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時空の風 -竜の章-  作者: 穂積
■本編
30/112

リーン 2

「重傷だった。」


金色の目をシキに向けたまま、真珠色の騰蛇が告げる。

リュウキは慌てて彼を抑えようと動くが、背後の副官と目前の上官の刺さるような視線に邪魔され、渋々と動きを止めた。

それを確認したシロが、淡々と彼女がレキの城に入ってから敵の術中に落ちたこと、手足を茨の棘で貫かれ重傷だったこと、傷は治したが失った血液と奪われた魔力は回復していないということを伝えた。

話が進むにつれ、シキは次第に目を細め己の肩を抑える部下からは殺気染みた冷たい何かが漂ってくる。

リュウキは居た堪れない空気から逃れるように顔を背けた。どうにも今回は分が悪すぎるようである。


「いきなり声をかけてすまない、ありがとう、感謝する。」


全てを聞き終わってからシキが深々と頭を下げる。

シロはそれを見て少し居心地が悪そうに首を引くと、小さく何事か応えた後にすいーっと窓の傍まで飛んで行き、手頃な場所を見つけるとそのままとぐろを巻いて目を閉じてしまった。

リュウキは、裏切り者めと横目で見やりながらも、こちらを睨みつけるシキにぎくしゃくと視線を戻す。


「…どこが命に関わらない怪我だって?」


低く低く告げられた声は、明らかに怒りを表していた。


「や…ホント…命に別状は…ちょっとシロが大げさで…」


更に言い訳を続けたリュウキに、とうとうシキの雷が落ちた。










「取り敢えず、報告だけ聞く。」


どっかりとベッドの横にある椅子に腰掛け、シキがそれ以外は受け付けんとばかりに告げた。

ここはリュウキに充てられたリーンの一室で、彼女自身はベッドの中で横になっている。その顔にはありありと不満が浮かべられていたが、彼女の隣で腕組みをして見張っている上官と反対側で貼り付けたような微笑を浮かべる副官に、漸く諦めたのか深い溜息をついた。渋々と口を開く。


「まず、レキの国の魔術師が城に召集されている。」

「戦のためか?」

「そうだ。しかし、その召集のされ方が半端じゃない。」


隣国との戦は、既にレキの国民全てが知る事実だった。

リュウキが王城へ向かう途中で立ち寄った村や町にも、王城からの召集令状が届き、目ぼしい魔術師や腕の立つ者達が根こそぎ集められていたのだ。それも、老若男女問わず本当に辺境の村まで、しかも強制的に集められていた。それなりの代価は出ているようだが、それにしてもあまりに荒々しい召集に、リュウキ自身その手の話を聞く度に呆れてものも言えないほどだったのだ。


「だから、さぞ多くの人間が王城にいるのだと思ったんだが…。」

「いなかったのか?」

「あぁ、寧ろ戦を控えている割りに少なかったな。集めた兵を動かしているという訳でも無いし、一体あの人数を何処にやったのやら。」


リュウキが探していなかったのだから、本当に城にはいなかったのだろう。シキは考え込むように眉を寄せて僅かに顔を俯けた。


「で、だ。その後例の魔術研究の棟に入ったんだが、ちょっと気になるものを見つけたんだよ。」

「気になるもの?」

「あぁ、後でロウにも見てもらおうと思うんだが、これを見てくれ。」


それは先ほどリュウキが懐から取り出した、数枚の紙切れだった。小さな紙切れには殴り書きで魔術の陣や呪文らしきものが書かれている。


「おそらく転移術の類だと思うんだが、かなり大規模な転移を仮定して創られてる。」


ベッドの上に広げられた紙切れに、シキとギィが身を乗り出して覗き込む。それぞれ一枚一枚手に取りながら、書かれている内容を見つめた。

シキは魔術を使うわけではないのでよく解らないが、ギィはそれなりに使えるのでメモの意味も理解しているようだ。


「本当だ。これ、かなり高度な転移術ですよ。」

「そうなのか?」

「あぁ、そこら辺の魔術師一人じゃ陣すら敷けない。」

「僕も使える自信ありませんね。というか無理です。」

「私だって一人じゃ厳しい。」


三人は紙切れを睨むように見つめながら、言葉を失くす。

しばらくしてリュウキが再び口を開いた。


「それに加えて、例の化け物だ。」

「お前がやられたヤツか?どんな魔獣だったんだ?」


己を捕らえ、完膚なきまでに捻じ伏せた相手を思い出したのか、リュウキの顔が悔しげに歪んだ。その黄金色の瞳には、怒りの炎が揺れている。


「魔獣なんてもんじゃなかった。シロが言うから真実だとは思うが…。」

「何だったんです?」

「…ゴルゴネスだ。」


その名を聞いた瞬間、ひゅっと二人が息を呑んだ。有名な神話だ。

この大陸の人間ならば子供でも知っている物語の中の化け物の名に、どちらの顔にもまさかという色が浮かぶ。


「闇の中だったから私は実際見ていない。私もシロに聞いたときはまさかと思ったさ。」

「そんな…ゴルゴネスなんて、堕ちたとはいえ神の名ですよ?」


信じられない、と呟くギィにリュウキは無理も無いと思う。シキを見れば彼もどこか茫然とリュウキを見つめていた。


「まぁ、あいつがゴルゴネスだろうとなかろうと、馬鹿デカイ魔力と力を持っていることは確かだ。あれが戦に出てくるとなると、かなり手強い。」

「そうだな…流石に部隊の編成を考え直さなきゃならんか。」

「それに…。」


それに、リュウキにはまだ気になっていることがあった。

レキの魔術師の失踪、大規模な転移術、ゴルゴネス。

この三つは何を指すのか。リーンに戻るまでにずっと考えていたことがある。


「それに、これは全て私の憶測なんだが…レキは、本当はヒリュウを狙っているのではないか?」


そう、リーンを越え、更には生身の人には越えられないはずの山脈を越えて。

大量の武器と兵士と、魔物を送り込むために。

あの巨大な転移術を創り出そうとしているのではないかと。

リュウキの言葉に、シキとギィが茫然と互いの顔を見合わせた。

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