再会 3
「修也は何故王城に?」
竜姫が疑問に思うのも無理はない。
彼女は初めてこの世界に落ちたときの苦労を今でも覚えている。
世界の常識は勿論、言葉すら解らなかったあの頃、身分もない自分を助けてくれる人なんて殆どいなかった。
彼とて同じ条件で落ちたはず。そんな彼がどうして王城に入れたのか、竜姫は不思議でならなかった。
「俺が落ちたのがここの神殿みたいなトコでさ。最初は神の子がどーの奇跡がこーの言われて訳が解らなかったんだけど…」
その話を聞いて竜姫はすぐに納得した。
この国でも黒は聖なる色として扱われる。修也の髪茶色だが瞳は黒だ。
この世界では珍しい。
「部屋もらって、言葉も教えてもらって…ホント、俺運がよかったよ。」
運が良かった。本当にその言葉に尽きるだろう。
竜姫はほっと胸をなでおろし、修也を助けてくれたリーンの人々に心の中で謝意を述べた。
「竜姫は何でここに?今ヒリュウに住んでるんだよな?」
「あぁ、私はヒリュウから使者としてきたんだ。」
「使者?」
「王様のお使いみたいなものだ」
くすくすと笑いながらそう言いった竜姫に、修也は少し考えるように首を傾げた。
「あれ?じゃあ今日の宴も出るのか?」
「あぁ、一応“客”だからな。」
竜姫の言葉遣いはすっかり戻ってしまっているが、彼女自身が成長して外見から変わってしまっているからか、修也にとってあまり違和感はなかった。
寧ろ自信に溢れた竜姫の姿によく似合っているようにさえ思える。
「…何故か俺も呼ばれてるんだよな…」
「修也も出るのか!」
嬉しそうに応えた竜姫に対して修也は少し不安げだ。
「いや、他の国の偉い人が出るって聞いてたから、どうも不安だったんだけど…」
「あぁ、それなら大丈夫。ヒリュウの総司令はなかなか気さくな男だぞ。」
「そうなの?なら大丈夫かなぁ…」
記憶よりも幾分幼く見える従兄に、少しだけ苦笑を浮かべながら竜姫はしっかり頷いた。
しかし偉い人の中に己も入っていることに全く気づいていない。
「大丈夫、保証するよ。じゃあ、これから宴の準備もあるだろ?」
「あぁ、そうだった。色々聞きに行かなきゃ。」
「私もこのままじゃ行けないから、一端部屋に戻って準備してくるよ。」
言いながら、自分の軍服を見下ろす。
「そうか?それすっごく綺麗で似合ってるのに。」
「ふふ…ありがとう修也。じゃあまた後で。」
「あぁ、また夜にな。」
少しだけお互いの顔を見つめた後、竜姫は小さく笑ってそのまま歩き出した。
修也はその綺麗な後姿をしばらく見つめていた。
部屋に戻った竜姫は、無言のままベッドに突っ伏した。
その勢いに、袖の中に戻っていたシロが慌てて離れるも、動かない彼女を心配するように近づく。
しばらくして、竜姫がごろんと仰向けになった。
「…生きてた。」
小さく漏れた呟きは、少しだけ震えていた。
「………生きてた。」
歪んだ視界を誤魔化すように、右腕を額に当てる。
少し翳った天井を見つめながら、長く息を吐き出した。
「…リュウキ」
にゅっと視界に白い蛇の顔が覗く。
顔だけ見ていれば彼女の世界でよく縁起物にされていた白蛇にしか見えないな、などと考えながら竜姫はのろのろと視線を向けた。
「いいのか?」
何のことだか、はっきり言わないシロに苦く笑みを浮かべる。
「いい。生きていただけで…それで充分。それに」
「それに?」
「それに、修也笑ってた。」
竜姫が昔見た、あの笑顔で。
「笑えるようになったんだ。」
そうする何かが、この城にあったのかもしれない。
何か…もしくは、誰かが。
「修也の笑顔を取り戻せるならそれでいい。」
それが竜姫の答えだった。
ヒリュウから持ってきた荷を広げ、その中の一つだけ明らかに他の荷物とは違うものを手に取った。
上等な布で包まれたそれを、リュウキは何とも言えない目で見つめる。
いつまでもそのままでは埒が明かないと、彼女は渋々布に手をかけた。
するりと解くと中から光沢のある真っ黒なドレスが現れる。
「…ま、まぁ…真っ赤とかピンクとかより…マシ…か?」
一応その辺は考慮してくれたようだ。
しかし、真っ黒な髪に金の瞳、更に真っ黒なドレスと、ここまで聖なる色を使うともう目立つなという方が無理である。
「早く準備しろよ、時間ないぞ?」
後ろで不貞腐れたように急かすシロは、今回部屋にお留守番だ。
彼自体、誰も見たことがない生き物なので、できれば人目に触れることを避けたかったし、力を使えば姿を隠せるが、そうまでして付いてくる必要も無い。
人に会うたび説明するのは御免被りたいので、ここは大人しくお留守番ということになった。
取り敢えず着替えることにしたリュウキは、ドレスを広げてベッドへ投げた。