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時空の風 -竜の章-  作者: 穂積
■本編
18/112

茶会

“強くありたい”


事あるごとに、そう零していたリュウキの気持ちを支えたい。

己は常々そう考えてきたし、今回リュウキがどうしたいかも理解しているのだが、やはり目の前の男を許すことはできない。


そんなことをつらつら考えながらどうにか表情に出さず頑張っているシキを、リュウキは何となく感じて溜息をついた。





今現在、シキとリュウキは第一王女と第二王女の茶会のお誘いを受け彼女達の暮らす宮の中庭に来ていた。

そして当然のように修也がライラの隣に座っている。


昨夜、シキに言ったことは本心からの言葉だったので、リュウキ自身は修也のことをもう既に終わったこととして考えている。

彼に対する気持ちは、この世界の唯一の血族、従兄であるという思いだけだ。だから、修也がどれだけライラと仲良くしようと、ばつが悪いのか目を逸らしまくろうと、もうそれはそれでリーンに滞在してるうちにきちんと話してお互いすっきりすればいいと思っていた。

が、シキの方はそうもいかないらしい。

辛うじて目の前の三人には気づかれていないが、先ほどから口元は笑っているのに目が笑っていない。もう済んだことを蒸し返したくないリュウキにとっては恐ろしい限りである。

言葉のわりに誠実な彼のことだ、きちんと話をする前にこのような事態になっていることに腹を立てているのだろう。

おそらく、今シキの頭の中では“男らしくない”“卑怯者”という言葉がぐるぐると回っているに違いない。

手に取るように解る己が哀しかった。

せっかくの、おそらく高級な茶も、果物をふんだんに使った菓子も台無しである。

あぁ、もうどうにでもしてくれという気分になってきたリュウキは少し投げやりに口を開いた。


「いい香りのお茶ですね。」


本当にどうでもいい言葉しか出てこない。

しかし第二王女レイラは気にすることなく食いついてくれた。


「えぇ、ライラお姉さまはお茶のことにとっても詳しいの、この茶葉もお姉さまが用意してくださいましたのよ。」


まさに王族のお姫様といった雰囲気に心の中で苦笑しながら、やはりシャルシュが一番だと改めて思う。まぁ、実際シャルシュのような姫が珍しいだけで、レイラは本当に一般的な王族の子だろう。

特に嫌な感じも受けないし、彼女が嫌いというわけではないが。


「ライラ様は学もおありだとお聞きしました、素晴らしい姉姫様ですね。」


リュウキがにこりと笑い姉をほめると、レイラは嬉しそうに頬を染める。どうやらこの姫は姉が大好きらしい。それはそれで可愛らしいし、とても好ましく思う。

先ほどの心の中での発言を、そっと詫びながらリュウキは続けた。


「レイラ様ご自身も、お歌の才能がおありだとお聞きしました。」


これはリュウキが旅をしていた頃、本当に聞いた噂だ。それなりのところからの話なので、リュウキは確信を持って話に出した。


「そんな…ただ歌うのが好きなだけですわ。」


レイラは嬉しそうにはにかむ。それを見たライラがそっと目を細めた。


「このこの歌は本当に素晴らしいのですよ。まるで小鳥のさえずりのようで…ねぇシュウ。」

「…あぁ、レイラの歌は本当に綺麗だ。俺も初めて聞いたときは驚いた。」

「それは是非拝聴させて頂きたいものですね、シキ様。」


少し強めに名を呼ぶと、シキが胡散臭げな笑みを向けながら頷いた。


「確かに、私も是非聞きたいなぁ。」


この大根役者め、という言葉をリュウキは必死に飲み込んだ。








この胃袋の強度を試すかのような茶会はいつまで続くんだと、菓子を齧りながらリュウキが嘆いていると突然周りの空気が変わった。

シキも異変に気づいたようで、今までと違った意味で目を細める。

他の三人は気づいていない。背後の近衛も気づいていない。

しかしこれは明らかな殺気だ。

二人は一瞬お互いの顔をちらりと見やり、小さく頷くと席を立った。

突然表情を厳しくして立ち上がった二人に、何事かと二人の近衛兵が動く。目の前の三人も何が何だか解らないようだ。


「シキ!左だ!」


瞬間、音もなく植木の茂みから放たれたのは暗黒の矢。

反応できたのはリュウキとシキだけだ。

リュウキはテーブルを蹴りながら隣りに座っていたレイラを、シキはリュウキが蹴ったテーブルの向かいにいたライラと修也を地面に押し倒すように庇う。


「きゃあっ!!」


二人が気づいてから動くまで一瞬のことだった。

それぞれの頭を抱きこんで庇い、有難いことに無駄にでかいテーブルを背に矢の飛んできた茂みを伺う。そのまま中庭の入り口の方を見ると近衛が一人倒れていた。一人は物陰に隠れながら他の兵を呼んでいる。

因みに、今日はリュウキもリーンで用意されていた武官用の服を着ているのでとても動きやすい。ドレスなんぞで来なくてよかったと思いながら、リュウキはシキに目をやった。


「私が出ます。」


リュウキの小さな呟きにシキはしっかりと頷く。相手は魔術を使うようなので、応戦するならリュウキが適任だろう。

しかし飛び出そうとしたリュウキに、シキに庇われていた修也が驚く。


「何を…今出たら危な…」

「煩い、黙れ。」


止めようとした修也を苛立ったように押さえ込みながらシキが低く唸った。そのまま頭を庇っていた手で口を塞いでリュウキを見る。


「行け、リュウキ。できれば捕縛だ。」


できなければ殺せ、と支持を出すシキに身動きの取れない修也の目がこれでもかというほど見開かれる。しかしリュウキは気にせず、そのまま頷いて飛び出した。






テーブルに隠れていてはその向こうの様子は伺えず、動けない修也に判るのは物音のみだ。

修也がこの世界に来て1年足らず。

未だ勝手が判らず殆どの生活を王城の中で過ごしている彼は、この世界で当たり前のように繰り返されている戦いや魔術というものをしっかりと目にしたことはない。

それが今、目の前で、しかもつい一年前まで同じ世界にいたはずの従妹が繰り広げているのだ。音しか聞こえないとはいえ、その切迫した雰囲気は充分に伝わってきた。


「リュウキは9年で変わった。」


小さく呟かれた言葉は、自分を押さえつけている大男のものだ。


「もうお前が知るリュウキじゃない。」


すべての感情を押し殺すように放たれた言葉は、修也の心に深く突き刺さった。






金属のぶつかる音と時折放たれる光が大分落ち着いた頃。

中庭の入り口には多くの兵と王太子ジャンの姿が見えた。

シキもそれに目をやり、テーブルの向こうの惨劇が落ち着いたことを確認すると三人を押さえていた手を離して立ち上がる。

王女二人に手を差し出し立たせると、自分で立ち上がった修也諸共王太子率いる一団に任せた。

近衛がしっかり盾になっていることを確認してリュウキを振り返る。

そこには二人を地に沈め、ローブを纏った魔術師らしき人物の首筋に愛用のサーベルを突き立て片足で押さえつけているリュウキの姿があった。

魔術師は身体が動かせないのか地に伏せたままだが、その瞳だけはギラギラと睨むようにリュウキを見上げている。


「衛兵!あの者を魔術師用の牢へ連れて行け!」


王太子が支持を出すと、リュウキの足元の魔術師に3人の近衛が駆け寄り腕を押さえながら引きずり起こした。

それと共に足を退けながら、リュウキは地面に突き立てていたサーベルを引き抜く。


「待て、念のために…。」


そう言いながら両脇を衛兵に固められた魔術師に近づくと、彼女は左手の人差し指と中指を揃えて魔術師の額に沿え小さく何かを呟いた。

途端にポッと指先が光ったかと思うと魔術師がカッと目を見開く。


「……っ……………貴様っ!!」

「魔術の込められた言葉を奪った。これでこの魔術師は術を使えない。」


ニヤリと笑うリュウキを憎々しげに見上げた。


「金目の悪魔めっ!!必ず我が同胞が報復に来るぞっ!!!」


ずるずると引きずられながら、その姿が視界から消えるまで、魔術師は呪いの言葉を叫び続けた。






特に気にした風もなく、踵を返してシキ達の下に来たリュウキは、少しばつが悪そうに己の上官を見上げた。


「申し訳ありません、二人殺してしまいました。」


頭を下げたリュウキに頷き、シンはそのままジャンに目を向ける。


「構わない、術師だけでも捕らえられたことは貴殿の功績だ。」


ジャンは満足気に頷き、労う言葉をかけたあと、しかし…と続けた。


「あれはレキの者だろうか?」

「御意にございます。魔術の陣、戦い方から推測するにあれは彼の国の魔術師かと。ただし、剣士の方は流れの傭兵のようです。」

「ならばあ奴らに用はない。」


そういうと、王太子はそのまま残りの兵に指示を出しに行った。

それを確認したリュウキがシキと共に、近衛に守られるように立ち尽くしている修也と王女二人に近づく。


「お怪我はございませんか?」


柔らかく微笑むリュウキの顔は、先ほどの戦闘の匂いなど微塵も感じさせなかった。


「あなた方のおかげで私たちは無事です。ありがとうございました。」


心底ほっとしたように応えたのは第一王女のライラである。

それに小さく頷いたリュウキを見やり、次いで一歩前に出たシキが三人の顔を見回し口を開いた。


「王女殿下はお部屋へお戻りを。片付いたとはいえここは危険です。それから…」


ちらりと修也を見つめる。


「神子殿は腕にお怪我をされているようだ。近衛兵はお二人をお連れしてくれ、神子殿は我らが手当ていたしますのでこちらへ。」


その言葉にリュウキの肩がピクリと跳ねる。

シキの意図に気づいていない近衛と王女二人は、心配そうに修也を見つめたものの、この二人が付いていてくれるなら安心とばかりに引き上げていった。


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