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時空の風 -竜の章-  作者: 穂積
■本編
26/112

レキ 4

ゆらゆらと揺らぐ意識の中、ふわりと風が頬を撫でたと思うと次いで全身を浮遊感が襲った。

落ちる、と身体の感覚は危険を訴えているが、己の身を包む腕の温かさに根拠の無い安堵も感じる。

僅かに漏れた吐息は、髪を巻き上げる風の音に消えた。



リュウキが意識を失っていた時間はほんの僅かだったらしく、彼女が目覚めたときは未だレキの王城内だった。

どうやら彼女が罠に落ちた後、すぐに魔力の元である陣を探し出したシロがそれを破壊し彼女を術中から引きずり出したらしい。陣が張ってあったのは、リュウキ達が忍び込んだ建物の3階部分、物置のような空間の更に奥だったらしく、彼は引きずり出した瞬間意識を飛ばしたリュウキを抱えて壁に大穴を空けるとそのままそこから飛び出し脱出したのだ。

腕の中のリュウキはまさに満身創痍といった感じで、一応意識は取り戻したようだが、ぼんやりと視線を彷徨わせている彼女の腕や足には、未だ茨が絡みついたままである。茨の蔓は途中で焼ききれたように先端が焦げていた。

地面に着地するなり大きく跳躍したシロは、王城の城壁をまるで重力が無いかのように飛び越え城下の外れにある森に身を隠す。

一瞬で周りを見回して一際大きな木を見つけると、リュウキを抱えたまま再び跳躍して枝に飛び乗った。次いで木の幹に向かって何事か呟き、ごつごつとしたそれをすっと指で撫でる。それに応じるように発光した大木が、さわさわと風に揺れるように動いたかと思うと、シロとリュウキを外部から守るように葉を茂らせた。

それを確認したシロは、リュウキの手足に絡みつく茨の蔓を忌々しく睨みながら丁寧に取り除いく。棘が皮膚を抜け出る痛みに、リュウキが小さく呻いた。


「リュウキ、リュウキ!」

「………し……ろ…」


ぼんやりと開いた眼を少年に向け、彼女は青白い面に小さく笑みを浮かべた。


「なに……人間のふり、してんの。」

「馬鹿野郎っ!てめぇこそ何やられてんだよっ!」


こんな状態でも憎まれ口をたたく彼女に、脱力するようにシロが溜息をついてがっくりと肩を落とした。


「ざまぁねぇな。」

「…まったくだ。」

「仕方ねぇから回復してやるよ。」


言葉とは裏腹に、未だ心配の色を浮かべた少年の金の瞳を見上げながらリュウキは苦笑して小さく詫びた。

再び少年は何事か呟くと今度は己の親指を口元に持っていき、ガリっと皮膚を噛み切ると、じわりと滲み出た真っ赤な血を口に含む。そのまま逆の手でリュウキの首を支えると、彼女の青白い唇に己のものを重ねた。

リュウキの口の中に僅かに鉄の匂いが広がる。それを感じた途端、彼女の身体を淡い光が包んだ。光は彼女の痛々しい傷口の上にふわふわと留まり、肌を撫でるように滑って傷を消し去っていく。


「あー…助かった。」

「おい、こら。解ってると思うが、傷塞いだだけだぞ。流した血は戻らないからな。」

「おー。」


傷が消えた途端動き出そうとするリュウキを押しとどめ、慌てたようにシロが彼女を抑える。

大木の太い枝に二人並んで身体を落ち着けると、リュウキが改めてシロに目を向けた。その目がまだどこか虚ろなのはおそらく大量に失血したためだろう。


「ホント…久しぶりにやばかった。」

「リュウキがあそこまで追い詰められるとはな。」


しみじみと二人して溜息をつく。


「悪いな。人型なんて疲れるだろ?」

「ばーか、俺様を甘くみんなよ。」


人の形に姿を変えたシロは、元の姿を思わせるような真っ白な容姿をしていた。

髪も睫毛も真っ白、僅かに赤みの差した肌も人に比べて明らかに白い。はっきりと色があるのは強い瞳の黄金くらいだ。シロがこの姿をとるのは珍しく、実はリュウキも、もうかれこれ一年以上は目にしていない。

顔の造りも人形のように整っているので、ともすれば白磁の工芸品を見ているような趣さえあった。人の世に出れば誰もが振り向き、放っておかないだろう。

まぁそれが鬱陶しいというのも、彼が人型を取らない理由の一つなのだが。


「ありがとう、おかげで命拾いした。」


本気で危なかった、ともう一度呟く彼女の声に、先ほどまでのリュウキの様子を思い出したシロは盛大に眉を顰めた。


「にしても、何であんなのが人の世にいるんだ。」

「…術師を見たのか?」

「見たもなにも、あれは…」


信じられない、といった風のシロの様子に、先を促すようにリュウキが首を傾げる。


「…俺もちらっとしか見なかったが、あれは人間じゃない。あれはゴルゴネスだ。」

「ゴルゴネス…だと?」


ゴルゴネスとは、この大陸に伝わる堕ちた神のことである。ゴルゴネスは三姉妹の総称で、彼女達は背に翼を持ち人間と大蛇が交じり合ったような姿をしていると言われている。人間の子供を好み、浚って食うのだ。怪力を持つ上に魔術も使う、その上殆ど不死と言われているのだが、しかし…


「まさか…神話の中の話だぞ?」


そう、ゴルゴネスなど言うなれば物語の中の化け物に過ぎない。そんなものが、果たして存在するのか。


「…でも確かに、特徴もそのまんまだったぞ?」

「じゃあ何故私もお前も石にされていない?」


ゴルゴネスの最大の特徴として、彼女達にはそれぞれ強力な石化能力があった。

その目で睨まれたものは、確実に石にされるのだ。シロは上手い事かわしたのかもしれないが、リュウキは無防備に顔を晒していたため、相手がゴルゴネスならばいつでも石にできたはずだ。


「目が潰れてた。」

「…何だと?」

「目がある部分が焼け爛れてたんだ。あれじゃ眼力は使えない。」


なるほど、確かに石化の魔力の源である目がなければ能力は使えない。しかし、石化の能力が使えないとはいえ、あれは魔術を使っていた。それもかなり強力な。

シロの言うことを信じないわけではないが、あの女がゴルゴネスだとはまだ断定できない。できないが、あれだけ強力な化け物がレキにいるとなると脅威である。これからレキの戦力として出てくるならば、並大抵の魔術師や騎士では太刀打ちできないだろう。


「召喚したのか…創り出したのか…」


兎に角、リュウキがその足で手に入れた情報に加え、これらを早くリーンで待つシキやヒリュウのシンとコウリに伝えなければならない。

闇に捕らわれる前に得た、あの大量の転移術の研究も気になった。


「兎に角…予定より早いが、一端引き上げるか。」


やはり全ては上手くいかないなと一人心の中で反省しつつ、ふらつく足を叱咤して立ち上がるとリュウキは木々の隙間から見えるレキの王城を睨みつけ、小さく唇を噛んだ。


「…次は…必ず…。」


低く唸るような呟きに、隣で彼女を見つめていた少年が目を細めた。


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