再会 1
「ヒリュウ国より、大将軍閣下並びに宰相補佐殿と翼竜隊、術師隊の方々がお着きになられました!」
つい先ほど、南の空に竜と思わしき一団が近づいているとの報告が入ってから、王城の中央に待機していたリーン王、カルドゥス・リーンの元へ近衛兵が彼らの入城を伝えた。
しっかりと頷くと、王はすぐに傍に控えていた王太子含む王子たちに外に出るよう促す。
まだ幼い王子たちはそわそわと落ち着かない様子で、少し早足に王城の広場へと向かった。
ちょうど日暮れの時間に当たる今、リーンの白い王城は沈む日の紅の色に染まっていた。まだ目視で回りが見渡せるくらいは明るい。
今日は来訪者を迎えるため、王城の広場にはいつもよりも多くの松明が用意されていたので、このまま日が沈んでも視界が闇に染まることはないだろう。
カルドゥス王が広場に出たとき、既に竜たちは奥の広場に腰を下ろし、その背から降りたヒリュウの精鋭たちがこちらへ向かって歩いてくるところだった。
一際背の高い真っ黒な甲冑を着込んだ男と、対照的にこの薄暗い中でもすぐに目に付くような真珠色の軍服を纏う黒髪の女が颯爽と風を切りながら歩いてくる。
独特の雰囲気を持つその二人を見て、王はすぐさま彼らの身分を理解した。
彼らは王の目の前まで来ると、流れるように膝を折った。
「お初にお目にかかります。リーン王陛下並びに王子殿下様方のお出迎え、まことに恐悦至極にございます。」
男はしっかりとした低い声で口上を述べ、頭を垂れた。二人の背後では彼らの部下たちが同じように膝をつき頭を垂れている。
「私は此度の総司令を務めます、シキ・ヒリュウと申します。右の者は私の参謀…」
シキが言葉を止め、ちらりとリュウキに目を向けた。
「リュウキと申します。」
高くはないが、澄んだ声音がはっきりと響く。
名乗りながらリュウキも顔を上げると、王の背後に控えた王子たちが一様に息を呑む音が聞こえた。
黒髪に金目はリーンでも珍しいようだ。まぁ、理由はそれだけでもなさそうだが、彼女は全く気づいていない。
「ヒリュウ王には感謝してもしきれない。そなた等の名声もリーンに届いているぞ。」
「光栄にございます。」
リュウキは再び口を噤み顔を伏せた。
「まずは王城に入られよ。部屋に案内する故夜の宴までしばし休まれるがいい。」
王の言葉に感謝の意を伝えるように二人は深く頭を下げた。
それを見てゆったりと笑みを浮かべた王は、傍に控えていた近衛を呼び竜とヒリュウの兵士たちを兵舎へ案内するよう支持を出すと、シキとリュウキに立ち上がるよう促し、侍女たちに部屋を案内するよう言付けた。
「で、どれが王太子だったんだ?」
案内された部屋に荷物を置いて、そのままリュウキはシキの部屋に来ていた。
まだ宴までには時間がある。
「白金色の髪に濃紺の衣装を纏っていたヤツだ。」
リュウキは以前、一度リーン王族の式典に紛れ込んだことがある。そのときに、まだ幼い王子たちの姿を見ていた。
彼らはリュウキたちが到着したときもその場にいたが、正式に王から紹介があるのは今夜の宴の席でのようだ。
「名はジャン・リーン。なかなか武に秀でた王子らしいぞ。」
リュウキの言葉にふーん、とあまり面白くなさそうに応えたシキは、窓から外を伺うように身を寄せた。
「小姑のような顔をしているな。」
面白そうにくすくすと笑いながらリュウキが長椅子に腰掛けた。
格好は未だ白い軍服である。シキは甲冑だけ外し、中に着ていた長袖と細身のズボンになっていた。
むっと眉を寄せたシキにリュウキは構わず続ける。
「その隣にいた栗毛の王子が第二王子のレイベルト。彼は異母弟だから王太子と歳が同じだったはずだ。確か二人ともシャルシュ殿の一つ上だったかな。」
無言のまま外を見てはいるが聞いてはいるらしい。
「で、お人形のような双子がいただろう?あれが第三王子と第四王子のリシャールとリジェールだ。」
あとは王女が二人いるが、彼女たちは出てきていなかった。おそらく宴の席にくるのだろう。
「しっかり検分しないとな。」
「お前こそ小姑じゃねぇか。」
笑いながらもリュウキの目はかなり真剣である。
シキは深く溜息をつくと、外から視線を彼女に戻した。
「こりゃあ王太子殿下は大変だなぁ。何人から恨まれるんだ?」
王の名前、宰相の名前、彼が知る限りシャルシュを愛する者たちの名を指折り数えながら、シキもくっくと笑い出す。
「まぁそれだけ価値のある姫君なんだ。そこは全部受け止めるくらいの器がないとな。」
「違いない。」
お互い顔を見合わせて、悪戯を考える子供のように笑いあった。
しばらく今後のことを話したリュウキは、シキの部屋を出て一端自分の部屋に戻ることにした。
もうしばらくすれば宴の時間になるので、自分に付けられた侍女が部屋に呼びにくるだろう。それまでに服装から何から準備しておかなければならない。
基本的に動きにくい服が大嫌いなリュウキは、もういっその事軍服のまま出てしまいたかったが、一応国の代表として来ているため無作法なことはできない。
というよりも、そんな彼女の性格をしっかりと理解していたらしい宰相に、上官命令まで使われて煌びやかなドレスを一着持たされてしまっている。
抜け目のない上官の黒い笑顔を思い出し、背筋に何か寒いものが通ったような気がして二の腕を軽く擦っていると前方から声が聞こえた。
ちょうど進路が角になっていたため、誰かが話しているようだが姿は見えない。
どこかで聞いたような声に、はてと一人首を傾げながら、自分の部屋もそちらを通るのでそのまま気にせず足を進めた。
果たして、その人物は角を曲がって直ぐ見えた。
少し遠いが、ちょうど直線上の廊下で話していたらしく、目視することは容易い。
こちらに背を向けていたので、リュウキに見えるのは後姿なのだが、何となく見るともなしに見ながら歩きだそうとすると、話を終えたらしい彼がこちらに踵を返す。
相手はさっさと逆側に去っていったが、リュウキの目にはこちらを向いている彼の姿しか映っていなかった。
彼の顔を認識した瞬間、彼女の金の瞳が大きく見開かれる。
心臓が大きく、まるで何かを殴るような音をたてて鼓動を打っていた。
まさか、そんな。
真っ白な頭にそんな言葉だけが繰り返し浮かぶ。
「………しゅうや?」
呟いた声は弱弱しく震えていた。