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時空の風 -竜の章-  作者: 穂積
■本編
24/112

レキ 2

自分の指先すら目視できない闇の中。リュウキは必死に走っていた。

彼女の白い頬には赤い線が走り、脇腹からは止まることのない血液が未だに流れ続けている。

と、背後から再び何かが迫る気配がした。

リュウキは頭で考えるより先に大きく地面と思われるものを蹴って跳躍する。先ほどまで己が走っていた位置からゴウっと大きな音がして何かが通過するような気配がした。










風見鶏で食事を済ませたリュウキは、カーマの町で調達した馬で昼前には城下町の門をくぐることができた。


レキの城下を一通り探索した彼女は、そのまま王城へと足を向ける。

入城のための巨大な門には、甲冑を着込んだ兵士が二人立っており、背後の壁には魔術の陣も見えた。おそらく侵入者が無いよう王城を囲む壁に何らかの魔術が施されているのだろう。

リュウキは構うことなく門に近づき、堂々と兵士に声をかけた。


「すみません、仕官試験を受けに来たのですが。」


その声に兵士二人が顔を見合わせる。


「今日は予定していないが?」

「所要のため先日の試験を受けられなくて…。ですが、私の師が再試験できるよう手配してくれたのです。」


怪訝そうに見つめる兵士に、にっこりとリュウキが微笑む。

次いで懐から綺麗に丸められた書状を取り出すと、二人がじっと注視する中リュウキはくるくるとそれを開いてみせる。


「ほら、ここに魔術師長様の印もいただいています。」


確かにそれは、魔術師長の使う正式な書類に押すための印だった。

二人は再び顔を見合わせ頷くと、一歩ずつ横にずれて道を開ける。

リュウキはそれに小さく頭を下げて笑みを浮かべながら、書状を元の形に纏めつつ足を進めた。





レキの王城は所々に魔術の陣が施され、それぞれその区間に入る権利がある者しか出入りできないようになっている。

魔術の陣はその代の魔術師長、つまり国一番の魔術師が代替わりする度にかけ直すので、おいそれと破れるものではなかった。魔術の陣を破れるものは、その陣を作った者を凌ぐ魔力を持つ者しか破れない。

リュウキは至る所に記されている陣を見つめながら、ふむと考え込むように息をついた。


「私じゃ難しいかな。どうだシロ?」


誰にも聞こえないように、自分の肩口にだけ届く声で囁く。


「俺に不可能はねぇ。こんな弱っちい陣すぐに破ってやる。」


自信に満ちた答えに小さく笑ったリュウキは、人目を避けるように植木や建物の陰を伝いながら王城の北、魔術師達が研究を行っているらしい建物へと足を向けた。





緑色の丸い葉をつけた蔦の這う建物の裏、木で作られた小さな扉の前でリュウキは自身の首元に手を添えた。すると、そこからするするとシロが手を伝って顔を出す。

ここは魔術師達の研究棟の裏手、大きな壺と木箱の置かれた勝手口のような場所だった。

リュウキは無言でシロを扉に近づける。シロは何を言われなくとも心得ているのか、するりと首を伸ばすと、木の扉に焦げ付いたように記されている魔術の陣に向かってふっと息を吹きかけた。

途端に陣は淡く光を発し、すぐに何事もなかったかのように元の色に戻る。


「ほらよ、これで入れるぜ。」


振り返りながら得意げに小さな翼をぱたぱたと動かすシロに、リュウキは小さく笑みを浮かべて礼を言うと、彼を再び首元に戻した。





建物の中はしんと静まり返り、人の気配など全くしない。

それはそれで好都合なのだが、人一人いないとなると逆に疑わしく、リュウキは警戒を強めながら壁伝いに足を進めた。灰色の石の壁は、手をつくとひんやり冷たく彼女の体温を奪っていく。

狭い廊下の先に、いくつかの扉が見えた。こちらも木で作られており、建物の内部だからか魔術はかけられていないようだ。

扉の前に背を預け、中の気配を伺うものの、どの部屋からも全く人の気配はない。

取り敢えずと、一番手前の扉に手をかけたリュウキは、音もなく開くとそのままするりと部屋の中へ身を滑らせた。


そこは誰かの書斎だろうか。

壁際にはいくつもの本棚が並べられ、机の上には難しそうな文字の並んだ分厚い本や、何か液体を入れるためだろうか透明な薄いビン、それから部屋の持ち主のものだろう誰かが殴り書きした紙等が乱雑に置かれていた。

足音もなく机に近づいたリュウキは、散らばった紙の上に目を落とす。それは魔術の研究の過程を記したメモのようだった。どれも一般の魔術師がほいほいと使えるような代物ではなく、かなりの魔力を必要とする転移術の類である。

その後他の部屋にも入ったが、どの部屋でも研究していたのは転移術だった。それも単純な物品を少量運ぶものではなく、大規模な運搬を仮定したものや、多数の人間を運ぶことを仮定したものだ。リュウキはその綺麗な眉をきゅっと寄せると、それらのメモの一部を持参した筆記具に手早く書き写す。それを大事に懐にしまうと、彼女は最後の部屋を出た。


途端、石造りの廊下に出たはずの彼女の周りを侵食するように闇が覆う。

驚きに目を見開いたリュウキが、僅かに残る窓の光に向かって跳躍するも時既に遅く、彼女は深い闇の中に呑まれた。














水盆の上に揺らめく女の手がくるりと弧を描く。

その下の水面の中では、傷だらけのリュウキの姿があった。彼女は己の身にかけた術を解き、黒髪を靡かせながら金色の目を苦痛に細めている。

その姿に、悦に入ったような笑みを浮かべる女は、青白い人差し指を水盆に向けると小さく呪文をつぶやいた。すると彼女の指先に真っ赤な光が灯り、じわじわと盆の水の中に吸い込まれていく。


「ふふふ…いいわ、もっとお逃げなさい。」


不気味な声は、誰の耳に届くことなく闇に消えた。







「くそっ…限が無い!!」


目が使えずとも、気配を辿ることはできる。

傭兵時代に養った感覚で、次から次に襲い来る目視できない敵の攻撃を避けながらリュウキは大きく舌打ちした。避けることは可能だが、これでは体力の消耗が激しい。

先の見えない攻防は、彼女の気力と体力を大いに削っていた。


これは明らかに敵の罠だった。

建物内のあの人気の無さも、リュウキを罠に落とすために用意されていたのだろう。おかしいと感じていたはずなのに、まんまと敵の手に落ちた己を心の中で詰る。

しかも分の悪いことにシロと離れ離れになっていた。

建物内に入ってからも、ずっとリュウキの肩口にいたシロは、術の発動と同時に陣の外へ弾かれたらしい。この暗闇の魔術の中に取り込まれたのはリュウキ一人だけだった。

だが、とリュウキは考える。

この世界で、あの騰蛇に魔力で勝てるものはないに等しい。それだけの力を持つ彼は、きっと今頃陣の外で、術を壊すためにリュウキを取り込んだ魔力の元を探していることだろう。シロがそれを見つけ出すまで、なんとか逃げ切ればいいだけの話である。

リュウキは常に彼女のためを思い行動する口の悪い騰蛇を信じ、迫り来る何かの気配を探りながら必死に走った。


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