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時空の風 -竜の章-  作者: 穂積
■シキ編
110/112

シキ 10



――おのれ。



突如響いた声は、そう大きくないものだったが、不思議なことに二人には耳元で囁かれたように近くに聞こえた。

否、むしろ己の頭の中から聞こえてきたようにも思える。

しかし二人はそれ以上考える間もなく、声と同時に襲った威圧感に素早く身を離して気配の元に身体ごと向きなおった。

そこには、過去に落ちる直前までリュウキの身体を拘束していた子供が、闇よりも暗い眼を憎悪でぎらつかせながら二人を睨みつけていた。



――おのれぇぇええぇえっ!!



「…っ!!」


周囲の威圧感が増すと同時に、子供の小さな口がかぱりと開き、まるで呪いのような絶叫が空気を震わせ脳を揺さぶる。

頭の中身をかき回されるような声に、さすがの二人も顔を歪めて耐えていると、リュウキの胸元から突然青白い光が溢れ出した。


「リュウキ!?」


まるで星の爆発のような光に、驚いたシキがリュウキの肩へ手を伸ばす。

しかし、リュウキ自身は特に焦りを見せておらず、少し目を見開いたもののすぐににやりと勝気な笑みを浮かべて、輝きを放つ己の胸へと両手を添えた。


「大丈夫だ!……遅かったじゃないか、シロ。」


胸元へ目を向けたまま大きく喚いてシキに応えたリュウキが、ぽつりと呟く。

すると次の瞬間、直視不可能なほどの光を放っていたそれが一気に収縮し、彼女の両の掌の上に、小さな真珠色の塊が現れた。

それはまさに、シキもよく知る彼女の相棒――騰蛇のシロだった。


「無茶言うな。これでも結構無理したんだ。」


ばさり、と身体の割りに大き目の翼を広げて、少しむくれたような少年の声がシキにも届く。

思い起こせば、現実で眠るリュウキに異変が起こったとき、すでにシロの姿はなかったように思える。もしかしたら、シロも彼女を助けるために単独でリュウキの意識に沈んだのだろうか。



――次から次に邪魔をしおって。



しかし今は考えている時間も、再開を喜び合う時間もない。

唸るように届いた声に、三者はそれぞれ笑みを消し去り険しい目を子供に向けた。


「悪いなリュウキ。すぐにでも出てきたかったんだが、設定された時間が悪くて…。」

「どういうことだ?」

「眠らされてた。詳しいことは後で話すが、取り敢えずもう大丈夫だ。」


力は存分に使える。

そう言ったシロにリュウキが満足げに頷くと、彼女は素早く己の腰とシキの腰を見やった。

その視線に気づいたシキが、子供に警戒しつつ横目でリュウキをちらりと見る。


「シロ、シキに剣を。」


短く呟かれ騰蛇が小さな顔を顰める。

明らかに嫌そうな気配に、リュウキが苦笑を浮かべた。


「頼むよ。戦力は多いほうがいいだろ?」

「……。」



――何をこそこそと…獣め、わたしの愛し子から離れよ!!



言葉とともに、音もなく子供が跳んだ。

宙を掴むように伸ばされた手には、一瞬にして真っ黒な剣が現れる。

異常な素早さで切りかかってきた子供に、三者は両脇に跳ぶようにして避けた。

たん、と音を立ててリュウキが着地する。

見ればシキも巨体を素早く反転し、次の攻撃に備えて体勢を整えていた。


「シロ!!」

「…っ…わかったよっ!!」


少し強めに喚いたリュウキに、シロが観念したように叫ぶ。

そのままばさりと大きく翼をはためかせると、シキのところまで一気に飛んだ。


「おい!受け取れ!!」


シロの声と同時に、シキの目の前に先ほどよりも弱めの光が現れる。

驚いたシキが一歩身を引くと同時に、光が凝縮するように一振りの剣に変わった。


「これは…。」

「俺の牙だ。貸すからには、死ぬ気で守れよ。」


何を、とは言わない。

しかし、無愛想な騰蛇の言わんとするところは、シキにはしっかり届いたらしい。


「もちろんだ。」


自信に溢れた笑みを浮かべた男は、目前に浮かぶ真っ白な剣に手をかけた。

そのまま手に馴染ませるように空を横に切る。

剣先から柄まで青みを帯びた白で統一されたその剣は、この世のものとは思えないほど美しく、まるで羽のような軽さでシキの手に馴染んだ。


その様子を見たリュウキが小さく笑みを浮かべる。

何を話していたかまでは分からなかったが、どうやら纏まったらしい。ならば己も、と両の手を胸の前で合わせて、小さく何事か呟いた。

合掌の中心から、金色の陣が浮かび上がる。

そのまま右手で引き抜くような動作をすると、陣の中心から一振りのサーベルが姿を現した。

それは、彼女がいつも腰から下げているものにとてもよく似た形をしていた。

ただ一つ違うのは、普段の物は剣らしい鉄色をしているのに対し、今彼女の手にある物は、光を凝縮したような、薄い金色だということだ。


「行くぞ!」


淡く輝く剣を構えて、リュウキが子供を見据える。

黒い剣をだらりと下げた子供も、暗く淀んだ眼で彼女を見つめていた。



――愛し子よ、わたしに刃を向けるのか。



「向けられないとでも思ったのか?」


はっきりと、リュウキが嘲笑を浮かべて告げる。

子供にはそれが、信じ難い事実なのだろう。かっと眼を見開いたかと思うと、次の瞬間そこに再び浮かんでいたのは、全てを焼き尽くすような怒りと憎悪だった。



――お前も…お前も、わたしを、裏切るのだな。



ゆらり、と子供の放つ殺気で視界が揺らいだ気がした。

それはまさに、真夏の陽炎のようで。

正面から受けたリュウキが、口をきゅっと結び腰を低く落として警戒を強める。

いつの間にか彼女の傍へ戻ったシロが、頭を低くして臨戦態勢に入っていた。

少し離れた場所で、シキもシロから受け取った剣を構えている。

目の前には怒りを滾らせる不気味な子供。

睨み合う四者が動いたのは、子供の左手がぴくりと動いた瞬間だった。






シロがわずかに頭を振りかぶり、前方にしならせると同時にかぱりと口を開く。

一瞬で出現した真っ白な陣からは、ごぉうと大きな音を立てて高温の真っ白な炎が飛び出した。それは小さな螺旋を描きながら、物凄い速さで子供に突進する。

しかし子供は怒りに燃える眼をわずかに顰めたのみで、そのまま片手で顔を庇うように剣を構えると、何食わぬ顔で全ての炎を受けた。

じり、とわずかに剣先がぶれる。

が、次の瞬間、子供は炎を受けていた剣を払い、同時に後ろへ跳びすざっていた。


障害を失った炎が、そのまま子供のいただろう地面に激しい衝撃を与える。小さな爆発とともに一瞬消えた視界から、今度は黒い影が子供に向かって飛び出した。

ギィン、と何かがぶつかる硬質な音が白い空間に響き渡る。

白炎の目隠しを利用して、目にも留まらぬ速さで子供に切りかかったのは、金のサーベルを手にしたリュウキだった。

両者の黒い髪が、衝撃波でふわりと揺らぐ。



――そんなに、死にたいか。



「馬鹿言うな。私は生きる。」


にやり、と挑戦的な笑みを浮かべたリュウキがぐっと力を入れると、ぶるぶると拮抗していた両者の剣が、わずかに子供へと傾いだ。



――そんなに…死にたいか。



「人の話を聞かんやつだな。」


リュウキの舌打ちが大きく響くと同時に、子供の口が、かぱりと開いた。


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