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時空の風 -竜の章-  作者: 穂積
■本編
29/112

リーン 1

大きく予想を外れた邪魔は入ったもののその後の追撃は無く、リュウキは宣言していた日数を守り帰って来た。リーンの王城に入り、まずは己の現上官の下へ急ぐ。

ちょうど日暮れの時刻に差し掛かる今。弱っているとはいえ、彼女が人知れず城に入り込むことは容易なことだった。


リュウキを守るように並走していた部下達は、ギィを残して姿を隠している。

彼ら影の存在はヒリュウでも極秘のものなので、おいそれと他国の王族に姿を現す訳にはいかないのだ。リュウキの副官であるギィ自身も、普段リュウキの専属文官を隠れ蓑に影としての己を隠している。文官の衣を着た彼が、一度刃物を持てばそこらの騎士よりも強いなど誰が思うだろう。

そんなわけで、明らかに文官でも武官でもない様相の彼らが堂々と王城に入るわけにもいかず、二人は誰にも見つからぬようシキの部屋へ向かった。

今ならまだ夕餉前の彼を捕まえられるだろう。

二人は息を潜ませ、窓の外からシキの部屋に彼以外がいないことを確認すると、音も立てずに室内へ入った。


「…お。帰って来たな。」


いきなり現れた黒装束の二人に、驚くことも無くシキが振り返る。

リュウキは口元を隠していた布を剥ぎ取りながら、彼の元に近づいた。因みに、ゴルゴネスにボロボロにされた服は、帰ってくる途中にギィ達が用意してくれたものに着替えていたので、一見出て行った形と同じである。


「ただいま戻りました。」

「…何か格好がキレイすぎやしねぇか?」


が、それが逆にシキの目に付いたらしい。汚れてもいない服に彼は眉を顰めた。


「私が優秀な証拠…」

「合流したとき、リュウキ様のお召し物がボロボロでしたので私達で用意しました。」

「ギィ!」


さらりとかわそうとしたリュウキの言葉を遮って、ギィが単調に告げる。

シキの心配性を知っているリュウキは、特に報告することもないだろうと、否寧ろ知らせたくなかったのだが、目論見を台無しにされて咎めるように副官の名を呼んだ。


「はぁ?…何があった?」


どうか耳に届きませんようにと願ってみたものの、この距離でシキが聞き逃すはずも無く。

恐る恐る彼を振り向くと、そこにはギィの言葉に眉を顰め明らかに不機嫌なオーラを出した男がいた。


「…いや…ちょっと…レキで化け物に遭遇して…」

「化け物だぁ?」


歯切れの悪いリュウキの言葉に、苛ついた様子を隠しもしないシキが腕組みをして彼女を睨む。

シキはリュウキが彼女の身に起こったこと、おそらくは怪我を負ったことを隠そうとしたことに腹を立てていた。


「そっ、そうだ、それを早く報告するからっ!」

「怪我は?」

「…いや、だから報告…。」

「怪我は?」

「…」


有無を言わさぬ詰問にリュウキは言葉を飲み込み、事の原因となった己の副官を恨めしそうにじろりと睨む。

しかし当のギィといえば、その視線を受けても何処吹く風だ。


「おい、リュウキ。こっち向け。」


それを見て更に顔を顰めたシキは、ガシっとリュウキの頭を掴んで自分の方に向けさせた。

無理矢理視線を合わそうと身を屈めてリュウキの高さに下りてきたシキの顔に、彼女の視線は逃げるようにきょろきょろと彷徨う。まるで叱られる子供のように僅かに尖らせた唇からは、あーとかうーとか、そんな言葉しか出てこない。


「リュウキ!」


少し強めの声で名を呼ばれると、彼女はビクリと肩を揺らした。

次いで観念したようにのろのろとシキに視線を合わせる。


「いや、あの…あのな。途中までは順調だったんだけど…。」

「…だけど?」

「レキの王城に…魔術師の研究棟があって…。」

「あって?」

「ちょーっと油断したっていうか…予想外に魔力を持った化け物に襲撃されまして。」


むっと黙り込んだ上官の顔が恐い。


「ちょっと…怪我を…ついでに魔力もとられちゃったり…なんかしちゃったり…して。」


とても簡単に纏められた言葉は、明らかに端折っている。後ろでは副官が冷気を出し始めていた。

あぁまるで敵地にいるようだと思いながら、この状況を打破するべく、リュウキはしどろもどろに続ける。


「ぅ…あ…でも、ほら、シロに全部治してもらったし。情報もきっちり持ってきたし。」


どう控えめに見ても、必死に言い訳する子供にしか見えない。


「あっ!ほら!ちゃんと死守したんだぞ!!」


思いついたように胸元から取り出した数枚の紙切れは、しかしシキにとって逆効果だったらしい。


「…俺は、危なくなったら逃げろっつったよな?」

「やっ…やっ…でも、そこはほら任務はまっとうしないと!他の奴等も命かけて…」

「馬鹿野郎!引けるときは引け!毎度命をかける奴があるか!!」


空気が震えた。確かにリュウキは感じた。

あまりの剣幕に首を竦めて、思わず目を瞑りながら再びリュウキが意味の無いうめき声を零している。

確かにシキの言うとおり、今回は無理に情報を集めなくとも、すぐに一端戻って手勢を連れてレキへ向かうこともできたのだ。


「何か反論はあるか?」

「…ゴザイマセン。」

「で、どの程度の怪我だったんだ?」

「…命に関わらない程度…。」

「…てめぇ。」


それでもまだ口篭るリュウキに、シキは頭痛を耐えるように目の間を軽く指で押さえた。次いで、大きく溜息を零して最後の手段とばかりに目を細める。

彼の視線はリュウキの顔から彼女の首元に移っていた。そこには少し厚めの布が巻かれている。


「リュウキ以外の人間とは、口をきかないのは重々承知だ。だが、こいつは何を言っても無茶をする。できればしっかり釘を刺したいから、何があったか教えてくれないか?」


それはリュウキに放たれた言葉ではなく彼女は一瞬訝しげに首を傾げたが、次いで何かに思い当たったのか、はっと首元を抑えた。が、首元の彼が己以外の人間の呼びかけに応えるはずがないことに思い至り、少し安堵を滲ませながら息を吐く。

しかし、一呼吸の後彼女の予想に反して、するすると顔を出したシロに、リュウキは本気で慌ててしまった。

思わず阻止しようと加減を無くした手で首元を布ごと押さえるも、少し遅かったらしい、真っ白な騰蛇は既に彼女の目の前に姿を現していた。

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