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時空の風 -竜の章-  作者: 穂積
■本編
25/112

レキ 3

どこまでも続く闇の中。

おそらく術のせいなのだろう、もう何時間も経過している気がする。

人間がかけた術を破るまで、シロがこんなに手古摺るはずがなく、きっと自分の時間の感覚が狂わされているのだろうとリュウキは思った。


流石の彼女も額に汗を浮かべ、肩で息をし始めていた。

先ほどまで延々と走り続けていたが、時間の感覚がおかしいことに気づいたリュウキは体力温存のため立ち止まり、迫り来る敵にのみ反応するようにしていた。

目はどうせ使えないので視覚は遮断する。耳に入る音と肌で感じる殺気の風にのみ集中した。

先ほど避け損ねた巨大な何かが擦った脇腹から血が流れるのを感じるが、魔力を集め回復しようとする度に、再び襲ってくる何かに邪魔された。そして、また何かがリュウキの背後に迫る。


「……くっ…」


おそらく巨大な茨のようなものなのだろう。脇腹を掠めたときに触れたのは、巨大な蔓のようなものとそこから生えた棘らしきものだった。

背後から己の足元を狙う蔓を紙一重で避けながら、血止めだけはと手に魔力を溜めて脇腹に触れる。が、その瞬間。


「……ちっ…くしょ…またかっ!!」


間髪いれず真横から突進してきた蔓に回復を阻まれる。そればかりか、脇腹に伸ばしていた腕を僅かに擦ってしまった。これでは怪我の箇所が増える一方である。

血を流しすぎたリュウキの頭は、少しでも気を抜くと霞みに落ちてしまいそうな程限界に近づいていた。


「面倒なっ!!こうなったら…」


兎に角、一端血を止めるための隙が欲しい。魔力を消費するのは避けたいところだが、このまま血を流し続けると魔力の前に気を失ってしまう。

リュウキは舌打ちしながら早口で呪文を呟き、両手を左右に開くと一気に魔力を爆発させた。


「燃え尽きろっ!!!」


途端、彼女の周りを炎が包む。

ゴウッと唸りを上げながらリュウキを中心に螺旋を描いて燃え上がる炎が、次々と迫り来る巨大な蔓を襲った。それと同時に、再び早口で呪文を唱えると自らの脇腹に手を当て血止めをする。未だ炎は彼女を守るように包んでいた。が、次の瞬間。


「…ぃっ…ぁあっ!!」


一瞬の隙を突いて炎の合間を潜り抜けてきた蔓が、彼女の右足に絡みついた。



すらりと長い右足に、棘の生えた蔓が巻きつく。

彼女が痛みに呻き僅かに動きを止めた瞬間、両の腕にも同じように蔓が巻きついた。

無数の棘が、リュウキの白い肌に突き刺さる。


「…ぅ……あっ…ぐ…」


少し身じろいだだけで、全身を貫くような痛みが走った。大量に出血し、一瞬意識が飛びかけるも、身体に走る激痛に気絶することも出来ない。


「…く…そ…っ」


もう一度魔力を放出して蔓を焼ききろうにも、痛みで集中できず、失血で青みを増した唇から漏れるのは苦痛の滲む吐息まじりの声だけだ。辛うじて無事な左足を駆使しつつ踏ん張っているが、今にも崩れ落ちそうである。

と、そこへするすると布を引きずるような音が聞こえてきた。リュウキは激痛に耐えもがきながらもそちらへ目を向ける。その金色の目は未だ強い光を宿していた。


「ふふ…生きの良い獲物だこと。」

「………誰だ…」


闇の中でリュウキが確認できるのは、音と空気のみである。しかし、その女の持つ異様な雰囲気は、彼女にそれ以上の不気味さを感じさせていた。

それと同時に気力を振り絞って両手に魔力を集中させる。


「あら、まだ元気があるようね?」


女はそれに気づいたのか、すっと白い手を払うように動かした。リュウキには衣擦れの音しか聞こえなかったが、次の瞬間再び彼女に激痛が走る。


「ぐっ………このっ…」


体重をかけていた左足に衝撃を受け、とうとうリュウキは膝をついた。両腕を茨の蔓に捕らえられたまま両の足を折り、上半身を痛みに丸めながら、それでも目の前にいるだろう己を捕らえた張本人をギラギラと睨みつける。

青白い頬を一筋の汗が伝った。


「あぁ、いいわ。やっぱりとても綺麗ね。」


うっとりと女が呟くと同時に、目前の空気が揺らめき、リュウキの頬に何かが触れた。

今度は茨ではなく、ひんやりと冷たい人の手だ。否、形こそ人の手だが、その冷たさはもう死人のもののようだった。

リュウキの背をぞくりと何かが走る。嫌悪感が一気に募り、反射的に頭を振るって手を跳ね除けた。


「………貴様…何者だ…」


ゆらゆらと揺れる意識をなんとか気力で保ちながら、決して屈するものかと目に力を入れて声を振り絞る。


「何者?…そうねぇ、何なのかしらね?」


さも楽しげに答える女は、異常なほど柔らかな声で笑った。

まるでお気に入りの玩具を手に入れた少女のようだ。リュウキはそれが不気味で仕方ない。


「ねぇ、私貴女にお願いがあるのよ。」


この状態でお願いも何もないだろう、とリュウキは目を細め挑戦的な笑みを浮かべる。


「たった一つ。聞いてくれる?」

「…人を…甚振って、楽しむような…女、の願いなんか…誰が聞くか。」

「ふふ…そう言わないで。」


荒い呼吸を繰り返しながらも、気丈に告げたリュウキの言葉に、女が怪しく笑う気配がした。再び頬に冷たい指が触れる。


「私の願いは…」


どこか恍惚としたその声でゆっくりと言葉を紡ぎながら、女は指を滑らせた。

それと同時に両腕を拘束する蔓に力が加わり、リュウキは強制的に上体を起こされる。苦痛に呻く彼女を見つめながら、女の死人のような指がつーっと動き、汗の滲んだ白い首筋を通って鎖骨を辿り、リュウキの胸、ちょうど心臓の辺りで止まった。


「貴女の身体。」


告げられた言葉に、リュウキの顔が訝しげに歪んだ。


「…意味、が…解らない。」

「あら、そのままの意味よ?貴女の身体、私にちょうだいな。」

「…なっ………ぁあっ!!」


まるで物分りの悪い子供に聞かせるように、くすくすと笑いながら女が囁く。それと同時にリュウキのふくよかな胸の上で止まっていた指にぐっと力が入ったかと思うと、驚くことにそれがずぶずぶと彼女の胸に沈み始めた。

傷は無い。血も流れない。

しかし服越しにあったはずのそれは、確かに今リュウキの胸に沈んでいた。

ゆっくりと、女は苦痛に歪むリュウキの顔を見つめながら指を沈める。第一関節が入り、第二間接、更には他の指まで沈もうとしたとき。


「…っ…リュウキ!!!」


何かが割れる音と共にシロの声が闇に響き、霞む視界に真珠色の少年の姿を捉えた瞬間、リュウキの意識は闇に沈んだ。

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