下半身と茨を挟んだ向こう側の部下たちをちらりと見やり小さく頷く。

それに応えるようにギィを始め全員が頷き、魔力の放出を止めた。途端、上がっていた炎が一瞬で消え失せ、部屋に残ったのは化け物の巨体と巨大な茨、それから所々崩れた瓦礫と立ち上る煙だけになった。


虚ろな目をそれでも己に向けるエウリュアレーに、ゆっくりとリュウキが近づく。

他の影たちはいつでも動けるように彼女の周りに詰めようとしたが、リュウキ自身に手を振られて拒まれてしまった。

気をつけろとばかりに強い視線を送ってくるギィに苦笑を返しつつ、リュウキがアレーの顔の横で膝を折る。近づいて初めて見えたアレーの髪は、様々な種類の蛇でできていた。先ほどまで蠢いていたそれは、今はもうピクリとも動かず、ぐったりと床に垂れている。


「…殺しなさい。」


先ほどまでの狂ったような色は、その声からは感じられない。震える吐息とともに紡がれたアレーの言葉は、とても静かな響きだった。


「お前は、私に何を望んでいた?」


それに促されるように、考えてもいなかった言葉がリュウキの口をつく。

その言葉にアレーは小さく笑うと、盲いた目を静かに伏せた。


「…光が、欲しかったの。」

「光?」

「そう…ひかり…美し、い……わた…しの…。」


再び開いた瞳は何かを見つめるように揺らめき、一瞬リュウキのものと合わさるとそのまま命の輝きを失った。

紡がれた言葉の意味はしっかりとは判らなかったが、何となく、そう何となく、闇の世界で飼われていた彼女の願いがリュウキには解った気がした。

しばらくその死に顔を見つめていたリュウキは、そっとエウリュアレーの生気の無い目に掌を添えると、ゆっくりと滑らせてアレーの眼を閉じた。


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