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時空の風 -竜の章-  作者: 穂積
■本編
36/112

奇襲 2

レキ国の魔術を総括していると言っても過言ではない、現魔術師長ライズ・ヒューはその陰鬱な外見に見合った暗い野心を持っていた。

それは、彼が他の上級魔術師と大差ない実力にも関らず、家柄と金銭でその地位を手に入れたことからも伺える。


ライズは己が皆を従えるだけの力を持っていないことなどとうに知っていた。

だからこそ、魔術師長就任の折、その位に就く者が最初に行わなければいけない仕事である王城の結界の再構築も、秘密裏に集めた優秀な魔術師達に金を握らせやらせたのだ。今まで彼は、己の魔力ではなく貴族である家に有り余っている金を使ってその地位を守ってきた。


魔術師の実権が強いこの国で、魔術師長の位に就くということは、国の決定権を王と分け合うほどの権力を持つことに等しい。

魔術師長という位に就いてから、ライズの野心は更に燃え上がった。


金は元より、手に入れた権力を使い己の手足を手に入れ、最強の化け物を創り上げたのだ。


それもこれも、全てはヒリュウを手に入れるため。

ひいてはこの大陸を支配するためだ。

竜を味方につけるヒリュウの軍事力さえ手に入れさえすれば、あとは雪崩れ込むように己の両手に全てが手に入る予定だった。

ヒリュウの獣を従えるための化け物も手に入れた。

山脈を越えるための転移の陣も既に準備できている。

あとはそう、馬鹿な彼らが何も知らずにレキに進軍してくるのを待つばかりだ。

ただ、あのゴルゴネスの何を考えているか解らないような薄笑いが毎度不安の種ではあるが、まぁあの化け物がどんなに力を持っていても、集めた魔術師たちに作らせた闇の檻に入れている限りは問題ないだろう。

兎に角、そろそろヒリュウの本隊が動いてもいい頃だ。

抜かりがないよう、もう一度転移の陣を確認しておこうと彼が緩まる頬をそのままに、術師たちのもとへ向かおうと席を立った瞬間、彼は床に叩きつけられた。







「…ぐっ…何奴っ!?」


一瞬見えたのは黒い影。

一体何が起こったのか解らず、茫然と首だけで周囲を見上げると、己の四肢を押さえつけ床に這い蹲らせるように何者かが拘束しているのが見えた。

格好はよく見知ったレキ国の上級魔術師の正装である。


「きっ…貴様らっ…何をやっている!?離せ!離さぬか!!!」


渾身の力を込めて抵抗するも、腕も足もピクリとも動かず、間接がぎしぎしと音を立てるだけだった。己の状態を理解したライズの顔が、一気に怒りと屈辱で歪む。


「お…のれぇっ!魔術師長であるこの私にこんなことをしてただで済むと思うなっ!!!」

「お決まりの台詞だな。」


途端、耳に届いたのは女の声。しかし、声が放たれたのは己の四肢を押さえている者からではなく真正面からのものだった。その声の元を辿るように、怒りに燃える眼をそちらに向ける。

そこには、同じようにレキの上級魔術師の正装を着た何者かが立っていた。首から口にかけて大きめの布を巻いているため、その顔は確認できない。

怒りの中に見えた訝しげな色に、女が目だけで小さく笑った。


「あぁ、これか?ここに来る途中支給品保管庫があったからな、ちょっと拝借したのさ。」


ひょいと服の先をつまんで言う女はその軽い口調とは裏腹に、息も止まるような威圧感を持っている。

ライズは潰されそうになりながらも、なけなしの矜持をかき集めて睨みつけた。と、次の瞬間彼女の目を見て何かに気づく。


「…っ…!?…貴様っ…その金目は…ヒリュウの悪魔っ!!!」


その言葉に女が僅かに目を瞬かせ、次いで再び目を細めて笑う。


「あぁ、そうか。レキじゃあこの色は悪魔の色だったな。」


くすくすと、楽しそうに笑う女が、笑みを浮かべたままライズに歩み寄る。それを鋭い視線で追いながら、彼はぎりりと唇を噛み締めた。

女の足先が男の顎をぐいっと持ち上げ、遠慮の無いその衝撃にライズは小さく呻く。


「ふふ…お前の命運も尽きたようだな。まずは転移陣と化け物の居所を吐いてもらおう。」

「…っ…馬鹿か貴様。誰が貴様らなどに…ぐっ!!ぎぃっ!!」


ライズの言葉を待たず、女の足が勢いをつけて彼の頭を踏んだ。踵の角を使って更に頭部を踏みしめる。

苦しさと屈辱に震えながらライズが僅かに顔をずらすと、その鼻からは赤い筋が流れていた。


「素直に答えれば命まではとらんぞ。抵抗すれば約束はできない。」

「…くっ…がっ…ぁ…貴様…リュウキ、とか言ったな…」

「あれ?私も有名になったもんだなぁ。」

「がっ…がぁっ!!!」

「そんなことで有名になってどうするんです。」


男の四肢を押さえていたギィが、溜息をつきながら呼吸をするようにライズの腕をひねる。膝裏を脚で押さえつけながら男の片腕を背中で折り曲げぐっと押した途端、僅かな振動と共に、ぼきりと音が響いた。


「ぎぃっあっ!!がっ!!」


びくりと、衝撃にライズが背を反らせ、青白い顔を更に真っ青にして悲鳴を上げた。

彼を押さえつける二人は構うことなく更に力を加える。


「ほら、早く言ったほうが身のためだぞ。お前もまだ死にたくないだろう?」

「くっ…悪魔めっ…誰が話すものがっぎあっ!!!」


ぼきりと今度は先ほどとは反対側の腕から音がした。

リュウキがライズを踏みつけている足を曲げ、膝に片腕を掛けて僅かに顔を寄せる。


「愚かな男だ。そんな実力でヒリュウを落とそうと思ったのか?」

「自惚れもいいところですね。」

「ぐっぅ…貴様らぁっ!!!」


ぐぐっと足裏を押し戻す力に、リュウキが少し目を見開く。が、ぐっと足に体重をかけると、力尽きたように再びライズは床に伏した。


「見た目の割りになかなか根性がおありのようだ。金だけで地位に就いたのかと思ったが、その根性のおかげでもあるのかな。」


足先を左右に動かし横っ面を踏みにじられ、ライズの顔が怒りで真っ赤に染まる。しかしその怒りも両腕の痛みで持続せず、罵りの言葉を上げたくとも口から出るのは意味を成さない呻きのみだ。


「ぎっぎっ…ぐがっ!!」

「ははは、なんの鳴き声だそれは。ほら、まだ苦しみたいのか?」


ばきん、と今度は右肩だ。次いでライズの右手が開放されたが、既に彼の右手はだらりと力を失っていた。


「仕方ない、時間切れだ。」

「初めから吐かせる気なんてないでしょうに。」

「がっああっ!!」


リュウキの言葉に溜息をついたギィが、おまけとばかりにライズの左肩も砕く。

それを確認したリュウキが、ライズの頭を解放してその場に屈みこんだ。そのまま遠慮の無い力で男のぼさぼさの髪をがしりと掴み、自分の目線に合わせるように引き上げる。

彼の顔は涙こそ流していなかったが、床の埃や鼻血と涎でぐちゃぐちゃに汚れていた。リュウキは構わず金色の目を近づける。

口元の布をずらして囁くように何かを呟くと、痛みで虚ろだった男の目が更に虚ろに霞んだ。


「…くっ………ぁ…。」


ゆらり、ゆらりとライズの瞳が揺れる。今にも白目を剥きそうな目を見つめながら、リュウキが確認するように僅かに首を傾げて瞳を覗き込んだ。


「…意外と抵抗するな。まぁ、術師としての腕も悪くはないからか。だが…」


彼女が楽しそうににやりと笑って、再び何事か囁いた瞬間、ぐるんと男が白目を剥いた。


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