リーン 3
「ありえるな。」
難しい顔で眉を寄せているシキが、ぽつりと呟いた。そう、確かにリュウキの予想は充分に考えられる話だった。
魔術師の国であるレキは、魔術と人々の暮らしが密接に関係している。
例えばそれは、居住空間の照明や温度調節であったり、作物の実りを助けるものであったりと、かなり生活感に溢れる使用法である。他国でも魔術の研究はされているが、それは戦闘術であり普段の生活で民のために使われるものは殆ど無い。一見、文化の発展とも考えられるレキの技術は、その実魔術に頼らなければ人々の暮らしがままならないという、北の過酷な大地が原因とも言っていい。
そう、大陸の北部レキ国は、夏は灼熱の太陽に焼かれ冬は氷の大地に閉ざされる、人間が暮らしていくには酷烈な地域なのである。
対して、大陸の東に位置するヒリュウは一年を通してそれほど気候が変わらず、森と水に恵まれた地域だ。暖かな日差しが豊かな大地を包み、土も肥えていて作物も良く育つ。
まさにレキ国にしてみれば、この世の楽園なのだ。
「レキがヒリュウを狙っているにしても、まずはリーンを落とさねばならない。普通はそう考える。」
「そう油断させておいて、大規模な転移術で直接ヒリュウに攻め入る…か。」
油断。それに加えて、今ヒリュウの兵力はリーンに分散され自国の守りも薄い。
「まさに、狙い時ってわけか。」
ぎりっと口を噛み締めたシキが、鋭い眼をリュウキに向けた。
「リュウキ、このことシンには?」
「伝えた。ギィ達と合流した時にちょうど蜥蜴がいたから。」
「おそらく、もう目を通していらっしゃるかと。」
付け加えるようにギィが告げ、それを見たシキがよしと頷いた。
次いで再びリュウキに目を向ける。
「お前の読みは多分ほぼ確実だろう。そうなってくると、レキが転移術を完成させていたとして、奴等
がヒリュウに渡るのは、俺たちの本隊がレキに侵攻する時か。」
今、リーン王城で待機している翼竜隊と術師隊、それから現在港から王城に向かっているヒリュウの本隊を動かせば、彼らがヒリュウへ援軍に戻るのは容易ではない。翼竜隊とて、そう短時間で王の下に戻ることは難しいだろう。
レキは、おそらくそのタイミングを狙っているのだ。
「…本隊が着き次第レキへ向かおうと思っていたが…これじゃあ難しいな。」
難しい顔でシキが唸ると、残る二人も眉を寄せて黙り込んだ。顔を俯け、考え込んでいたリュウキが再び顔を上げる。
「影で奇襲するか。」
その言葉に、はっと二人が顔を上げた。
「私の回復にはそう時間はかからない。全快を待っているうちに、コウリに残りの影を寄越すように頼んで、揃い次第レキへ向かおう。」
「リュウキ!」
「レキが行動を起こす前に、転移の陣を壊して術師長を片付ける。そうすれば、後方の心配も無くなる。」
「リュウキ!待て!いくら何でもそれは…」
危険すぎる。そう訴えるシキの顔には苦悩が浮かんでいた。
「だが、それしか方法が無い。」
そう、それが最善。それが後方…ヒリュウの心配をせずに戦える唯一の方法だ。シキもそれは痛いくらい解っていたし、ギィも理解しているようで何も言わない。
しかし、どちらかというと魔術よりも接近戦に長けた影が、高位の魔術師達を相手にするのは危険すぎた。
「しかし!」
「シキ、確かに私は一度命の懸け時を間違えた。だが、今回はその時だ。私たちが行かねば、ヒリュウが傷つく。」
「…っ…!!」
「私もお前やシン、シャルシュ殿やコウリを家族だと思っているし、ギィや国にいるみんなが大切だ。彼らの生きるヒリュウを守るためなら、喜んで死地に向かおう。」
「……馬鹿野郎が。」
苦く低い声でシキが呟き、それにリュウキが小さく苦笑を零す。
本当ならば、リュウキにそれを命令するのはシキの役目であるはずなのに、彼は優しすぎた。シキも自分の役目を解っているので、悔しげに唇を噛む。
「…すまねぇ、リュウキ。」
「馬鹿、謝る奴があるか。というか、危険だが死にに行くわけじゃないぞ。」
「絶対だぞ。」
「当たり前だ。それに私はあいつに借りを返しに行くんだ。」
あいつとは、一時とはいえ彼女を捉えたゴルゴネスのことだろう。そう呟いた瞬間リュウキの瞳に炎が宿った。それを見たギィもしっかりと頷きシキの目を見つめる。
「僕らも是非、その化け物にご挨拶したいですね。何せ僕らの大事な隊長に傷をつけたんですから。」
にっこりと笑うギィの目は笑っておらず、僅かに殺気も滲んでいた。
そんな副官の冗談とも本気ともつかない言葉に、リュウキが再び苦笑を浮かべる。彼としてはかなり本気だし、実は他の影の総意でもあるのだが。
リュウキは再度シキを見た。
「大丈夫、必ず全て片付けて、レキへの道を開いてやるよ。」
黄金色の眼がきらりと光る。白い面には、自信に溢れた強い笑みが浮かんでいた。