再会 4
宴の会場となる広場は、石造りの床に綺麗に手入れされた中庭の見える、柱と天井のみの造りだった。
白い床には色とりどりの柔らかそうな絨毯と、それぞれの座る位置に手触りのよさそうな生地のクッションが並べてある。上座は王の席なのか一段高いところにあり、他より多めにクッションが敷き詰められていた。中央は余興のためだろうか、少し場が設けてありそれを囲むように席が設けられている。
シキとリュウキが広場に案内されたとき、既に王以外の人間が席についていた。ライとロウは先に案内されていたらしく、リュウキ達が入ってきたと同時に立ち上がっている。
二人の向かいには、王太子はじめ王子や王女たちが継承権順に並んでいた。その直ぐ横、第一王女と第二王女らしき人物の間に修也の姿が見える。
場違いだとでも思っているのだろうか、遠慮がちに周りをちらちらと見回していた。
シキが入ってきたことに気づいた第二王子が立ち上がり、他の人間達も二人に気づいたようだ。皆一様に慌てて立ち上がるが、シキの影に隠れていたリュウキの姿が見えた途端、広場の中がざわりと震えた。
所々から息を呑む声が聞こえる。
内心苦笑を零したシキはちらりとリュウキを横目で見やった。
リュウキは今、到着時に身につけていた真っ白な軍服とは対照的な黒いドレスを身につけている。
肩紐の無い少しタイトな光沢のある黒い生地のロングドレスに、片方の肩から腰にかけて、これまた黒の生地に金糸で見事な刺繍を入れた布を巻きつけ、踝まで垂らしている。すっきりとした衣装だが、それが彼女の魅力を引き立てていた。
さすがあの宰相殿の選んだドレスである。
「大将軍閣下並びに参謀殿。」
流石に他の者より動揺していない王太子が、一歩前に出ながら二人に声をかけた。
「改めまして、リーン国第一王子ジャン・リーンです。」
それに応えるようにシキが笑みを浮かべて向き直る。
「ヒリュウ国総司令、シキ・ヒリュウと申します。」
「参謀を務めます、リュウキでございます。」
シキに続いて流れるように、少しドレスを持ち上げながら礼をとるリュウキに、誰もが見惚れ溜息を零した。
ちょうどそのとき、王が王妃を伴いながら宴の席に入ってくる。皆の目が王に移り、シキとリュウキもそちらへ向き直り軽く頭を下げた。
「ヒリュウの使者の方々、お待たせして申し訳ない。さぁ皆の者、宴を始めよう。」
声と共に酒と食事を持った侍女達が上座から順に配膳していく。
王と王妃が席につくのを確認した二人が腰を下ろすと、他の者たちもバラバラと腰を下ろした。途端、広場の空気が華やかなものに変わる。
「今宵はリーンの酒と楽をたっぷり楽しまれよ。ヒリュウの方々の来訪、心より歓迎いたす。」
王の言葉にヒリュウから訪れた四人は一斉に酒の入った杯を掲げた。
「では改めまして…」
その言葉を皮切りにしばらく挨拶が続いた。
王太子は既に名乗っていたので、他の王子たちがシキとリュウキの前に来ては名乗りをあげ一言二言話して席につく。
今はちょうど第一王女と第二王女がこちらに向かってくるところだった。
「リーン国第一王女、ライラ・リーンでございます。」
「リーン国第二王女レイラ・リーンですわ。」
ライラと名乗った彼女はふんわりと包みこむような雰囲気だが、王と同じ瑠璃色の瞳は強い意思を秘めているようだった。第二王女は見事な栗毛を綺麗に巻いてどこか強気な印象を受ける。下の王女はシャルシュと同じ年らしいが、身内の欲目だろうかシンもリュウキも自分達の愛する姫よりも、目の前の末の王女はずっと幼く見えた。
ふと彼女達の背後を見ると、修也も一緒に来ていた。第二王女、レイラに手を引かれ困ったように笑っているのところを見ると、どうやら無理矢理連れてこられたらしい。
リュウキは彼がどういう人物か解っているが、敢えて何も言わない。
シキはそんな背景を全く知らないので、王族でもない見知らぬ男に首を傾げた。
彼は修也に目を向けると疑問のままに尋ねる。
「そちらは?」
「この者は我らがリーンの神子、シュウでございます。」
なるほど、確かに黒っぽい髪と目をしているが、リュウキの真っ黒な髪を見慣れているシキにはそれほど素晴らしいものには見えなかった。
まぁ態々それを言って角を立てるようなことはしないのだが。
「シュウ・タカマです。」
あまり聞きなれない家名にシキは内心首を傾げた。
「リュウキ殿はヒリュウで宰相補佐を務めていらっしゃるのでしょう?」
一通りの挨拶が終わり再び飲み食いが始まると、向かいに座っていた第二王子レイベルトが二人に声をかけた。王と同じ栗毛を背に流し、瑠璃色の瞳に理知的な光を宿した王子である。
その声に驚いたように目を見開いているのは修也だ。
「えぇ、まだまだ未熟者ですが。」
「これはご謙遜を、ヒリュウの有能な宰補殿の噂はこのリーンまで届いていますよ。」
リーンにも勿論、宰相や宰相補佐といった役職があった。
しかし修也の知る彼らはずっと高齢で、どちらの役も経験豊かな初老の男が務めていたはずである。
「うちの宰補殿は文武に長けているからな。これでも国で一二を争う魔法騎士ですよ。」
それには聞いていた皆が一様に驚いた。
いつにも増して饒舌なシキにリュウキは苦笑するしかない。
「そのお美しさで文武に長け、聖色も持たれているとは…リュウキ殿は本当に神に愛されていらっしゃるのですね。」
「そんな大層なものではありませんよ。元はしがない傭兵です。」
それはそれで驚きの一同だ。
「寧ろ嫁の貰い手に困っているところだよな。」
「…シキ様、酒が過ぎるのでは?」
向けられた笑顔の割りに目が笑っていないことに気づいたものはいない。
「またまた、その美しさでは引く手数多でしょう。」
まぁこっちはこっちで反応に困るのだが、相手は本気で言っているようなのでどうしようもない。
「私のことなど…殿下方こそ貴族の姫君方が放っておかないのではないのですか?」
「それは私よりも兄上と姉上の方が凄いですね。」
声を上げて笑いながら答えるレイベルトに、隣でジャンとライラが苦笑を浮かべる。
なるほど、確かに王太子ともなれば貴族の姫君方は放ってはおかないだろう。寧ろその親というべきか。ライラ王女も、温かな印象を与える細かいウェーブのかかった赤毛が縁取っている顔は整った作りをしているし、少し垂れた眦が愛らしい姫君だ。
「まぁ、姉上はもう既にお相手が決まっているので、きっちりお断りできるのですが。」
「それは目出度い。どちらのご令息が射止められたのですか?」
その問いに反応したのは第三王女のレイラだ。
「お姉さまはシュウとご結婚されますの!」
まるで我が事のように頬を染めて声を上げた姫君に、照れたようにライラが嗜める。
すぐ横に座る修也に茫然と視線をずらすと、ばつが悪そうに顔を伏せる彼が見えた。
「…キ、リュウキ。」
自分を呼ぶ声にはっと目を瞬かせる。
少しぼうっとしていたようで、シキに呼ばれていることに気づかなかった。
慌てて周りを見渡せば、彼女が呆けていたのは一瞬だったようで。
すぐに気づいたシキが声をかけてくれたので、誰も気づかなかったようだ。
目の前の王族たちは、第一王女の結婚の話で持ちきりである。王も加わって話を進めていた。
リュウキも話を振られ、二三言返したような気がするが、何を話したかあまり覚えていない。
それ以降、修也と目が合うこともなかった。