再会 2
高間修也は私の従兄で幼馴染。
その関係は高校に入ってから変化した。
従兄で幼馴染という関係から、恋人という関係に。
優しかった修也。
でも、学校の帰り道、私を呼びとめ「付き合って」と言ったその声は
とっても冷めていたことを覚えている。
寂しかったの?
辛かったの?
いま、幸せ?
たずねたかった言葉は私の口から出ることはなく、
私の隣で笑う貴方の笑顔が、もう昔とは違うことを
私は知っていた。
それでもいつか、貴方を救えると思っていたあの頃の私は
なんて愚かだったんだろうと
今になって思い知ったんだ。
世界から投げ出されて、失ったものは多かったけれど
貴方の笑顔をもう一度取り戻すことができたなら。
私は…
居候同然の身分にも関わらず今夜の宴に誘われた男は、困り果てて知人の近衛兵に宴での作法を教わりにきていた。
一通り教わった後、己よりも王女付きの侍女あたりに聞いたほうが正確だということを言われ、お礼を言って聞きやすそうな人を脳内でピックアップしながら踵を返す。
と、前方で誰かが自分を見つめていることに気づいた。
眩しいくらいの白い軍服に身を包んだその人は、黒い髪を一つに束ね、姿勢よく立ち尽くしている。
どう見ても身分のある人間のようだったので、あまり見るのも失礼だろうと顔の部分から視線をずらし、早くすり抜けようと足早に歩き続けた。
が、漸く顔が確認できる位置まで近づいたときに、彼の耳に女性の声で呟きが届く。
「………しゅうや?」
しゅうや。
確かにそう聞こえた。
この城で自分の名をしっかりと言えるものはいない。
響きが言いにくいのか、皆一様に“シュウ”と略すのだ。
修也は思わず驚いて、勢いよく女性に視線を向けた。
そこにあったのは、よく見知った従妹の顔で。
「…りゅう…き?竜姫!?」
だが目の前の彼女は、彼が知る従妹の顔よりもずっと大人っぽくなっている。
少女というより、どこからどう見ても一人の女性だ。
昔から綺麗な少女だと思っていたが、ここまで美しくなるとは思わなかった。
「修也!やっぱり修也だ!!」
彼女は叫ぶように名前を呼ぶと、修也の顔をガシっと掴んだ。
そのままぐっと確認するように顔を近づける。
「ずっと…ずっと探してた。見つけられなくてごめんね修也。」
目の前の竜姫の瞳が涙で揺らめく。零れることはなかったが、目元が赤く染まっていた。
が、修也は彼女の顔が近づいたことで異変に気づく。
「竜姫…お、お前…目…」
そう、彼が知る竜姫は真っ黒な髪に真っ黒な瞳の少女だ。
目の前の彼女は太陽のような黄金の瞳をしていた。
「あ…ぁ…これ。ちょっと訳があってこっちに来てから変わったんだ。」
「俺と契約したからだ。」
そのとき、竜姫の軍服の袖からするすると何かが出てきた。
「え?…ぅわあっ!!」
彼女の腕を伝って出てきたそれは、そのまま彼女の手を離れて宙に飛び上がる。
言わずもがな、騰蛇のシロである。
「シロ…勝手に出てくるな。」
驚く修也を気遣うように横目で見ながら、シロを自分の方に引き寄せた。
「修也、こいつは大丈夫、何もしない。私の相棒だ。」
「こいつが、リュウキが探してた男か?」
白い騰蛇がちろりと赤い舌を覗かせる。修也を見定めるように竜姫と同じ黄金の目が光った。
「そう、高間修也。この世界での私の唯一の血縁だ。」
「…ふーん。」
じろじろと見つめる翼の生えた白い蛇に、修也は少し背を逸らせながら目を瞬かせた。
が、すぐに竜姫に視線を戻す。
「竜姫、無事だったんだな。」
「うん、色んな奴らに助けられた。」
「今までどこにいたんだ?」
「ずっと点々としてたけど…3年くらい前からヒリュウにいるよ。」
竜姫の言葉に修也が固まる。
「…3…年前?」
「そう、今はヒリュウの王城に…」
「3年前ってどういうことだ!?」
「…え?」
いきなり肩を掴まれ、問い詰めるような修也の口調に竜姫は訳が解らず目を白黒させた。
言いたいことが全く理解できない。
「3年前は3年前だが…何か問題あるのか?」
せっかく意識して女性らしくしていた口調もいつも通りである。
「俺がこの城に落ちたのは1年前だ。いや、まだ1年も経ってない!」
その言葉に今度は竜姫が息を呑む。
「お前は一体、いつこの世界に来たんだ!?」
あまりのことに上手く回らない頭を必死に回して、投げかけられた問いのみに答えようと竜姫は口を開いた。
「……9…ねん、と半年前…」
「9年…」
二人はお互いに言葉が見つからず、茫然と相手の顔を見ていた。
修也が最初に竜姫を見て感じたあの違和感は、この所為だったのだ。
彼と離れ離れになったとき17歳だった竜姫は、修也の歳を優に超えて26歳になっていた。
「どうりでリュウキがあんだけ必死に探しても見つからないはずだ。」
言葉を失くす二人の間で、シロが納得したように呟く。
先に我に帰ったのは竜姫の方だった。
「…なるほどな…確かに、存在しないんじゃ見つかるはずがない。」
すっと目の前の修也から目を逸らし、俯けた竜姫の唇から、何かに耐えるような吐息が漏れた。
かなりのショックを受けただろう竜姫は、修也が思ったよりもすぐに持ち直した。
彼女が顔を歪めたのは、先ほど俯いたときの一瞬で。
すぐに顔を上げた竜姫は、にこりと花のような笑みを浮かべて修也を見上げる。
「兎に角、修也が無事でよかった。」
心の底からそう思ってくれていることが解るほど、彼女の声は晴れ晴れとしていた。