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時空の風 -竜の章-  作者: 穂積
■本編
27/112

一時撤退

レキの城下を出てからは、兎に角走った。


魔術師は魔力が強いほど射程が広い。あれ程の魔術師ならば、レキの国土内くらいは把握できる魔力を持っている可能性もある。もしくはそれ以上か。

シロはともかく、リュウキは今傷が塞がったとはいえ応戦できる状態ではない。全力疾走さえ、本音を言えば相当きついのだ。

時折シロがこちらを気遣うように見ながら、隣を飛んでいる。彼は術を解き、いつもの小さな騰蛇の姿に戻っていた。


「もうすぐ河だ!」


霞む視界を必死にこじ開け必死に手足を動かすリュウキに、シロが鼓舞するように声をかける。声と共に流れてくるのは、シロの眩い力だった。

リュウキとも異なる世界から降りてきたこの獣は、彼女と違いかなりの力を制限されている。普通に使うだけでも辛いだろうに、更に己に分け与えてくれているのだ。


「…助けてもらってばかりじゃ格好がつかない!」


自らを奮い立たせるように呟き、ぐっと足に力を入れて走った。



どうにかグウレイグ河のほとりまで来た一人と一匹は、ごつごつと大きく張り出た岩陰に身を潜めた。

シロが再び簡単な不可視の結界を張る。となりを見るとリュウキが肩で息をしながら岩に背を預けて息を整えているところだった。


「…くそ…どうもおかしいと思ったら、魔力も食われてた。」


忌々しそうに両手を見ながらリュウキが吐き捨てるように呟く。どうやらあの闇の罠の中で捕らわれていたとき、血と共に彼女の魔力も奪われていたらしい。


「確かに、リュウキにしちゃあ魔力が底つくのが早ぇな。」

「まぁ、ここまでくれば何とかなる。それくらいは残ってる。」


はぁっと大きく息を吐き、頬に伝う幾筋もの汗をぐいっと腕で拭うと、対岸を見つめながら勢いをつけて立ち上がった。次いで来たとき同様、足に風の魔術をかけて数度地面を爪先で叩く。それに合わせてシロが張っていた結界を解いた。


「もう一踏ん張りだっ。」


声と同時に河へと飛び出した。












「逃げられてしまいましたわね。」


小さく溜息をつきながら、残念そうに女が呟く。

するりと指を滑らせた先には、真っ赤な血液を滴らせた茨が根元だけを残して焼け落ちていた。茨の真下にも、点々と赤い水溜りが出来ている。

女は指の先に付着した赤を口元に引き寄せ、うっとりと見つめながら二又に分かれた舌でぺろりと舐め取った。


「やっぱり欲しい…」


役に立たないはずの女の目が、にぃっと細められる。明らかに光を宿していないその瞳は白く濁ったまま空を彷徨っていた。


「アレー!アレー!いるのか!?」


血の残り香に酔ったように佇んでいた女を、無粋な男の声が呼ぶ。少し白けたような表情を浮かべた女は、小さく溜息をついて背後を振り返った。


「アレー!エウリュアレー!」


するするとまるで蛇が這うようにエウリュアレーと呼ばれた女は進む。

すっと伸ばした手が何もない空間を一撫でした瞬間、闇が裂けるように光が零れた。


「アレー!女はどうした!?」


苛々と肩を怒らせた男が、闇からするりと顔を出した女の首元を掴んだ。大きな手には、彼女の首を折らんばかりに力を入れられていたが、エウリュアレーは眉一つ動かさないまま静かに微笑んでいた。その笑みに底知れぬ不気味さを感じた男が若干怯んだように言葉を呑む。


「逃げられましたわ。」

「何!?何故だ!それでは女を城に入れた意味が無いではないか!!」

「本当に…残念でしたわ。獣に邪魔をされました。」


ふわり、ふわりとどこかのんびりと響く声に、男が更に苛立ったように手に力を込める。しかし女の方はどこ吹く風だ。いくら首を絞めようと、焦りもしなかった。


「いいか!お前を飼ってやってるのは、その魔力のためだ!上手く使えぬのなら即刻処分してやるからな!!」


表情を変えない女に、苛立ちを隠さない声で怒鳴ると、男は投げ捨てるように女の首を放り出す。

その勢いで地に両手をついたエウリュアレーを睨みつけ、僅かながらも気が済んだのか大きく息を吐き出すと、そのまま踵を返して去っていった。


「…短気な方。」


特に気にした風も無く小さく呟いた女は、再びするすると闇の中へと消えていった。











河を渡ったリュウキとシロは、川岸の岩場を抜け森に入った途端感じた複数の気配に動きを止めていた。

彼らを取り囲むように近づく気配は複数で、おそらく四つか五つ、相当気配を消すのが上手い連中である。普段のリュウキならば、やれるもんならやってみろとばかり己を囮にして気配駄々漏れ状態で迎え撃つのだが、今日はそうはいかない。体力も魔力も温存しておきたいし、できれば相手に気取られず片付けたい。

というわけで、リュウキは本気で気配を消した。それはもう、野生の竜が気づかない程に。

しかし、おかしなことに複数あった気配のうち一つが真っ直ぐに己に向かってきているのだ。リュウキに限って気配を消しきれていないなんてことはありえない。無言でシロに目線を送っても、首を振るばかりである。シロにも原因が判らないようだ。

しかしこのままではまずい。明らかに己の位置がばれている。

仕方ない、こうなったら応戦するかとばかりに溜息をついたリュウキは、すぐさま脳内を戦闘モードに切り替えると足に仕込んでおいたナイフを手に取った。


自分に真っ直ぐ向かっていた気配が前方に迫る。どうやら真正面からくるらしい敵に、馬鹿めと嘲笑を送りながら大地を蹴った。

茂みの直ぐ向こう、自分の射程に入った相手に一気にリュウキが飛び掛る。黒い装束を纏った何かは、驚いたように一瞬怯んだ。その隙を突いてリュウキが背後に回り両膝の裏を強かに蹴る。その勢いのまま地面に膝をついた人物の首に腕を回してナイフを突きつけようとした。が。


「りゅっリュウキ様!僕です僕っ!!」


突然耳に届いた聞き覚えのある声に、今度はリュウキが驚いた。相手のふくらはぎを足で踏みつけ首を拘束したまま、はてと考える。


「僕です!貴女の副官のギィですよっ!」


少しずれた頭部の巻き布から見えたのは、確かにリュウキが良く知る茶髪のおかっぱ頭だった。


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